五年ぶりに会った幼馴染の年下男子に迫られて、私はもうタジタジです。

彩瀬あいり

五年ぶりに会った幼馴染の年下男子に迫られて、私はもうタジタジです。

『今どこにいますか?』

 スマートフォン越しに聞こえた声に、奈々ななは周囲を見渡す。

 駅の改札を出て、まだ数メートル。待ち合わせ場所に向かおうとしていたところでの着信だった。

「えーっと……、わっ!」

 ドンと。うしろから歩いてきた誰かとぶつかり、たたらを踏む。右側を足早に通り過ぎていく若い男性。人の群れが、前から後ろからやってきて、弾きだされる。壁際に寄り、背中を預けてようやくひと心地。大きく溜息を落としたところで、握っていた端末から声が響いた。

『大丈夫ですか?』

「うん。ごめんね、人とぶつかっちゃって」

『僕のほうこそ、すみません。もう平気ですか?』

「うん。端っこに寄ったから。でもさすが都会は人が多いねえ」

 感嘆の声を漏らす奈々に、電話の相手はわずかに笑ったようだ。ふっと漏れる吐息が耳許で聞こえて、ぞわりとなにかが背中を走り抜ける。

(なんだなんだ、まーくんってば。随分と大人っぽい声を出すようになっちゃって)

 弟とは大違いだ――と独りごち、奈々は改めて相手に告げる。

「えーと、今どこにいるか、だよね」

『はい。近くになにが見えますか?』

「改札出て、あんまり離れてないんだー。目印が全然なくて」

『案内表示はどうですか?』

 問われて、頭上に目を向ける。電光表示板を流れるのは、直近電車の時刻と行先らしき地名。それ以外だと「○○方面」と書かれたものが、いくつかある。でも、どの選択肢が奈々の向かう先なのか、さっぱりだ。

「言われたとおり、西口っていうところから出た――」

 主張しはじめてすぐ、柱にある“北口”の文字に言葉がしぼむ。

「……つもり、だったんだけど。ごめん。北に出たみたい」

『改札のところで待ってて。すぐ行きます』

 通話を切って肩を落とす。足元にはキャリーバッグ。目立つようにと選んだ花柄模様のそれは、たしかに目立って恥ずかしい。きっと、どこの「おのぼりさん」だと思われていることだろう。

 姉ちゃん、迷子札でも付けとけよ。ひらがなで『はらだ なな』ってさ。

 ケラケラ笑う弟の顔を幻視する。

 くそう、智樹ともきめ。姉をなんだと思ってるんだっ。

 俯いた奈々は、再び振動しはじめたスマートフォンに目をやった。

 田原雅文

 待ち合わせ相手の名前を見て、通話を受ける。

「まーくん?」

『見つけた』

 電話の声。

 そして、喧騒にまぎれて聞こえた声がそれに重なる。

 あわてて顔を上げると、帽子をかぶった男が歩いてくる。近づくにつれ、奈々の顎があがっていき、正面にまでくると完全に見上げる状態。ぽかんと口を開ける奈々を見て、相手は笑みを浮かべた。

「五年ぶり。奈々ちゃん」



     *



 まーくん、こと田原たはら雅文まさふみは、奈々の幼馴染だ。三つ下で、弟・智樹の同級生でもある。

 原田と田原という、漢字を入れ替えた名字が縁だったのか、小学校に入ったころからよく名前を聞くようになり、いつしか家に遊びに来るようになっていた。

 共働きの田原家において、雅文は鍵っ子でひとりっ子。対して専業主婦だった我が家。あちらの仕事が遅くなったときは、一緒に夕飯を食べることもあった。なんだったらお泊りもしていた。

 このあたりは、母親のおおらかさによるだろう。向こうのお母さんはたいそう恐縮していた覚えがある。 

 出会ったころから、雅文はとても頭のよい少年だった。おまけにたいそう可愛かった。

 細くて柔らかい猫っ毛の髪は、気持ちのいい触り心地。奈々も智樹も固い髪質だったから、うらやましくて仕方がなかった。姉の特権を駆使して、よく撫でまわしていたものだ。雅文のほうも「奈々ちゃん」と呼んで懐いてくれて、奈々はひたすら悶えていた。

 田原家では、息子が寂しくないようにと鳥を飼っていた。白い頭部、身体は薄い青色をしていて、名前はブルーノ。

 家にひとりきりでも寂しくないように、という大義名分をつくって、智樹と一緒に、いろんな言葉を覚えさせて遊んでいた記憶がある。智樹は主にゲームにまつわる言葉を連呼していたものだから、気づけばブルーノは、あらゆる魔法を唱える妖鳥になっていた。攻撃魔法も回復魔法も使える鳥。有能である。

 しかしあとになって考えると、「ユウベハオタノシミデシタネ」は果たしてよかったのだろうかと思わなくもない。子どもは無邪気だ。

 なんにせよ、インコを携えた美少年は天使のようだった。

 その愛らしさはズボラな母をも魅了していたし、おそらくは同級生の女子たちを虜にしたことだろう。バレンタインにはチョコを貰っていて、ひとつも貰えなかった智樹はそれらを強請ゆすっていた。

 雅文はといえば、奈々があげたチョコがあればいいのだと天使のような笑顔でのたまい、他のチョコはすべて智樹にあげてしまい、ホワイトデーに、手作りだというクッキーを奈々にだけくれた。

 おとなになったら、ぼくと結婚してください。

 なんてことを言うものだから、奈々は少年の頭を撫でくりまわし、ついでにぎゅっと抱きしめてみたものだ。じつに雅文が小学三年生のことである。

 鼻垂れ小僧の弟。この差はなんだ、まーくんは別の人類じゃなかろうか。

 思わず漏れた言葉に智樹は「言っとくけど姉ちゃんはこっち側だから、オレと同類だから」と笑い、奈々は当然の権利としてその頭を叩いた。

 彼らが中学の途中まではご近所さんとして暮らしていたが、両親の仕事の関係で都会へ引っ越していった。胸にぽっかり穴が開いたような心地で、奈々は田原家を見送って、今に至っている。

 べつに親戚でもなんでもない彼と交流が続いているのは、雅文のマメさゆえだろう。

 田原家の実家はこちらではないようなので本人たちが来ることはなかったけれど、メールや年賀状が絶えたことはない。友達の姉に対して、とてつもなく親切である。


 今回、五年ぶりに会うことになったのは、奈々のほうの事情だ。

 二十一歳、就職活動。地元外に進学した奈々は、Uターン就職をするか否か迷っていた。慣れない県外で就職するよりは、県内に戻ったほうが安心感があると思っている。

 そんな話を雅文にメールしたところ、「だったら、こっちでも仕事を探してみませんか?」とお誘いがあった。

 たしかに都会のほうが仕事の数は多いだろう。だけど、就職と同時に新しい場所で日常生活をスタートさせるのは、少々ハードルが高くないだろうか。

 そう思いつつ出かけてきたのは、単純に、久しぶりに会ってみたかったから。やりとりは主にメールだし、顔写真を送り合うような関係でもない。智樹はオンラインゲームを通じて会話をしているらしいが、実家から出ている奈々は声を聞く機会もないままだった。

(だから、こんなに立派になってるとは思わなかったんだよぅ)

 隣を歩く雅文は、すらりと背の高い細身の美青年になっていた。

 つばの大きなキャップからこぼれる髪は、相変わらず柔らかそう。ジーンズにパーカーという飾り気のないスタイルなのに、妙に目を引いた。事実、すれちがう女子の目が追ってきて、奈々は無意味に「すみません」と謝りたくなる。

「……なちゃん?」

「はい! すみません!」

「なに謝ってるんですか?」

「ご、ごめんなさい」

 俯く奈々の頭上から、雅文の声が降ってくる。

「ひとまず、うちに荷物を置きに行きましょうか」

「なにからなにまでごめんね」

「どうってことないですよ。母さんも、奈々ちゃんは是非うちにって言ってるし。僕もよく泊めてもらったから、そのお返しです」

 二泊三日。連休を使ってやってきた奈々は、田原家に泊めてもらうことになっていた。

 もちろん、きちんとホテルを取るつもりで、どこに宿を取るべきか相談したところでお誘いがあり、悩んだ末に受けることにしたのだ。家に電話して事情を話したところ、「手土産を忘れるな」と母から厳命がくだり、地元でしか買えない銘菓が送られてきた。恥ずかしながらそこまで気がまわっていなかった奈々はありがたく頂戴し、キャリーバッグに入れてある。

 そのキャリーバッグを奈々に替わって引きずっている雅文が、ふとこちらの腕を取った。

「僕の家に行く駅だと、こっちの道から行けます。もう少し歩くけど、大丈夫ですか?」

「まーくんが一緒だから、迷ったりしないよ」

「そうじゃなくて、足、痛くないですか?」

 雅文の目は、奈々の足もとを見つめている。おろしたての綺麗なパンプス。せっかく都会に行くのだから、綺麗な恰好で――と張りきった結果である。ローヒールだからそこまで疲れないと思っているが、男性から見るとそうでもないのだろうか。そして、そんな細かなところに気を配れる雅文に驚きを隠せない。

(女慣れしてる? たしかにカッコよくなってるもんな、まーくん。天使は神に進化したよ)

「これ、結構歩きやすいんだ。平気だよ」

「もし痛くなったら言ってくださいね」

「うん。ありがと」

 笑ってそう返すと、雅文もまた笑顔をくれる。そうして方向を変えて、歩き始めた。腕を掴んでいた左手は滑り落ち、奈々の右手に辿り着いたのちに握られる。すっぽりと包まれた手をそのままに、雅文は何事もなかった顔をして会話を続けてきて、奈々はますます驚いてしまう。

(手、手ー! 握ってるし、おっきいし)

 さりげなく外そうと試みるも、ぎゅっと握りこまれて阻止される。それどころか引き寄せられ、ときおり腕が触れる距離にまで近づけられてしまった。これではまるでカップルのようではないか。免疫のない奈々には、この距離感が友人として正解なのかどうかがわからない。

(あれ? 友人でいいんだよね? 友達の姉というポジションだけど、弟を介さずに直接交流があるんだから、友人でもいいはずっ)

 考えているうちに駅に着き、奈々は切符を買った。駅の名前、金額。すべて隣にいる雅文が教えてくれて、言わずもがな、そのあいだも手は繋がれたままである。

 ほどくチャンスは改札を通るとき。

 先導する雅文に付いて歩き、ほっと一息ついたところで、再び手を取られ、「奈々ちゃん、ホームはこっち」と引かれてしまう。

(なるほど。私が迷子にならないようにしてくれてるんだ)

 小学校時代、地域の肝試しで手を繋いだときと同じ感覚なのだろう。雅文にとって、おっちょこちょいなお姉さんのままなのだ。

 そう考えると腑に落ちる反面、ちょっとおもしろくない。成長を喜ぶべきところだろうが、お姉さんぶりたい気持ちはやっぱりあるのだ。年上の矜持が頭をもたげるも、電車の揺れで倒れそうになった身体を支えられて、思考が吹っ飛んだ。

 まるで抱きしめられているような体勢。

(なにこれ、漫画かドラマみたいなシチュエーション。ハグとかちゅーとかするんだよね)

 赤くなるやら青くなるやら、奈々の顔面は忙しい。すべて未体験ゾーンなのだから動揺しても許してほしい。彼氏いない歴=年齢は伊達じゃない。

「顔が赤い。大丈夫ですか?」

 人ごみに酔いましたか? と耳許で囁かれてしまえば、ますます顔が赤くなってくる。

「そ、そうかも。都会の人混みはすごいねえ」

「僕に寄りかかっていいですからね」

「!!」

 足が崩れそうになったのは、電車がカーブに差し掛かったせいだと、奈々は決めた。




 田原家は、駅から十五分ほど歩いた先にある高層マンションの一室だった。

 導かれた扉の先、玄関は広く、人感センサーでライトが点灯。まっすぐに伸びた廊下の先は突き当りになっていて、両側に部屋がある構造だ。

 向かって左側の部屋に入ると、広いリビング。そこから繋がるキッチン。

 ほほう、と不躾に部屋を見まわしていると、壁際に鳥籠。

「もしかしてブルーノ?」

「そうです。元気ですよ」

「わー、なつかしー」

 奈々が鳥をしげしげと眺めているあいだに、雅文はキャリーバッグを部屋の隅に置く。そして、奈々をL字型のソファーに座らせると、キッチンへ向かった。

「奈々ちゃん、コーヒー飲む?」

「お、おかまいなく!」

「僕が飲みたいから付き合ってくれますか?」

「……では、いただきます」

 くすりと笑う声が返ってきて、奈々は穴に埋まりたくなった。

(まーくんってば、ほんとに智樹と同い年なの? 全然ちがうんですけど!)

 スマートで紳士。本当に十八歳の高校三年生なのだろうか。年齢をごまかしているのではないかと疑いたくなるが、弟の同級生である事実をイヤというほど知っている。

 運ばれてきたカップには、すでにミルクが投入されていた。子ども舌であることを見透かされているのかと悔しくなったが、雅文のカップもまた同じ色に染まっていたので安堵する。なんとなくブラックコーヒーを平気で飲んでいるイメージを持っていたけれど、そうではなかったようだ。

 キャリーバッグから取り出した手土産品とは別のものが机に出てきて、テレビやネットで見たことのあるメーカーの菓子をしばし堪能。濃厚なガトーショコラは少しだけビター風味で、甘いミルクコーヒーによく合っていた。

 ふと、雅文が笑う。

「奈々ちゃん、口元についてる」

「え、うそ、やだ」

 奈々が口に手を当てるのと、正面に座っていた雅文が立ち上がり、奈々の顔へ手を伸ばすのはほぼ同時だった。どこに菓子がついているかわからない奈々より、見えている雅文のほうが正しく除去できるのは当然だろう。男の指が唇をかすめて、顔が熱くなる。

 いつぞやの記憶がよみがえった。

 誰にも言わないし、本人に確認してもいない出来事。


 中学一年の夏休み。

 うだる暑さに、リビングの床に寝転がっていた奈々は、遊びに来た雅文を驚かしてやろうと思って寝たふりを決め込んだ。揺り動かされても起きず、絶妙のタイミングを待っていたとき、唇にふにゅっとした感触が生まれたのである。

 それが俗にいうところのキスではないかと思いつつ、寝ていることになっている奈々は確認もできない。けれど、あのあと、ほんのすこし奈々を避けるようにしていたようすをみて、やっぱりそうなのかな、なんて思っていたのだ。相手は小学四年生なので、中学生の自分が鬼の首を取ったようなことも言えないし、一瞬のアレは、まあ、ままごとのようなものだろう。

 だが、三年後のアレはちょっと意味が違っている気がした。

 高校二年の春休み。田原家は春休み中に引っ越しをすることになっていて、しんみりしている時期だった。

 中学に入ってさらに美少年度を上げた雅文だったが、原田家には変わらず遊びに来ていて。その日も智樹に会いに来ていたのだろう。リビングのソファーにいた奈々は、彼を驚かしてやろうと寝たふりを慣行した。

 近づいてくる足音。戸惑うように名前を呼ぶ声。額にかかる髪を指が払う感触。鼻先にかかる吐息。

 妙な緊張感があって、心臓が高鳴る。寝たふりなんてせずに、普通に顔を見て声をかけて、元気でねって言えばよかったのに、どうしてこんなことをしているのだろう。眠り姫じゃあるまいし。

 そう考えたとき、唇にあたたかく湿ったなにかが触れた。



 そのあと、弟が現れてふたりは外出。一緒に戻ってきたときも雅文はいつもと変わらない顔をしていたものだから、アレについてなにも問えなかった。奈々は寝ていたことになっているわけで。起きていたのだと知られたら、恥ずかしくて埋まりたくなる。

 なかったことにして、忘れかけていたことを、このタイミングで思い出してしまった自分をぶっ叩きたい。

(あれは夢、キスとかじゃない、たぶん違うの、そもそも五年も前のことを覚えてるって、私どんだけ飢えてるの、恥ずかしい)

「奈々ちゃん、顔が真っ赤ですよ」

「まま、まーくんがそーゆーことをするから」

「そういうって、どういうのですか?」

「わかってて言ってるでしょー! お姉さんをからかうもんじゃありません!」

 奈々が叫ぶと、雅文はすこしだけムッとした顔を見せた。

「奈々ちゃんは僕のお姉さんじゃないよ」

「そういうポジションっていうか」

「僕にとって奈々ちゃんは特別で、ずっと待ってた人なんですから」

「待ってたって、なにを」

「十八歳になるのを」

「へ?」

 隣にあらためて座り直した雅文は、奈々を見据えて口を開く。

「男は十八にならないと結婚できないから。だから待ってた。やっと十八になって、これでようやく奈々ちゃんと結婚できるって思ったら嬉しくて」

「けっこん?」

「約束しましたよね、覚えてないんですか?」

「いや、あれ小学校の低学年のときじゃん。さすがに本気にするほど痛くないよ」

「でも奈々ちゃん、彼氏いないですよね」

「わかんないじゃん、言ってないだけかも」

「トモに聞いた。姉ちゃんは男っけゼロだって断言してました」


 バ カ ト モ キ


 胸中で吠える奈々をよそに、雅文は笑みを浮かべて、こちらの手を握る。

「奈々ちゃんに彼氏ができたらどうしようって思って、トモにはずっと監視してもらってたんです。男の影が見えたら排除してもらうように言っておいたし」


 ま ー く ん


「奈々ちゃんが彼氏を作らないのは、僕のことを待っててくれてるんだって信じてました」

「いや、作らなかったわけじゃなくて」

「待っててって、言いましたよね、あのとき」

「どのとき」

「引っ越しの前、リビングのソファーでキスしたときです」

「!!」

 ついさっき思い出したことをピンポイントで突いてきて、息が詰まった。

「な、なんの、ことを、いって、いるのか、さっぱり」

「起きてましたよね?」

「ふぐっ」


 バ レ て る


「奈々ちゃんは嘘がヘタで、そこが可愛いところではあるんですけど、だからこそ心配っていうか。あのときも、僕が近づいたらピクって動いて、だけど起き上がらないし、頬っぺたが赤くなってるのを見たらもうたまらなくて。寝込みを襲うのはよくないけど、引っ越しで離れてしまうのがわかっていたから、僕のことを忘れないようにと思って、つい」

「ついって! 乙女のファーストキスをまーくんはついって!」

「二回目のはずです」

「小学生のはノーカンだと思うの!」

「やっぱりあのときも起きてたんですね」

「あふぅ」


 誘 導 尋 問


「僕は三つ下だから、早くおとなになりたかった。弟枠からはみ出せる存在になりたかったんです」

「べつに弟扱いしてたわけじゃないよ。ただ、まーくんのほうが私を友達の姉として見てると思って」

「最初から、僕にとって奈々ちゃんは特別にかわいい女の子でした」

「……だってさ、まーくんってばモテモテだったじゃん。私の友達だって、ショタに目覚めそう、とか言うぐらいだったし。そんな可愛い少年に三つも年上の私がって、良識とか風紀とか」

「卒業してしまえばたいした年の差じゃないです。うちの両親も母さんのほうが年上だし。大事なのは気持ちであって、僕は奈々ちゃんが好きだし、奈々ちゃんだって僕のこと好きですよね」

「ゆ、友情かもしれないじゃん」

「僕の年賀状を毎年楽しみにしてて、何回も見直してニヨニヨしてるってトモに聞いてます」


 ク ソ ト モ キ


 脱力してソファーに沈み込んだ奈々に覆いかぶさるようにして、雅文が接近する。逃げようにも逃げ場がない。両腕に囲われて、壁ドンならぬソファードン。

(ソファードン。なにそれ、なにかのどんぶりものみたい。カツ丼、海鮮丼、ソファードン! みたいな)

「二度あることは三度あるって言いますよね」

「そ、そだね」

 さらに顔が近づいて、鼻先に息がかかる。

「安心してください。嫌がることはしないし、そういうことはきちんと挨拶をしてからじゃないと」

「そ、そう。挨拶! おばさんにきちんと挨拶しないとっ」

 天の助けとばかりにすがりつくと、雅文は微笑む。窓から射しこんだ光がまるで後光のように重なった瞬間に、宣告。

「言い忘れてましたけど、両親は出張中で、帰るのは明日の晩になります」

「え?」


 あいつ、天使の顔した悪魔だよ

 姉ちゃん、がんばってね


 しんみりした智樹の幻聴。

 昨日くれたメッセージの意味は、もしかしてこのことだったのか。


「ま、まーく……」

 ん、の言葉を押し込められて、三度目のやつがくる。

 続いて四回目、五回目。

 合間に挟まれる、吐息まじりの告白と懇願に翻弄される奈々の耳に届く声は――


「ユウベハオタノシミデシタネ」


 ブ ル ー ノ



 あとで回復魔法をかけてもらおうと思いながら、奈々は観念して口を開いた。


 私もあなたが好きです。





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五年ぶりに会った幼馴染の年下男子に迫られて、私はもうタジタジです。 彩瀬あいり @ayase24

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