第75話 友として
夜になり、湯浴みを終えた華火と真空は部屋にすぐ引っ込んだ。
織部と竜胆もしばらく振りだからと引き留め、泊まっている。だから大広間では、蘇芳への報告係として呼んだ栃を巻き込み、未だに宴会が続いている。
「華火、さっきの話は……、む、むす、結ばれ、たら……、あああーー!!!」
「私が悪かった! もうその話は忘れてくれ!!」
今は髪を解いている真空が頭を激しく振る。ここまで彼女を追い詰めてしまった自身の発言に、華火は後悔していた。
「し、しかし……」
「いいんだ、もう。私が、その、む、胸を成長させるにはどう――」
「それじゃないのです!!!」
真空の拳がぼすっと布団を鳴らす。彼女の胸は姉の牡丹よりも小さいが、華火よりは大きい。だから恥を忍んで助言を得ようとすれば、理由を尋ねられた。
なので、しっかりと伝えたのだ。
『紫檀に想いを告げたが、訳があって関係は今まで通りなんだ。保留と言えばいいのか? しかし、今日の機密文書の件で、やはり異性として意識してほしい気持ちも生まれて……。このような色気のない身体だからこそ、どうにかしたいんだ』と。
その時の真空はしばらく固まると、湯船の中へ沈んでしまったのだ。
「もしかして……、相手が紫檀、だからか?」
てっきり華火の考えが呆れを通り越したのかと思ったが、真空が心配しているのは相手方。紫檀とは釣り合わないと思われているのだろう。
「いいえ。違うけれど、違わない。華火が急に綺麗になった時から、覚悟はできていました。だからこそ、誰がお相手だろうと、華火が、決めた、相手ならいい……。でもだからといって、華火が悩む事ではないの。そのままの華火を受け入れられない男なんて、捨て置けばいいのです!!」
何やらよくわからない事も言っているが、応援はしてくれているようだ。だが、涙を浮かべる真空はとても苦しそうだ。
しかしだんだんと声を荒げたかと思えば、彼女は怒り出してしまった。
「本当に、このままでいいのだろうか?」
「こんな事を言いたくはないのですが、華火は紫檀さんに対して、これだけは受け入れられない部分があったりするの?」
「ない」
今の、そのままの紫檀が好きだから。
悩む間もなく即答すれば、真空が寂しそうに微笑んだ。
「でしょう? それが答えです。それに、華火の気持ちは、よくわかりました。だからね、華火が選んだ相手には同じように想ってほしい。紫檀さん、華火が想いを告げた時に、何か言っていませんでしたか?」
相手を同じように想える関係は理想だが、華火の考えを押し付ける気はない。しかし真空の問いに当時を思い出せば、紫檀の声が華火の頭を埋め尽くした。
『男ってやつは、惚れた女の全てが愛おしいと思う生き物だ。それこそ、骨の髄までだ。そこまで愛される覚悟が、華火にはあるのか?』
思わず両手で頬を挟む。そんな事をしても熱を帯びた身体を意識するだけなのだが、動かずにはいられなかった。
「思い当たる事があるのね?」
真空がずいっと、華火の布団の上に移動してくる。青い瞳と向き合い、思い出を自然と声に出してしまった。
すると、真空が勢いよく片膝を立てた。
「あんの女狐もどきが!!」
今にも部屋から飛び出して行きそうな真空の腰へ必死にしがみつき、華火は全力で引き止める。
「真空、何をそんなに怒っているんだ!? 紫檀はただ男というものを――」
「違う! 違う違う!! 紫檀さんがずるいから!!! こんなに華火を染め上げて、それで保留って!?」
「それはいいんだ! 私が待つと決めたんだ。紫檀にも事情がある。だから真空も、怒らないでくれ。私は真空に笑っていてほしいんだ……」
「華火……」
恋というものを最近知り、とても不器用に思われているのだろう。そのせいで真空にまで迷惑を掛ける自分が情けなくなる。
しかし、真空は華火の前に腰を下ろしてくれた。
「取り乱してごめんなさい。でも、わたしだって、華火には笑っていてほしいの。だからね、もしも華火が傷付くなら本気で怒るから。それだけは、止められないから」
真剣な目を向けてくれる友の言葉は宝であり、華火の心の中にしっかりと溶ける。
だから頷く。互いに同じ気持ちなのを知る事ができて、嬉しくもなる。そのせいで、頬の熱が増した気がした。
「こんなに赤くなった可愛らしい華火は、今だけはわたしのものですからね!」
「赤く……。そうだ! 真空も去年、黎明に何か言われて真っ赤になっていたが、何があったんだ?」
華火の頬を優しく撫でた真空の手がぴたりと止まった。自身の顔が赤くなったお陰で尋ねたい事を思い出したが、真空がすっと距離を取った。
「そんな事、ありましたか?」
「ほら、何かを耳打ちされ、真空はすぐに帰ってしまったではないか」
「あまりよく覚えていなくて……」
「あっ……、すまない。言いにくい事なら言わなくていい――」
「『真空さんに生かされた命でもありますから、真空さんの為に生きて行きたい。それぐらい、真空さんが本当の自分の事を見ていてくれた事が嬉しい』って言われまして……!!」
目を逸らした真空に対して罪悪感を抱けば、突然彼女は去年同様、顔を真っ赤にして叫んだ。
「それは立派な告白ではないか!」
「だからといって、わたしはその想いに応えるつもりはありませんっ!!!」
「ど、どうして?」
「まだよくお互いを知りませんし、ここでなびくのは負けな気もしますし……。何より、わたしは華火が一番ですから! そうだ! 先程の話し合いについてですが――」
真空の気迫に押されそうになるも、華火は質問を続けた。すると彼女の本音が小さくもれたが、話題も変わってしまった。
しかし、内容が自身のこれからについてだったので、華火も再度、皆との話し合いを思い出しながら応えた。
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