第87話 蓋をしていた思い出

 小さな障りが地獄へ送られる中、白に戻せた者を山吹が天へ導く。

 それらを邪魔しないように玄が素早くこちらへ戻ってきた。


「あまり無茶をしないでくれ」


 いくら裏葉が巨大な障りの魂を縛ろうが、もし何かあれば取り込まれていたかもしれない。その恐ろしさは玄自身がよくわかっているはず。それなのに直接触れた事が、華火は心配でたまらなかった。


「でも、華火が俺達の事を考えてくれてるから、大丈夫だと思った。それに、華火自身の障りにも触れたから、怖がる必要はないって、思った……」

「いったい、どういう事だ?」

「あー……。あと、で……」


 玄の感覚で話されているのはわかるが、急にとろんとした目つきになった彼は、華火へもたれかかってきた。


「そうは言っても、触れるのはやはり負担だったようだな」


 月白が玄を担ぎ上げる。過去の問題が解決したからか、玄は誰が触れても送り火を出さなくなった。けれどこうして力を使えば眠たそうにはしている。だが、ここまで深く眠る事はない。


「彼の言葉を解読するのなら、華火が現在金の光をまとっているから、多少の無茶は平気だと。華火自身の障りに触れた時の痛みを知っているから大丈夫だと、そう伝えたかったのでしょうね」

「そういう事か……」


 龍笛をひと振りした裏葉が、玄を眺めながら告げてくる。その言葉の意味に、玄らしさを感じる。

 けれど、まだ裏葉の口は動き続けた。


「しかし、それは華火との繋がりがあるからこそ、でしょうね。繋がりのない者を理解しようとすれば、こうして疲れ果ててしまうと。なんとまぁ、似た者同士な事でしょうか」

「似た者同士?」


 華火が首を傾げれば、裏葉はこちらを向いた。


「華火と玄の事ですが? あなた方は自分の力を使う時、他の者よりも負担が大きいでしょう? 特別な力なだけありますが、それは心の負担からのものでもあるだろうなと、そう思っていたのですよ」


 心の負担、か。

 そういった意味では、似ているのかもしれないな。


 玄の場合は乗り越えたといえども、やはり消滅の力と向き合い続けなければならない。

 華火の場合も同じく。単との一件は今後も自身の戒めとなる。だからこそ力を正しく使うために、感情と向き合い続けなければならない。


 過去についても、傷付いた姿が私のように見えた時もあった。

 改めて考えれば、玄との共通点は多いな。


 ならば、今後は無茶をさせるべきではない。それには、華火も同様の姿勢を見せるしかないのだ。

 今日のように特別な日ならば多少はと思いつつも、これからも共に生きるのなら無茶をせずに無茶をするという、とんでもない提案が浮かんでしまった。


 ***


 皆が役目を終えた瞬間、土砂降りの雨が戻ってきた。華火の火照る身体に冷水はちょうどいい。しかし玄も冷たい雫に全身を打たれれば、さすがに目が覚めたようだ。

 それぞれが管狐を召喚し、闇の中をひた走る。

 すると、最後尾で沈黙していた青鈍が口を開いた。


「最近、どこかよそよそしかったよな、お前ら」

「どうかーん!」


 きっと私とのやり取りを見て、青鈍と木槿の家族について思う事があったから、だろうな。


 二匹が飛び出してしまったあの日。帰ってきた彼らの変化は華火よりも長く共に過ごしていた皆の方が感じ取ったはず。

 でも何故今それを話し始めたのかと、華火は思いあぐねる。


「墓参りの真似事なんざ、するんじゃなかったな」

「確かに! 昔に戻ったみたいになっちゃったし」

「だからな、教えてやるよ。取り乱した事への詫びとして。黙って聞いとけよ」

「たぶんだけど、また同じ状況になったらさ、俺達は同じように動いちゃうと思うからねぇ。要するに、もう隠し切れないって事だよねー、青ちゃん?」


 ちゃちゃ入れんなと青鈍が木槿に笑う中、その声が雨音に吸収されていく。


「俺らの親は死んでる。どうやって死んだのかなんて覚えていない頃にな」

「流行り病とか聞いたけど、真実を確かめる術なんてないからねぇ」

「で、そん時に来てた医者もどきが妙な気を起こして俺らを引き取った」

「薬草を使った最低限の事しかできないからって、医者もどきとか自分で言わないよね、普通。しかもさ、高齢なのに動き続けてさ。だから、馬鹿な事したよねぇ、本当に……」

 

 青鈍と木槿の声に変化が混ざる。

 ざあっと、降り注ぐ音の波が激しくなり彼らの言葉を隠そうとするが、華火達は管狐に乗りながら沈黙を守った。


「そいつも死んだ。俺らが殺したようなもんだ」


 はっきりと届く、青鈍の声。それについ、反論したくなってしまう。真実は違うはずだと、無責任な言葉を華火は呑み込んだ。


「俺達の村って、変わった薬草が多く採れる場所でもあったんだよね。だからか、もの凄く強くなれる秘薬があるとか噂が立っちゃって。荒れてた時代だったからさぁ、いろんな妖が暴れてたわけ。で、厄介な事に馬鹿な鬼に目を付けられた。あいつら力にしか興味ないのが多いからさぁ」


 荒れ狂う天候の中でも聞こえるように話す木槿がどんな想いを抱えているのか、それを想像するだけで胸が張り裂けそうになる。


「俺らの村には馬鹿が多くてな。その秘薬の作り方すら明かさなかった。だから見せしめに、居座った鬼が村の奴らを殺し始めた。それでも、隠し通した。だからな、一応頭を使った鬼が出てきたんだ。『僕はあのような野蛮な事をしません。あなた方の素晴らしい知識を共に守らせて下さい』ってな。それに騙されたのが、俺らの親代わりだ」


 何という事だ。


 救いのない状況の中で、その言葉はどれ程胸に響いたのか。しかし現実はそうでないと華火はすでに知っている。

 だからこそ、青鈍の言葉に絶句するしかなかった。


「逃げる事も許されなかったし、自立していないのは俺達だけ。だから、みんなに守られてた。俺達の住んでた家の屋根裏にはさ、ちょっとした仕掛けがあったんだよね。ひと目見ただけじゃわかんないけどね、両端に若干の空間を残して隠し扉を設置して。そこを、貴重な情報を保管する場所としてた。この時は、俺達の隠れ場所になってたんだよね」


 まさかと思うが、目の前とは……。


 木槿の話から、華火はここから先を嫌でも想像してしまう。


「でもな、あの馬鹿が、その話を間に受けて、簡単に招き入れるのが聞こえて、静かに移動した。床の隙間から、じっと、俺らは、見てることしか、できなかった」

「『あなたを信じます。きっと探し物は私が持っています。ですからどうか、他の鬼を止めて下さい』って、言ったんだよ? 馬鹿でしょ、本当に。それが、最後の言葉だった」


 まるで青鈍と木槿になったかのように、光景が浮かぶ。

 信じる心が時として悲劇に繋がる。

 そのような事は、本来ならばあってはならない。

 たまたま華火は運が良かったのだと、降り続ける雨が自身の甘さを浮き彫りさせる程、冷たく感じた。

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