三題噺「月、鱗、友達」

氷堂出雲(ひょうどう いずも)

第1話 1時間で書きました

「こんな、月が綺麗な夜だったな」

俺は誰もいない海に向かって独り言を言った。


 そう、あれは3年前のことだった。天気が良く、風もなくただ静寂の中で、俺は追われていた。組織の秘密を知ってしまったために殺されるところだった。


 夏の漁村は、昼間ほどではないが蒸し暑く、海岸沿いを走る俺の体からは汗が噴き出てくる。


 波は穏やかで、海面は、鏡のように月を映している。大きな魚が、飛び跳ねて海面の月は消え白い泡を同心円上に広げた。


 その時、パンと乾いた音がした。腹に激痛が走りうずくまる。俺は拳銃で撃たれて、弾は背中から腹を貫通したことを理解した。


 パン


肩のあたりの胸をまた弾が貫通する。


「これで、お前も終わりだ」

男が近寄ってきてそういうと、俺を蹴って海に突き落とした。人の気配がなくなる。もう逃げたのだろう。ぷかぷかと海に浮かぶ俺は、死を待つだけだった。


パシャ


 また、魚が、跳ねる。

「あー、俺の体を食べにきたのか」


 そんなことを考えていると、海面からプカリと美しい女性の顔が出てきた。


「人魚?」

 俺がそうつぶやくと、同時に、人魚は、俺を抱きしめて泳ぎ出した。


「ひろし、友達」

 確かに人魚が俺の名前を呼んだ。小さい頃の記憶が蘇る。子供の時に海水浴をしていた。泳ぎが得意な俺は、けっこう沖の方まで泳いでいた。養殖場の網に人魚が絡まって苦しんでいるのに気づいた俺は人魚を助けた。


 そのあと、陸に帰る体力を使い果たしてしまい、ぷかぷかと浮いていたが、寝てしまい溺れたところを漁船に助けられた。


 人魚のことは夢だと思っていた。たしか、助けた時に名前を聞かれて答えた記憶もある。


 パシャっと小さな音を立てて、俺を岩場に押し上げて、人魚は俺の横に腰掛けた。


 正真正銘の人魚だった。腰まである赤い長い髪、美しい女性の顔、胸は布で隠している。腰から下は鱗で覆われた魚の姿。


「君は人魚なのか?」

「はい」


 きちんと会話ができることに驚きが隠せない。


「俺が子供の頃に助けた人魚なのか?」

「そうです。あの時はありがとうございました。今度は私が助ける番です」

「どうやって? もう、俺は意識が薄れてきている」


 人魚は、鱗を一枚持つとそれを、メリっと、はいだ。綺麗な顔が痛みで歪んでいる。

「この鱗の先に、付いている私の肉をしゃぶってください」


 俺は言われるがままにそれをしゃぶった。すると傷はみるみる間に塞がり、薄れていた意識もはっきりしてきた。


「これで、あなたは不老不死になりました。肉を食べられた人魚は、もう人魚でいられません」

 そういうと鱗がバリバリっと剥げて、魚だった下半身は二本の足へと変わり、人魚は、人間の姿になった。


「あなたとは友達だと思っていましたが、これからは、私を妻にしてください。私も不老不死なのです」

「ああ、これから、よろしく頼む」


二人は、それから仲良く暮しましたとさ。めでたし、めでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三題噺「月、鱗、友達」 氷堂出雲(ひょうどう いずも) @ijuuinkounosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る