第77話 月次祭
初夏を迎えた早朝。風の中にこもる熱を感じる。今年の梅雨入りは早くなるかもしれないと、華火と白蛇は庭で語り合う。
親睦会の日から小春だけが社へ訪れるようになり、表面上は穏やかな日々が続く。
その中で、華火は小春と友のような関係を築き始めていた。
『待ちに待った日が来ましたな。
「白蛇様が見ていて下さるのがとても心強いです。真空に神楽舞を教えてもらうようになってから、舞うのが楽しいのもありますが」
毎月、一日と十五日に神への感謝と、この社にいる皆の平穏無事を祈る月次祭を催行している。
神社でお役目に就く妖狐が行う神事と比べれば簡易なものであるが、これは人間の世界にならったものであり、地域での違いもある。真空や織部と竜胆の社も同日であり、ここ最近入り浸るように過ごしていた彼らの姿はない。
そして、春や秋といった天候が穏やかな時期は、こうして外で月次祭を執り行っている。
『今までは男狐の舞でしたが、こうして華火殿の華やかな舞を拝める日が来ようとは。真空殿に感謝ですな』
幼い頃から神楽すら胸の痛みでままならなかったが、母や姉のように美しく舞うのを夢見なかったわけではない。
だからこそ、春の間はなるべく共にいてくれる真空へ、教えを乞うた。すると、彼女は華火の今まで過ごしてきた日々を聞き、『それなら華火はすぐにでも舞えますよ!』などと言い切ってくれたのだ。
稽古もろくに出来なかった華火は雅楽も神楽も不得手。予言の事もあり、気を遣われていたとはいえ、今更皆に教えてほしいと伝えられずにいた。
なので、ここでの月次祭も準備だけを手伝い、参列のみ。けれど真空のお陰で、舞手として参加するまでになり、華火の心が浮き立つ。
「本当に、そうですね。月次祭では無理ですが、もっと稽古を積んで、真空と一緒に神楽を奉納したいです」
『とても良い目標が出来たようで。その日を楽しみにしておりますぞ』
浄衣に身を包んだ皆も、月次祭の用意を終えそうだ。
だから華火も竹で編んだ
「それまでは、私の舞が成長していくのを見守っていて下さい」
『もちろん。いつまでも見守りますぞ!』
ほほっ! と笑い声を上げた白蛇につられ、華火も微笑む。
すると、紫檀が月次祭の始まりを告げた。
山吹が剣鈴を鳴らせば、皆の周りを
天地を行き交う龍の鳴き声と言われている横笛の龍笛は、玄・月白・裏葉。
地上の人々の声と言われている縦笛の
天から差し込む光を表す十七本の竹を束ねた形をした笛の
そして、拍子を取る太鼓は紫檀。
白藍は他の管楽器も弾けるが、紫檀と山吹は全て奏でる事ができる。そのため、雅楽全体を理解した太鼓の鳴らし方ができるので、交代で行なっている。
黎明はいつもの忍び装束のままで参列。興味はあるようだが、観る方が好きなようだ。なので白蛇と共に、華火の前へと並ぶ。
深呼吸をして心を整え、華火は皆へ頷く。
すると、始まりの太鼓が鳴った。
雅楽の音に包まれながら、華火が舞いやすい速さで太鼓が打たれる。紫檀がそこまで自分を見ている事を感じながらも、緊張が解れていく。
気持ちがいい。
風と光を感じながら身体の隅々まで意識を巡らせ、世界と一体化したように舞う心地良さに口角が上がっていた。
剣鈴が重く感じた日もあった。
月次祭で舞う神楽舞は、剣鈴と檜扇を持ち替えて舞う。そのため、他の神楽舞よりも長く舞い続ける。だからこそ、不慣れな時は誰かの前で舞う事を含め、ずしりと重みを感じた。
ふとそれを思い出せば、剣鈴から垂れる五色の布を足で踏んでしまい、半円を描くように持ち上げた右手が止められる。
けれど、真空からの言葉がすぐに浮かんだ。
『神楽で一番大切な事は、楽しむ事です。何か起きても、それは神様のいたずらだと思って楽しんで!』
ありがとう、真空。
楽しむ。
ここにいる皆と、そして神様と。
神楽舞や雅楽は字の如く、神を楽しませる事である。そのためには自分が一番楽しまないといけない。剣鈴を握り直し、そっと爪先を上げ、足の下の五色を引き滑らす。
拍子と拍子の間に立て直し、次へ繋げる。
舞う時には、神様を鈴や扇に乗せて舞う。
だからこそ、視界に常に留めるために目線は下げない。
共に最後まで。
皆のこれからの、無事を祈り続ける。
真空からの教えはとてもわかりやすく、初めての奉納の舞で、華火は伸び伸びと舞う事ができた。
舞い終え、正座をすれば、今になって手が震える。
そこへ、白蛇の尾っぽが優しく地を叩き、続いて黎明が拍手をしてくれる。
『とても楽しそうに舞う華火殿の舞は、今まで一番でしたぞ!』
「白蛇さんの言う通り、自分まで楽しかったですー。真空さんが、華火さんはずっとお母様とお姉様の舞を見てきたから、絶対に素晴らしい舞が舞えるって言い切っていたのは事実でしたねー」
褒められすぎて照れるが、お礼を伝える。初めは二匹の視線が気になるかと思ったが、夢中で舞っていたので姿すら気にならなかった。
その時、
「華火ちゃん、素敵でした!!」
「お見事でした!」
「朝からとても良いものを見させていただきました」
小春の声を筆頭に、茶々丸・朝日と続く。
犬神達が行動を起こすまで気付けなかった。けれど、そこまで焦った様子を見せない皆を見て、華火だけが舞に集中しすぎていた事に気付かされた。
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