第71話 久々の集まり
今日は泊まると宣言した真空を華火は歓迎しつつ、彼女の荷物を自室へ運ぶ。黎明の部屋を増やす時、兄達もいたので真空も入れるように術を掛け直してもらった。
十六畳の自室は入って正面に硝子戸、右手に押し入れ。そして左手に立派な桐箪笥と姿見にもなる
壁は厚く、音はよっぽどでなければもれ聞こえない。
だからこそ、落ち着いてこちらの事情を説明できた。
「真空の所もだろうが、ここにも犬神が定期的に見回りに来る。それだけなら問題もなかったのだが、障りが落ち着きを見せ始めれば、訪問回数を増やしたいと提案されたんだ。断ると後が面倒だと山吹が言ったので了承したんだが……」
やはり見廻役だけあって探るような視線を感じるが、三者三様だ。
そして色加美町を担当する犬神の中で、社に訪問する者は決まっている。
立ち耳で黒茶の毛色に眼鏡をかけている
立ち耳で赤茶の毛色に巻き尾の
垂れ耳で薄茶の毛色の
これには華火の気が散りそうになった。だが、こちらのお役目を遠くから眺めているだけなので勘違いかもしれないと、気持ちを抑えた。
だから少しだけ、何もない通常時に顔合わせるのが怖くもある。
すると、しばらく黙っていた真空が口を開いた。
「確かに、わたしの所にも犬神は来ます。でも定期的にとは、どれぐらいですか?」
「週に三回程だな」
「そんなに!?」
華火の言葉に険しい表情を浮かべた真空が心配になる。どうにも色加美との違いがあるようだが、それを尋ねる前に真空が話し続けた。
「わたしの所は週に一度、あるかないかなのに。それなのに更に回数を増やしたいなんて……」
真空はあごに手を当て、眉間にしわを寄せる。その表情から彼女の言いたい事がわかり、華火は真空の額をそっとつついた。
「ひゃっ! えっ!?」
「ははっ。心配せずとも、心強い仲間がここにはいる。もちろん真空もだ。何より冬の間、金の天候を使わずともお役目を果たせた。ほら、真空にも話しただろう? 生きて障りを宿した者と対峙したが、無事に元の姿へ戻せたと。だから私はこれからも、今まで通り慎重に動く」
おでこを押さえた真空が可愛らしく、つい笑い声をもらしてしまう。そのせいで彼女の顔が赤く染まってしまったが、華火は頬を緩ませたまま、胸の内を明かした。
「真空は今日からここにずっといます!!」
「真空はそうやって私の緊張をいつでも解してくれようとするな。ありがとう」
「えっとですね、本気なのですが……」
「本気?」
ずいっと距離を詰めてきた真空を見つめながら、華火は自分の気の利かなさに気付かされた。
「なるほど、そういう事か」
「わかってくれたのね、華火!!」
喜ぶ真空の姿に、華火は自分の考えが間違いでないと確信し、彼女の両手を掴んだ。
「やはり、真空は黎明が気になるのだな。長くは難しいかもしれないが、春だけなら――」
「ちょ、ちょっと、お待ちを!! どうしてここで黎明さんのお名前が!?」
いきなりすぎたか。
しかし真空の顔は赤い。
だからこそ、私も力になりたい!
誰かを想う気持ちを知った華火に、真空を応援しない理由がない。むしろ、彼女には幸せになってほしい。黎明も同様だ。自分の命を犠牲にする事を厭わない黎明には、真空のようにはっきりと意見をぶつけてくれる存在が助けになるように感じている。
そして、真空と黎明のやり取りがいつも微笑ましく、お似合いだとも思っていたのだ。
「恋をしている真空は可愛らしいな」
「そんな……、待って……、違うのー!!!」
もしかすると、真空は自分の気持ちに気付いていないのか?
絶叫した後、魂が抜けたようにぐったりしてしまった真空の肩を揺り動かす。先走りすぎた華火の押し付けるような応援を後悔すれば、外から威勢の良い声が響いた。
***
『元気そうで何より。こうしてまた皆で集まれる事を嬉しく思いますぞ』
縁側にいる白蛇が目を細めて嬉しそうに周りを見回す。彼を囲むのは、準備を終えた狐達。
「おれも会えて嬉しい。また今年もよろしくお願いします!」
「突然の訪問になってしまいましたが、今年もまたよろしくお願いします」
元気に挨拶をしたのは、織部。彼もいち早くここへ駆けつけてくれた。竜胆には迷惑を掛けるが、それでも彼の表情は明るく、喜びが伝わる。
だからこちらも、顔を合わせてからの新年の挨拶を改めて交わす。
「春くらいはのんびり過ごしましょ、って言いたいんだけど、そろそろ犬神が来るのよねぇ。少しばかり居心地が悪くなるかもしれないけど、いいかしら?」
「もう慣れたものですから、お構いなく。こちらこそ迷惑を掛けないように、大人しくしていますから」
紫檀の言葉に、竜胆が苦笑する。今、お役目に就く妖狐は大概同じ気持ちを抱いているだろう。特に目を付けられているのは統率者と送り狐だ。
これは予言の白狐についての騒動で、浄衣を身に付けていた者が目撃されていたからだろう。いつまで探られるのかわからないが、犬神の長と直接渡り合える相談役に今後の事は任せるしかない。
私は更に自分の感情と向き合う。
そして、力を使いこなしてみせる。
皆が談笑する中、華火は目標を再度意識する。
お役目で金の天候を使わないとはいえ、発動する感覚を忘れないようにと、社の中で特訓中だ。その時、契約も発動して皆の鍛錬の時間ともなっている。この時の華火は金に輝くので、決して大広間から出る事はない。
「華火のとこの犬神はどんな感じなんだ?」
「織部も会った事がある者だ。四季公園に現れた三匹を覚えているだろうか?」
織部に話し掛けられ、華火は思い出を告げる。
するといきなり玄が立ち上がり、縁側の硝子戸を開けた。
「御免下さーい! 見廻役の小春です!」
可愛らしい声が華火の耳に届く。
時間を確認すれば、ちょうど八時になったところだった。
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