第68話 褒美

「そういや、月白殿と裏葉殿は、誰だ?」


 あんなに勢いよく立ち上がったにもかかわらず、杜若かきつばたは白く長い髪を揺らし、きょろきょろと周りを見回している。

 それに対し、月白と裏葉が片手を挙げた。


「おぉっ、そこにおられたか!」


 たたっと跳ねるように駆け寄れば、杜若は身を屈めた。


「頭に触れても大丈夫だろうか?」

「問題ない」

「大丈夫です……」


 お役目を探られたくないだろう。月白と裏葉が若干不服そうな顔をしていたが、諦めたように杜若へ頷く。


 あれで本当に見えているのだな。


 華火は感心するが、彼らにとってはあれが目である。

 診断師は他のものまで視えすぎてしまう事もあるらしい。それを防ぐ為、あのように顔を覆う和紙を貼っている。普段は瞳に直接術を施してる者もいるようだが、和紙のままにしている者が殆どだと聞く。

 そこから見え隠れしている口元は、優しげに口角を上げている。

 

「しばしお待ちを。精査せいさ


 杜若が印を結ぶと、和紙に描かれた一ツ目が青みの強い深紫に輝く。そして彼が月白の頭へ触れれば、同色の炎が月白の身体を包み、すぐに消えた。


「ふむ。蘇芳殿の読み通り、送り狐ですな! 送りの力は、障りを弱らせ地獄へ送るものだと、貴方の頭にも浮かんだはず。違いないか?」

「……あぁ」


 診断師の調べは術者と対象、双方に伝えられる。ゆえに別のお役目だと主張しても、偽る事ができない。


「では次へ。失礼する」


 裏葉が頷けば、杜若が彼の頭へ触れる。


「こちらもだ! 貴方も送り狐である。送りの力は先程説明したものと同じ。違いないか?」

「そうみたいですが、違う事もあるんですか?」

「いや。確認は決まり事。なので、一応尋ねているだけだ!」


 裏葉の顔が望みを見付けたように輝くが、杜若の言葉を聞いてげんなりとした表情へ変わる。


「では、青鈍殿と木槿むくげ殿もついでに!」

「ついでって、そりゃねーだろ」

「酷い扱いっ!」


 呆れ顔の青鈍とは違い、木槿は笑い出す。そして、月白と裏葉と同様の事を告げられていた。


「さて、それでは黎明殿! 今一度調べさせていただく!」


 くるりと身を翻し、杜若が黎明の元へ駆け寄る。


 今一度?


 自分が契約した事で、再度調べを受けたのだろう。しかし、それをまたここで行う意味がわからず、華火は首を傾げた。


「うーむ。何度調べても断罪役のみ! 複数のお役目を担う事になるかと思ったが、違うようだ」

「もしお役目が増えたとしても、断罪役と送り狐は同時にできませんよー」


 適性も一つではない。複数ある場合、選択肢が広がる。

 だからこそ、黎明にお役目の影響が出ていない事で、華火は少しばかり気が緩んだ。

 その瞬間、杜若がこちらへ振り返った。


「華火殿の力はお役目を増やすものではない。そこは安心されよ! そして、貴女も調べさせてもらおう!」


 自分の為に調べてくれたのかと、感謝を述べようとした。

 しかしもう我慢ならない様子でとん! と跳ねた杜若が、華火の目の前に着地した。


「私は調べずとも……」

「いいや! 予言の白狐なら違うかもしれませんので!!」


 上で生まれた狐の殆どが、親と同じお役目の力が発現する。それを確認をする儀式が行われた際、術などが使えなかった場合や、他のお役目に就きたい等の意見が出た時、診断師の世話になる。

 だから華火は断ろうとしたが、杜若の勢いに押され、頷いてしまった。


「では!」


 嬉しそうに、杜若が頭へ触れる。そして炎に包まれた瞬間、言葉が浮かんだ。


『――統率者』


 今、何か……。


 始まりの言葉がわからず、華火は固まった。すると杜若がぱんっ! と手を鳴らす。


「ほっほー! これからはやはり全ての者を調べた方がいいでしょう!」


 杜若が蘇芳へそう告げれば、また華火へ顔を戻した。


「事前に華火殿のご家族を調べさせていただいたのだが、その時は『送り狐の統率者』と浮かんだ。統率者とは送り狐に対してのみだと思っていたので、少しばかり疑問はあったのだ。そして今、華火殿を調べればお役目が確定していない」


 そのような事が、あるのか?


 杜若の言葉をただ聞き続ければ、彼がぺらりと顔の和紙をめくった。


「どのような統率者となるのかは、華火殿次第だ」


 織部よりも幼い風貌だが、青みの強い深紫の瞳は、全てを見透かし理解するように穏やかだ。


「……はい。ありがとうございます」


 華火の返事にうむ! と微笑み、和紙を戻した杜若が蘇芳の元へ向かう。


「残念な事に、青鈍殿の木槿殿は善行が少しばかり足りていない。よって、印の解除はまたとなります」

「そうでしたか。それは致し方ない」

「印の解除?」

「ん? 私は診断師であり、封具解除師でもある。本日、善行が足りていれば外せたのだが、お預けのようだ!」


 杜若の蘇芳への報告を聞き、青鈍が問い掛ける。すると、不思議な答えが返ってきた。


 褒美とは、印の解除だったのか。


 彼らは少々やり過ぎるきらいがある。しかしそれでも、送り狐を目指していた者達だ。だから早く自由になれればいいと、華火も心の中で願う。

 きっと自分達と共に過ごす事で、自然と善行を積む事になる。だから時間が解決してくれるものだとも思えた。

 そう考えている内に杜若は着座し、蘇芳が話し出した。


「さて。それでは褒美について説明しよう。今回の功績をたたえ、野狐達は全員、送り狐の見習いとして昇格する」


 一瞬の静寂が訪れれば、次に動揺が大広間を包む。


「送り狐の見習いなんて聞いた事がねーぞ!!」

「今回、私が提案した。騒動に利用されたとはいえ、色加美のみならず他県の統率者や送り狐にまで迷惑を掛けた。そんなお前達をよく思わない者もいるだろう。障りを宿した事も含めてな。よって、指南所ではなくここで経験を積むがいい。お前達は実践から学ぶ方が向いているだろう?」


 怒鳴る青鈍に対し、蘇芳の肩が僅かに揺れた気がした。しかし目元を見れば、微笑んでいるのがよくわかる。


 蘇芳様はもしかして、笑いを堪えているのか?


 悪趣味な提案の仕方であるが、それは彼らをあらぬ誤解から保護する意味なのだとも伝わる。


「そして、我々の中でも今までにない行動を起こす者も出てくるはず。なので、断罪役を下にも置く事となった。今までは管狐でのやり取りで間に合わせていたが、今、犬神の手を煩わせるのは考えものだ。配置はこれから決める事となるが、色加美のみ、決定している」


 そう蘇芳が発言すれば、玄の呟きが聞こえた。


「誰が来た?」


 何の事だと思えば、外が徐々に騒がしくなる。

 けれど、蘇芳の声色は変わらない。


「よって、お前達の今後の経過を見守らせる為にも、事情をよく知り、契約も結んだ黎明をここへ置いていく。お前達にとって悪い話ではないだろう? この配慮も、私からの褒美である」

「ご褒美の黎明ですよー」


 蘇芳と黎明の発言に、皆の戸惑う声がする。そんな中、外にいる者の正体が判明した。


「蘇芳様! 今回は一部屋でいいんですよね?」


 以前改修に来た宮大工達が姿を見せ、呆気に取られる。


「そうだ。黎明、何か要望があれば伝えておけ」

「はーい」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!! 何がどーなってんだぁ!?」

「あぁ、私とした事がうっかりしていた。白蛇殿、黎明は何度か訪問させているはずですが、この者もここで過ごす事を許可していただけるだろうか?」


 勝手に話が進み、宮大工が家の中へ入ってくる。それを見ながら、柘榴が慌て始めた。

 すると、とぼけた振りをしているであろう蘇芳が、白蛇へ確認する。


『皆に悪意のある干渉をさせない為のものであるならば、許可しますぞ』

「それはお約束致します」


 問うた白蛇に、蘇芳は檜扇をしまい、真剣な顔を向ける。すると二匹は、笑い声をもらした。


 お二方だけで、通ずるものがあるのだな。


 強引に事が運んでいるが、白蛇の対応を見る限り大丈夫だろうと思えるから不思議だ。

 すると、蘇芳の視線が動いた。


「それと、栃殿。白蛇殿はここに住まう者の味方のようだ。ならば、公平な目が必要である。今後、色加美の者達に異変があれば知らせてほしい。どうか、頼まれてはくれぬだろうか?」

「……いやぁ、さすがにそら荷が――」

「ただで、とは言いませんが」


 蘇芳からの提案におろおろした様子を見せていたが、金銭が絡む発言に、栃のふっくらした尻尾がぴくりと動いた。

 それを確認したかのように、蘇芳が話し続ける。


「謝礼はもちろんの事、、送り狐が必要とする物は上を通して揃える決まりがあります。けれど、この困った送り狐達の要望に応えていただいたようで、感謝致します。なので、私の願いを聞き届けていただけましたら、今までの事は不問に」

「是非、やらしていただきます」


 そうなるだろうな。


 蘇芳の意味ありげな確認に、栃はすぐさま頭を下げた。その素早さに、華火は笑い出しそうになる。

 すると蘇芳は微笑み頷き、立ち上がった。


「話はまとまった。それでは、私は上へ戻らせてもらう。何かあれば、遠慮なく管狐を寄越せ」


 父と母、杜若も立ち上がれば、黎明が呼び止めた。


「歩きながらで構いません。単様の術の件で、お聞きしたい事があります」

「それならば、私達は戻る時間を遅らせようか?」

「いえ、そのままで」


 黎明の真剣な声から、尋ねる事は彼の命が消えかかった時のものを問うのだと、伝わる。だからこそ父が遠慮しようとしていたが、黎明は首を振り、先に大広間から出た。


 どのような答えが返ってくるのかわからないが、皆には聞かれたくないのだろう。


 黎明を犠牲にしようとしていた蘇芳の考えを、華火も知るのが怖くなった。

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