幕間
誉と飛鳥の見守り方
初夏というには暑さが刺さる。それは誉が大蛇だからと言われてしまっては黙るしかない。だが、部屋は冷やしてあったのだ。
しかし、真夏の太陽のような男のせいで、今は酷暑を味わう気分である。顔にも出したつもりだが、太陽はそんな事で輝くのをやめるわけもない。
「今年は暑くなるそうでござる! ゆえ、夏野菜を差し入れに参った!!」
「もう充分、暑い。それに、見ればわかる。これ以上の用がなければ、玄関からでも窓からでも、お好きな所からお帰り下さいませ」
「はっはっはっ!! 誉様はこの時期、つれぬでござるな!」
「ちっ」
天狗の長の飛鳥に嫌味など効かぬが、それでも吐き出す程、誉は暑さ寒さにめっぽう弱い。
だから、だらしのない姿勢のままで彼を見やる。
ここは自室。そして目の前には心の内を明かせる、対等な立場の友。互いに敬称は付けたままだが、それは外に影響させない為のもの。長たる者同士の距離が近すぎるのは、誤解を生む場合もある。
昔、そのような話をしたのを思い出しながら、飛鳥相手に無意味な配慮だったかもしれぬと、誉は今更ながらに思う。
「ちと、修行に明け暮れて注進が遅くなったが、無事出会えたでござる。感謝申し上げ候」
このような態度すら受け入れて、飛鳥は礼まで告げてきた。話の内容もだが、さすがにいたたまれなくなり、誉は身体を起こす。
「やはり、同様の感じがしたか?」
「確かに感じたでござる。だから熱の冷めぬ内に修行に打ち込んだまで。なれど、昨年のものとはまた違ったでござる」
「何がどう違った?」
気付けば誉は身を乗り出し、飛鳥の言動を聞き逃すまいとしていた。
「人間に対する思いは感じたが、それよりも、仲間を深く想う心持ちが強く湧き上がったでござるよ」
やはりな。
あの強烈な金の雨は、妖としての自身の始まりと強制で向き合わされるような支配的なものを感じた。
しかし前回は違う。僅かに大蛇である事と向き合う気持ちと共に、仲間を思い遣るような祈りにも似た感覚があった。
「華火殿は統率者。しかし天狐となる者としての力はまだ、扱い切れていない。むしろ、送り狐の統率者として成長されている。そうは思わないか?」
「うーむ。だが、拙者としてはどちらの華火殿でも構わぬがな!!」
飛鳥が膝をひと打ち、笑い出す。
ここまで彼が上機嫌なのはきっと、自身の思惑通りに動いた結果なのだろうと誉は考える。
「しかしながら、飛鳥様がそう感じた時、いったい何があったというのだ?」
「ん? それはだな、拙者と力比べをした時でござるよ! 華火殿の本気、確かに受け取れたでござる!」
やはり試練となったようだ。
さすがは私だ!
これで少しは白蛇の役にも立てたと、嬉しさからもれ出る笑い声を噛み殺す。
「だから長としてではなく、友として拙者の羽を使用した羽団扇を渡して参った」
「ほぉ。そうきたか」
「おや? 誉様は違うのか?」
飛鳥は気に入れば誰とでも友となろうとする。しかし羽団扇を友からとして渡すとは、相当な入れ込み具合だろう。
「私は白蛇の恩がある。その時、助けに入った者の娘としか見ておらん。まぁ、あの子が長になるのも悪くはないが、遥か先の事となろう。それ程に、単様の時代が長すぎた」
「華火殿が決めた道ならば、いくらでも応援するでござるよ。とはいえ確かに、単様は何を考えているのか掴めぬお方だったのも事実。華火殿が長に成り申すなら、妖狐との仲も深まろう」
単に関しては妖狐らしさしか感じておらず、隙を見せまいと注意していた妖が多い。信じ過ぎれば化かされたように
「どうなるかはまだわからぬが、時代が大きく変わる。それがより良い未来になればいい」
「だな。されば、誉様が気に掛けている白蛇殿も素晴らしきお方でござった!」
「だろう? 白蛇のように真っ直ぐな心根を持つ者はなかなかいない」
「あぁ! それに拙者の声がうるさすぎると天候で雷まで操り、叱って下さった。拙者、とても感激したでござる!!」
「おい。それはどういう事だ?」
白い歯を見せながら笑う飛鳥へ、意味なく鎮座する夏野菜の群を退かし、誉は詰め寄った。
「挨拶は基本中の基本! そして初のお宅訪問とならば、声掛けが大切であろう? しかして許可なく近くへ降りるのも気が引け、空から精一杯声を届けたまで!!」
「このど阿呆が!!!」
きょとんとした飛鳥の顔を睨み付け、胸倉を掴んで素早く頬を張る。そこまで本気の力でなくとも、往復して叩けばこちらの手が痛む。それ程に飛鳥の皮膚は硬く、彼に衝撃は与えられていない。
「ど、どうされた?」
しかし飛鳥は頬を押さえ、目を潤ませた。これが絶世の美女ならいざ知らず、自身よりも屈強な男の姿には薄ら寒さしか感じない。
仕方なしに手を離し、小さく息を吐いた。
「白蛇にあまり術を使わせるな。それだけ寿命が縮む」
「また説得に失敗されたでござったか」
「失敗にもなり得なかった。最初から最後まで、白蛇は自分で選んだ道を進むのだ。ただ、それだけだ」
口では納得した風を装えるが、それでもと、淡い希望を飛鳥に零してきた。
だから彼も目に見えて、気落ちしている。
同族のみが、霊力を送り込める。
しかし、無理に渡したところで白蛇が拒絶するのであれば、何の意味もなさない。それが大蛇の長のものであっても、覆る事のない理だ。
「……ならば、我らは見守るしかないでござるな」
「そう。最低限の助力はするが、見守る事に徹底する。見守る、見守る……。どう見守る…………」
現状、季節を含め動けぬ時が多い。誉は思わず立ち上がり、ふらふらと歩き回る。
そうか!!
誉は閃く。どこにいても見守る事を可能にする存在が、目の前にいると思い出したからだ。
「飛鳥様。私は良き友を持った!」
飛鳥の肩をがっちり掴めば、彼は何も考えていないとわかる顔で笑う。
「拙者の事ですな? 有り難き幸せ!!」
「そんな友に頼みがある」
「拙者に出来る事であれば!」
よし。言質は取った。
誉は自身を心の中で褒め称えながらも、真剣な顔を崩さない。
「犬が華火殿の周辺を嗅ぎ回っている。それも隙あらば難癖を付けてやり込めようとしている節がある。最近は大人しいと聞くが、万が一の事があってからでは遅い。よって今すぐ、烏を派遣してほしい。出来るか?」
「お安いご用でごさる! 期限はいつまでとするか」
飛鳥があごを撫でれば、誉はぽんと彼の肩を叩く。
「そんなものは決まっているだろう? 白蛇が無事生を全うするまでだ」
ぴしりと音が聞こえたように思える程、飛鳥が笑顔で固まってしまう。
しかし誉にとっては些細な事。これでいつでも現状が把握できるなと、喜びから思わず自身へ拍手を送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます