第72話 親睦会
見廻役は二匹で訪れる事がほとんどだが、一匹での見回りは初めて。しかも小春だけだった事に、華火の胸が騒つく。
けれど悟られないよう、庭先に立つ犬神を見つめる。
『立ち話もなんですから、こちらへ座って下され』
「ではお言葉に甘えて! と言いたいところですが、今日は何かあるんですか?」
白蛇が快く迎え入れれば、小春が黒の軍服と肩マントの埃を落とすように払い、縁側へ腰掛ける。しかし目線は真空・織部・竜胆をなぞった。
「もう春だからねぇ。お役目が落ち着いたから遊びに来てくれたのよ」
「なるほど! 紫檀さんは異性でも同業者なら社にも招き入れるんですね!」
紫檀が発言すれば、小春がぱっと顔を輝かせる。短い尾をぶんぶんと振り、彼だけを見た。
やはり小春さんは紫檀の事が……。
華火は自分の考えが正しい事に気付き、心が沈む。しかしそれだけ紫檀に魅力があるのも納得している。何より、今の小春の発言で紫檀が他の女性にも注目されているのがわかってしまった。
「紫檀やるねぇ。まだ女泣かせてんの?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。でもね、花は愛でたくなるのが男ってもんでしょ? ずっと咲いててほしいじゃない。ま、咲かせるのはあたしじゃなくていいんだけどね」
「へー、そー、ふーん。じゃあさ、紫檀が咲かせた花が他所向いてもいいんだ?」
悪い笑みをたたえた
だが、更に木槿が目を細めて問う。
「……いいわよ。それがその子にとって、本当の幸せならね」
若干声を低めた紫檀が真顔で答える。その言葉の意味に、華火の胸が苦しくなった。
「だって! 参考になったぁ?」
「なりました! だからこそ、紫檀さんはいろんな種族から人気があるんですよっ!」
木槿が愛想の良い笑みを小春へ向ける前に、ちらりと華火を見た。その紅紫の瞳から何かを感じたが、華火が理解する前に話が進む。すると紫檀が「意味わかんないんだけど」と、呟く声に意識を持っていかれる。
紫檀の優しさは、誰にでも向けられているのだな。
ここにいる者それぞれが、様々な優しさを持っている。だからこそ、その長所を理解してもらえるのはとても喜ばしい。
けれど、華火の中でそれだけではない感情が芽生える。
紫檀は、他の女性には、どのように接するのだろうか。
想像を打ち消すように頭を横へ振る。考えただけで心が冷える。きっと今、醜い顔をしているだろうと、華火は下を向いた。
すると、騒つく中から山吹の声が聞こえた。
「本日から週に四回も訪ねて来られるわけですが、春からは僕達の力をそこまでお見せする事もなくなります。ですから、普段の鍛錬の様子を見ていかれるのかと思っていたのですが、お時間は大丈夫ですか? そちらのお役目は年中忙しいと思いますので、あまり引き留めてしまったら申し訳ないですし」
穏やかに、けれども本来の目的を進めさせようと動いてくれた山吹に感謝する。今は気持ちを切り替えねばと華火が顔を上げれば、小春がぱん! と手を鳴らした。
「そうでした! ようやく皆さんのお役目がひと息つきましたし、本日からは別の事をさせていただきます! そのために、あたしだけが来たんです!」
「別の事だぁ?」
小春がふふんと笑うと、柘榴が怪訝そうな顔で声を出した。彼の中でも予想が出来ていないのだろう。もちろん、華火にも見当が付かず首を傾げる。
「今までは一方的にこちらが観察していた形で、とても失礼な態度でしたよね? あたしもそれはずっと気になってて。上からの指示とは言えいゃ――、あっ!! あの、その、ほら! 上からの指示って大変ですけど守らなきゃですからね!」
「完全に嫌って言い掛けてたじゃねーか」と、青鈍が呟く声を遮るように、小春が慌てて言葉を紡ぐ。
「なので、名誉挽回させて下さい! というわけで、これから親睦を深めましょう!」
「はぁ?」
犬神側からの意外な提案に、玄が不機嫌そうな声で応える。白蛇は見守るような眼差しを周りへ向けるだけ。皆が更に騒つく中、欠伸をした黎明の紺の瞳は細まらずに小春へ向けられていた。
親睦を深めるならと、小春を大広間に招き入れ、桜茶をふるまう。緊張していた身体が柔らかい香りに包まれ、華火の心が少しばかり緩む。
「それで、どうやって親睦を深めるのかしら?」
鍛錬用の浄衣を脱ぎ、白衣白袴姿になった男狐達の視線が紫檀の言葉で一斉に小春へ集まる。
華火の隣に座る真空だけは「わたし達は静かに行方を見守っておくのが吉かも」と耳打ちしてきた。その様子に、反対隣にいてくれる白蛇が『何かあればこのじじいの世話があるからと、席を離れるがよろし』と、心強い助言をしてくれた。
すると小春は何を思ったのか、笑顔で自身の刀に手を伸ばした。
「えっと皆さん、いつもより緊張されてますよね? 匂いでわかります。なのでまず、無害を証明しますね」
「それを先に言え」
いち早く青鈍が反応すれば、小春はえへへっと困り笑いをしながら刀を離れた場所へ置いた。それを確認し、青鈍も自身の武器から手を離す。
やはり、嘘はつけないな。
犬神は、他者の匂いから身体の変化を感じ取る。なので、下手に隠し事をすると疑われる。やはり近くでの対話は厄介だなと華火が考えれば、話が進んだ。
「まずですね、あたしの事から知ってもらおうと思いまして。そこから犬神の現状も知っていただければと思ってます!」
「自分達が知ったところで何か変わるんですかー?」
「変わります! ほら、腹を割って話せば友となるんですよ!」
「それ、小春さんの考えですかー?」
「……お恥ずかしながら、朝日先輩のお言葉を借りました」
急に黎明が話し出せば、小春が頬を染めて垂れ耳を更に下げた。
出会った当初は言い合いをしていた者達だが、素性がわかればきちんと会話が成立している。
友となる、だと?
探りを入れているだけじゃないのか?
またも話が思わぬ方向へ転がり、犬神の目的がわからなくなった。もしかすると、この色加美にいる彼らだけ考え方か異なるのかもしれないと、華火は予測を立ててみる。
結果、求められるものが不確かになり、思わず腕を組んだ。
「あとですね、ここ最近人間の世界もばたばたしていますよね? だから妖同士の絆ぐらいはきっちりと結んでおく方が得策ではないですか? それに鬼が一番人間の影響を受けているので大変なんですよぉ……」
また人間同士が争い始めた。どのような終わりが待つのかは知らないが、発展した世なら別の手段もあるだろうにと、大抵の妖は考えているだろう。
もし完全に滅ぶのであっても、手出しはできない。そういった決まり事の上に、妖の世は成り立っている。
しかし天狐の予言は、『人間の世が、終わりを迎え生まれ変わろうとしている。妖の世も、それを辿る。波乱はあれど、力合わせ乗り越える時。さすれば、様々な絆が結ばれるだろう』となっている。
ならば、絶滅はしないはずなのだ。
けれど影響を与え合うように、妖の世界も騒々しい。鬼もまた人間の様々な感情にあてられているのだろう。
「小春さんは妖同士、仲良く過ごしたいのですね」
「はい! お役目がお役目なだけに嫌がられますが、あたし自身はそれを望んでいます!」
山吹が赤みがかった黄の瞳を細めれば、小春は幼子のように微笑んだ。
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