第74話 機密文書

「何だったんだよあれは!!」


 織部が怒るのも無理はない。小春は朝の八時から十時まで社にいた。

 そして今、ほとんどの者がぐったりとしている。華火と真空、そして白蛇・織部・竜胆だけが無事である。

 それ程に、小春の残していったお詫びの品はそれぞれの心に傷を残していったようだ。


『親睦会というよりこれは……』

「公開処刑という言葉がぴったりですね」


 ぼそりと呟く白蛇に、竜胆の声が続く。いつも以上に糸目に見えるのは気のせいだろうか?

 華火が余計な事を考える中、真空が文庫本程の大きさの機密文書を手に取った。


「柘榴さんは腕っ節が強くてかっこいい。頼み事をすれば嫌な顔せずやってくれる。ちょっと鈍感だけど、それがまた男らしく思えるので良し。でも、どんな嘘にも引っ掛かるのがかわ――」

「やめてくれぇーーー!!!」


 都合の悪い事を話した小春は慌てていた。それがこちら側を不快にする内容だった為、お詫びとして極秘情報の写しを手渡してきたのだ。

 本来なら、新しい統率者である華火への贈り物としたかったようだ。


 内容は、色加美の送り狐が何故人気なのかをまとめたものであり、真空は復唱したまで。それを、柘榴が声を張り上げて邪魔をしている。


「白藍さんは近寄り難さがある。でもそれがいい。それなのに、迷子の動物の子供を引き連れて歩いていたり、趣味で作られている人形用の毛糸玉が荷物から転がり落ちるなど、白藍さんは本当は優しく、どんな乙女よりも乙女――」

「もう、充分だろう……」


 こちらを見向きもしない白藍が、弱々しい声を出す。柘榴も白藍もそこまで傷付く事を書かれているわけではないのだが、気に触るようだ。

 華火としては事実しか書かれていないので、不思議ではある。


「紫檀さんは目が合えばこちらがときめくような笑みを返してくれる。何より些細な変化を見逃さずに褒めたり気に掛けてくれたりと、女心をわかってくれる事が嬉しい。ずっと夢から醒めなくていいから、紫檀さんの言動に惑わされていたい」

「この情報を提供してきた子達が心配になるわぁ」


 何ともない風を装っているが、やんわり真空の言葉を紫檀が遮る。彼に関しての情報が一番書き込まれており、まだまだ続くのだ。その事実に華火の胸は苦しくなるどころか、関心してしまった。そして自分の知らない紫檀の存在も知れて、内心感謝までしていた。


「山吹さんの笑顔は癒し。優しい声も癒し。子供同士の喧嘩の怪我も治してくれるし、酔っ払いの妖をうまくいなして追い払ってくれるし、常に見守ってくれているところが素敵。たまに万屋や言い聞かせる相手に、見た事もない冷ややかな笑みを浮かべているのがまた素敵」

「……牽制の意味もあって表情を作ってるだけなんだけど、気を付けるね……」


 山吹は染まる頬を隠すように両手で顔を隠し、皆へ背を向けた。そんな珍しい姿に、華火は不謹慎ながらも微笑みそうになるのを堪える。


「玄さんは素っ気ない。けれど興味のある事には貪欲で、その時だけはきらきらと輝く瞳を向けてくれるのがたまらない。何より、山吹さんと一緒だと尾っぽが嬉しそうに常にゆらゆら揺れているのが可愛い」

「俺は可愛くない。山吹と一緒にいて嬉しいのは当たり前。そんな事、書く必要がない」


 玄の場合、皆とは違った理由で怒っている。この後も、事細かに山吹と共にいる時が書き綴られており、そこまで注目されている事で山吹に迷惑を掛けるのを嫌がっていた。

 こういう優しさが顕著に現れるからこそ、山吹と一緒にいる玄が人気なのだろうと、華火は納得する。


「新しくお役目に就かれた五匹はまだ謎が多いが、魅力溢れる方々だ。青鈍さんと木槿むくげさんは、よろけた女性を風のように素早く抱き止めたかと思えば、無言で荷物を引き受けて歩き出した。その背中は正に英雄。けれど印付きなため、過去に何があったのか気になっている女性が多数」

「くだらねぇ」

「英雄とか柄じゃないし。そのよろけたの、春になったから外に買い出しに来た千年土竜のおばあちゃんだから! 目が慣れてなくてふらふらしてたし、誰でも助けるんじゃない? 驚いて暴れたら大変な事になるしさぁ」


 口では悪態をつくも、褒められる事に慣れていないのか二匹とも妙に落ち着かない。しかもそれを、皆が微笑ましく思っているような表情で眺めるのが気に食わないようで、睨み付けている。

 そのような態度を取っても、今は露程も怖くはないのだが。


「月白さんは口数も少なく冷たい方かと思ったが、赤子が泣いていると楽しい幻を見せてくれるし、万屋の栃さんと口喧嘩している時の楽しそうな姿が、意外で微笑ましい。裏葉さんは気落ちしている時に何時間でも愚痴に付き合ってくれるし、龍笛で心癒してくれる。あと、あいずちの穏やかな声が、たまらなく好き」

「もう一度言うが、うるさいのが苦手なだけだ。栃に関しては見間違いだろう」

「女性は味方につけて損はないですからね。それに楽を奏でるのは苦ではありませんから。ですが、声は別に褒められても嬉しくないですね」


 月白と裏葉はそれぞれ言い訳をしている。

 栃との仲は険悪なように見えて、実は月白は本当に楽しんでいると華火は感じている。


 裏葉の場合は龍笛を吹ければいい節がある。だからこそ、社に戻ってこない日はそうして過ごしている事を暴露され、狼狽えていた。しかし今はけろりとしていて、毒まで吐いている。

 注意は必要ではあるが、龍笛に対しての力の入れようは見習うべきものである。なのでそこだけは、華火も褒めておいた。


「……黎明さんは誰に対しても懐っこく、楽しいお方。いつの間にか夢中になってしまうのは、化かされているのか? 掴みどころがないから、余計に追いかけてしまいたくなる」

「真空さーん。顔が怖いですよー?」

「わたしは元々こういう顔ですが?」


 黎明の情報を読み上げる時だけ、新たな玩具で遊ぶような真空の表情が引き締まった。そして眉間にしわを寄せれば、黎明が言葉を挟む。すると、全く笑っていない顔で真空が口角だけを上げていた。


 真空も不安なのだろう。

 黎明は様々な妖からそれぞれの動きを探っている。それがまさか人気に繋がってしまうなんて、想像できないからな。


 もうすぐ昼時。時間はたっぷりある。だから華火は真空の心に寄り添おうと決める。彼女には笑顔が似合うから。


「あと、銀狐の白藍さん、金狐の山吹さん、黒狐の玄さん、三匹だけが揃って歩いているのを見かけるとご利益あり」

「それは思い込みだ」

「まぁ、そういう存在って教えがあるから、かもね」

「それなら俺達自身にご利益がほしい」


 真空が最後に書き記されていた言葉を読み上げれば、三匹とも疲れたような顔をしていた。


「平和な世を約束する狐と言われているからな。やはり効果があるのかもしれない」

「華火、本気で言ってる?」


 泰平の世に必ず現れると言われている、色違いの狐。それが彼らだ。だからこそ、争い事が起きた時でも守られてきた者達でもあるそうだ。

 華火が史実を口にすれば、玄の声が棘を含む。伝え方が中途半端だったと反省しながら、華火は返答した。


「史実は史実で受け入れてもいいと思うんだ。それが誰かの幸せに繋がるのなら。しかし、特別を理由に危害を加えられるのなら話は別だが」


 ここで一度言葉を切り、皆の顔を見回すように話を続ける。


「私の意見としては、平和な世とは白藍、山吹、玄が幸せに暮らせる世界であればいいと思っている。私達は同じ妖狐であって、違いは色だけだからな。もちろん、ここにいる皆や、関わる者全てが幸せなのが一番だ」


 特別だから特別に振る舞い続ける必要はどこにもない。

 平和な世とは、自身の幸せから始めればいい。

 そこに違いはあるだろうが。


 犬神の考えも小春だけだが知れた。可能であるのなら、このまま仲を深めていきたい。ここから、犬神との仲を強固なものにするのが望ましい。

 けれど他の種族はどんな理想を抱いているのかわからない。

 それを知った時、たとえぶつかり合っても最後にわかり合えたらと、願ってしまう。

 甘いのかもしれないが、今の華火が思いつくのはこれだけだった。


「それならいっそ、華火の力を見せた方が早いかもね」

「なっ、何言ってんだよ山吹さん! それがどういう事だかわかってんのかよ!?」


 山吹の提案に、織部が声を荒げる。

 けれど山吹は、微笑み頷いた。

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