第五章

第90話 向き合わねばいけぬ事

 晴れ間が続く中、今日も華火は鍛錬に励む。

 前よりも気合が入るのは、姉や兄達が華火の成長を認めてくれるから。皆忙しくて管狐を通したやり取りのみだが、これでもかという程、嬉しい言葉を送ってくれる。父や母も同様で、ここにいる皆となら華火らしく成長できるだろうと認めてくれる。


 そして何より、玄からの言葉が胸に残っていた。

 皆の為にと、天候を操る。ただ強くなりたい一心で。

 そうすれば、紫檀への想いに向き合う事もないのだから。


『華火殿、そろそろ休憩にしますぞ』

「もう少しだけ……」

「休憩してからにしなさいな」

「……あぁ、すまない」


 白蛇に声を掛けられるも、華火はまだ現実に戻りたくない気持ちが湧き上がる。

 けれど、紫檀に言われ気付く。自分が続ければ白蛇にも無理を強いる。配慮が足りなすぎると反省し、縁側へ腰掛けた。


「前にも増して精が出るな!」

「こうする事でしか私は成長できないからな」

「そうか?」


 ぐびぐびと喉を鳴らして麦茶を飲む柘榴につられ、華火も勢いよく流し込む。まろやかな香ばしさと共に、身体に心地良い冷たさが浸透していく。

 思いの外、水分不足だった事を知りお代わりを注ぐ。


「あれのせいか?」


 首に掛けている手拭いで額を拭う白藍が、大楠を見上げる。

 そこには、三つ目の烏が鎮座している。


「あのように見守られていると、頑張れるのは確かだな」

「でもあれってさ、見守っているっていうよりも……」

「監視」


 白藍の心配そうな顔を見ながら、華火は微笑みまた喉を潤す。

 そこへ、追加の麦茶を持ってきた山吹が苦笑すれば、縁側で目を閉じて休憩していた玄がぼそりと呟く。


「そのような事、あるわけないだろう」

「わっかんないわよぉ? 一応あの烏が『見守る事にした』って文まで運んできたけどさ、いきなり過ぎて何なの? って思わない? ま、静かなのだけが救いよねぇ」


 あの三つ目の烏は天狗の長・飛鳥が扱える力である。他の天狗はただの烏。似たもので言えば、犬神が影から生み出す式神の犬と同様の存在らしい。

 違いがあるとすれば、烏はどこへでも現れるし、声を発さない。犬は匂いを覚えた影を移動するし、犬神にしか聞き取れぬ声で鳴く。


 それにしても、華火に対しておどけてみせる紫檀は、完全に送り狐としてのもの。

 鍛錬も積極的に付き合うようになってくれたのだが、それが一層線を引かれたと認識させられる。

 華火の想いは終わらせると告げれば、きっと紫檀との関係はこのまま良好なものとなるだろう。

 けれど、今はまだ無理であると痛む心が訴えかけてくる。


「なーに見てんの?」

「……あっ」


 ぼんやりと視線を彷徨わせていれば、木槿むくげに覗き込まれた。


「もうさぁ、休んだら?」

「今、休んでる」

「そうじゃねーよ。無茶すんのが頑張るって事じゃねぇだろ」


 大広間の中で先に休憩していた木槿に続いて青鈍までもがこちらへ来て、華火の心配をし出した。

 だから思わず縁側で共に休む白蛇へ向ければ、軽く首を縦に振られた。


『このまま続ければ暑さにやられ、お役目の時間まで保たくなる。ならば、休む事もお役目の内、ですぞ』

「考えが至らず、申し訳ありません」

『そこまで深く反省せずとも、意識する事を心掛ければ良いだけの事。そしてじじいの朝は早い。物足りなければこの白蛇、涼しい内にお相手しますぞ!』


 白蛇に甘え過ぎているのは確かだ。

 それでも、こうして受け止めてくれる存在が今の華火には必要でもある。

 ならば、根本を解決せねばいけないと、答えが浮かぶ。


「ですが、白蛇様もお年ですからね。ご無理されませんように」

「そうだ。暑い時期は、白蛇が一番堪えるのではないか?」


 大広間の中から、裏葉と月白が声を掛けてくる。

 彼らは白蛇とよく話すからか、華火よりも深く理解しているのだと感じた。


『何のこれしき! 弟子と向き合ってこその師匠。華火殿、遠慮はいらん。いつでも頼って下され!』

「ありがとうございます」


 からからと笑う白蛇からの温かな言葉で、華火は自身の弱い心を見つめる。


 一つ一つ、自分の感情と向き合え。

 今一番、自分の事を理解していないのは、私だ。


 つい、目を背けたくなる。都合の悪い事だと蓋をした所で、溢れてからでは遅いのだ。

 でも怖い。向き合った瞬間、大切な想いを消し去らねばいけないのだから。

 それならば、残したい。誰にと言われれば、答えは決まっている。

 前にも伝えたが、それでも言い足りない。

 待つとも言ったが、それは紫檀が想う相手がいない前提の話。


 今日のお役目が終わった後、向き合おう。

 そして早い内に、終わらせよう。


 青すぎる空へ目を向けば、真空を思い出す。

 彼女からもとても心配されていた事を、つい最近知った。

 犬神に試されるような事をされ続けていて、傷付いていないか。

 焦らなくとも、成長はするもの。不安なら周りに尋ねればいい。それで嫌な顔をする者などいない。

 管狐でのやり取りのみだが、ずっと励ましてくれる友に、恋の悩みだけは打ち明けられていない。


 終わり次第、真空に報告だな。


 何故かと言えば、そんな華火が少しでも元気になるようにと、手作りの贈り物を準備中だと告げられたからだ。これ以上心配事を増やせば、真空の負担もかさむ。

 そしてそれは夏祭りの期間に届けてくれるそうで、一緒に縁日も周ろうと提案してくれた。

 なので、その日までには華火も元気な姿で真空に会いたい。


 それと、管狐のやり取りすらできなかった、忙し過ぎる織部からも夏祭りの誘いが来た。きっと彼も真空と同じ理由なのだろう。だから有り難くその気持ちを受け取った。


「ただいまー。だめでしたー。まだ戻って来ないそーですー」


 入り口から黎明の声が響き、思わず庭へ足を下ろす。

 彼が向かってくれた先は、万屋と犬神の所。

 万屋は、金の雨を降らせるとても可愛らしい狐の根付について教えてくれた栃へ、上の話し合いの結果を告げに。

 華火の事が商売へ繋がっている事に驚きはしたが、それなら無許可で他種族に出される前に化け狸へ任せる事となった。

 しかし売上の半分は妖狐へ入る事で、手打ちとなったそうだ。


 そして犬神については、黎明の話に耳を疑った。

 小春が妖狐を憎むように変わってしまったのを、未だ信じられずにいる。

 だから頻繁に黎明が様子を見に行ってくれているのだが、今日も不在のようだ。


 いったい何が起きているんだ……。


 早くあの朗らかな笑顔を見て安心したい。

 けれど、黎明の報告通りに睨まれでもしたらと、考えてしまう。

 だから華火はどうするのが正解なのか、わからないままでいた。

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