第66話 顛末
皆も苦しげな声を出し、次々と姿勢を正す。その間に、白蛇へ挨拶を済ませた家族が華火の側に集まる。
「痛むだろう? 楽にしていい」
「ですが……」
「よい。契約により影響の出た者は横になれ」
父の気遣わしげな声に首を振るが、蘇芳の許可が下りた。しかし、その言葉通りにした者はいない。
何より、顔に張り紙をした見知らぬ白狐もいる。
正方形の和紙には、墨で大きな一ツ目が描かれている。背は低く、身にまとうのは濃い紫の
これは診断師の正装である為、月白と裏葉が念の為、お役目を探られるのかと思えた。
「……はて。狸殿が何故このような場所に?」
「色加美の万屋、栃と申します。本日は皆さんの朝餉を頼まれまして、お届けに」
「万屋……。もしや、これらを揃えたのも……」
しかし蘇芳が栃へ話し掛ければ、別の緊迫感が漂う。それもそのはず。蘇芳が目を向けたのは大広間で存在を主張する、連なる巨大な画面だからだ。
「そうです。命懸けで戦う僕達にも、娯楽で心を緩める時間は必要ですから。それより、皆様もお疲れでしょう? どうぞお座り下さい」
栃が返答する前に山吹が話し出す。それを切っ掛けに、訪ねて来た者が腰を下ろせば、蘇芳もそれに続く。そして彼は檜扇を取り出し、あごへ当てた。
しかし目線はまた、栃へと向く。
「……いつも世話になっているようだ。ならばまだ、この場に留まってはいただけないだろうか?」
「いっ!? やぁ……、まぁ、ほな、お言葉に甘えさせてもらいましょか……」
小言の一つもこぼさなかった蘇芳が、何故そのような事を告げたのかが気に掛かる。
しかし、華火は栃の気の毒な声を聞き、青ざめる彼の心配で頭が埋め尽くされた。
そこへ、蘇芳の言葉が届く。
「まずは、単様の事から伝えよう。単様が直接手出しをしたのは今回が初めての事。なので処罰は幽閉の間にて、今までご自身が行ってきた物事を見つめ直させるものとなった」
光届かぬ幽玄の間で、闇に包まれ過ごすのか……。唯一、世話係が訪れる時のみ、光差す場所。
手を出していないとはいえ、単様の今までの行動は許されるべき事ではない。
しかしこの罰は、気が狂う事もあると言われている。耐えられるのだろうか……。
極刑よりも厳しいと判断する者もいる処罰の内容に、華火は複雑な気持ちを抱く。しかし栃のいる前でここまで話していいのかと、疑問が浮かぶ。
だが、蘇芳は言葉を紡ぎ続けている。
「そして、言われるがままに手足となった暁殿は、単様の世話係を務めさせる方向で話は進んでいる。単様の気を鎮められるのは、彼女以外存在せぬからな」
彼女が、世話係。
ならば、暁様が単様の光になるのか。
処罰としての世話係ならば、
きっとあの様子なら、暁様は別室にも戻らず、幽閉の間の側にいるだろう。
そして単様と共に、今までを振り返る。それが彼らへの、やり直す為の罰、という事になるのだろうか。
蘇芳の言葉の意味を考え続ければ、青鈍が口を開いた。
「それは本当に罰なのか?」
「何が言いたい?」
「甘すぎじゃねーかと思って。まさかあの残夜とかいう断罪役も、同じような処罰なのか?」
そう思う者がいても不思議ではない。命を狙われ利用されたのだから。この問いに蘇芳がどう答えるのか、華火も様子を窺う。
「単様については、極刑との意見も出た。だが、そのように簡単に終わらせてよいものではない。今回、総会前に動くとしたのも、冬至は障りの力が特に強まると知っての事。印付きが障りに呑まれるように我々が計画したものとして、総会にて他種族にも伝える手筈であったらしい。故に、永遠とも感じられる闇の中で、ご自身と向き合われる時間を罰とした。残夜をはじめとした断罪役と相談役は、単様の意思を汲んだとして勝手に同族の命を奪った者と、そうでない者に分けた為、処罰の内容は異なる」
説明を受けても、青鈍は納得していなさそうに眉をひそめている。それに対し、蘇芳が更に言葉が加えた。
「そしてここからお前達に伝える事は、今の相談役達の総意となる。予言の騒動に加担した者を全て見付け出す為、そして、天狐様の代理、言わば妖狐の長が極刑で消えるのには不都合がある。だからこそ、生かす方向での処罰が決まったのだ」
「あー。あいつら餌にして、残りは炙り出す感じ?」
「そうだ。支えとなっていた者が生きていると知れば、動く者は必ず出てくる。単様の考えを引き継ぐ者や、証拠を消す者などもいるだろう」
蘇芳に
「……妖狐の長の件は、他種族に対するものですか?」
「意見は分かれたのだがな。牽制の意味を含め、単様の処罰は決まったのだ。これにより、妖狐を脅かそうする存在も迂闊に手出しはしないだろうと、意見がまとまった」
脅かそうとする存在?
考え込むように山吹が質問すれば、またも蘇芳は淡々と返す。しかしその内容に、華火は違和感を覚える。
多少なりとも摩擦はあるだろうが、稀にしか挑んでくる者もいないはずだが……。
妖同士の相性もある。力試しの意味で、訪れる者も中にはいる。
しかし蘇芳の言葉の意味は、それとはまた別の事を指し示したように思えた。
だからこそ、華火は問う。
「蘇芳様。そのような危険な存在が、本当にいるのでしょうか?」
「……その質問の答えは、栃殿に尋ねよう」
栃様に?
何故と戸惑えば、それ以上に混乱していそうな栃へ、蘇芳は話し掛けた。
「昨日、金の雨が降りましたな。あれを浴びて、栃殿にはどのような変化が現れましたか?」
「……人間に対して、友のような懐かしさを思い出しましたが、それがなんかあるんですか?」
「力が湧き上がるような変化はありませんでしたかな?」
「そらなかったですよ」
金の雨とはまさか……。
全ての妖狐へと想いを込めたが、妖へ無差別に届いてしまった事実に、息を呑む。
けれど、蘇芳と栃の会話から、力を与えるものではない事には、安堵した。
しかし蘇芳の顔がこちらへ向き、身体が強張る。
「このように、他種族にも影響が出ている。魂に対してもだ。自ら逝けた姿を目撃したとの報告を受けている。この事態に、総会は急遽中止。金の雨の説明は、『次期天狐となるかもしれぬ者の力が発現した』として済ませた。まだ確定ではなく、存在は明かせないとして名は伏せてある。今後は力の扱い方を学ばせるとも伝えた。過去に、長となる者の力が他者に影響を及ぼす事もあった為、他種族の者も一応の納得はしている」
大事になってしまったのに、華火には何もできない。それを全て、蘇芳達相談役に担わせてしまった事実にも、絶句するしかなかった。
だが、蘇芳はまだ言葉を紡ぎ続けた。
「しかし、犬神は動いている。あのような騒ぎになれば当然の事。こちらからの知らせを送った後もだ。それに対し、妖に何かしら変化が起こるかもしれぬとして、見回りを強化するとの回答を得た。けれど、犬神の長の銀次様は、物事を白黒はっきりさせねば気が済まぬ節がある。よって、今後もあの力の扱いには十分注意せよ。何より、毎度このように倒れては身が持たぬだろう。魂を逝く道へ導く力は素晴らしいが、今後は送り狐へ任せるがいい」
『いや、お前は使うだろう。何度でも』
咎められた訳ではないが、単からの言葉もはっきりと頭の中に響き、華火は心を決める。
私はもう、むやみに金の雨を使わない。
名も思い出せない天候ではあるが、それにより、全ての妖狐へ伝わったはずだ。
だからもし使う事があれば、ここにいる大切な皆の為だけに使う。それも、緊急時のみに留める。
そして蘇芳様の仰る通り、魂を送るのは皆に任せる。何より、それは彼らのお役目でもある。だから私は今まで通り、皆の支えとなるよう努める。
そして、契約も同様。
私は全ての者を抱えられる程の余裕はない。
何より、家族や友とは、そのままの関係でいたい。
だからもうこれ以上の契約は無しだ。
一度まぶたを閉じ、大きく息を吸う。それを吐き出し終え、目を開ける。
「はい。金の雨は感情のままに力を発現させないよう、扱い方を学びます。そして、今後このような事が起こらないよう、私自身が強くなります」
蘇芳を見つめながら、言葉を伝える。自分の誓いが届くように。すると、蘇芳の目元が緩んだ気がした。
しかし、すぐに彼の目線が別の場所へ向けられた。
「白蛇殿は、いや、色加美の者は華火の特別な力を知っていたのだろう? 何故、隠した」
『わしはここの主として、共に過ごす者の意見を優先しますぞ。それ程、上の誰もが信用できぬように仕向けたのも、蘇芳殿の考えの内、だったのでは?』
蘇芳の疑問に、白蛇が問いで返す。
すると、彼は小さく笑った。
「どうでしょうな」
蘇芳が黒みを帯びた赤い瞳を細めれば、皆を見回す。
「さて。私の不可解であっただろう行動を説明するか。信じるかは、それぞれに任せよう」
表情を硬いものに変え、蘇芳が語り出した。
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