第63話 奥の手

 黎明の異変はもう、山吹達に任せるしかない。

 だから、庭園にいる者がそれぞれ動き出したのを感じ取りつつも、織部に迫る印付き達を見据える。


『織部のように拳で戦う者は、それだけだと思われがちです。だから追撃を食らわせてやるのがいい。慣れない内は霊力を消耗しやすいでしょう。でも、強くなりたいと願う織部なら出来るでしょう?』


 竜胆、いつもありがとな!!


 発破を掛けてくれる存在へ感謝しながら、右手へ更に霊力を集中する。

 そして同時に飛び掛かってくる四匹をかわし、まずは右側の男狐の脇腹へ一発入れる。


「うりゃあぁぁあ!!」


 ただ強く殴るだけと思わせておいて、拳から自身の霊力を散弾のように飛ばす。


「次!」


 崩れ落ちる印付きの向こう側へ、回転しながら飛び込む。左の手甲を盾にし、相手の胸に一撃を入れる。

 そして、織部の後ろに回り込んだ二匹を視界に入れた。


「このっ!!」


 下からあごを狙い、拳を突き上げる。するともう一匹の顔面に、今殴った男狐の頭が鈍い音を立てて当たった。それらの後ろには、竜胆の槍の石突いしつきがある。


「こっちはおれだけで大丈夫だったのに!」


 綺麗に攻撃が決まりそうだったのに締めを取られた気分になり、思わず叫ぶ。


「暇だったので、つい」


 悪びれもしない竜胆の向こう側には、三匹の印付きが転がっている。それを織部が確認したのを見計らったように、竜胆が続けて話す。


「今はこの者達の回復を優先させましょう」


 先程までは亡者のように立ち上がった印付きだが、金の雨のお陰で彼らも正気に戻りつつある。


「言いたい事、沢山あるんだろ? だったら聞いてやる。だから、自分の感情に好き勝手されんなよ。お前の身体はお前のものだ」


 竜胆が地に伏せた印付きを送り火で包む。少しずつ、黒が薄らぐ。だからこそ、織部は話し掛け続けた。彼らは戻って来られると信じながら。


 ***


 はぁ? 何してんの?


 木槿むくげが血の止まらない腹から目を離せば、華火が契約の儀を執り行っている姿が見えた。


 理由があったところで、俺達の命を危険に晒した奴に変わりないじゃん……。って、俺が言える立場じゃないけどさぁ。


 華火の通常の契約発動は、ぬるま湯のように心地良い。しかし障りを宿した後の繋がりの痛みが、魂の奥まで届いた。それがまた更に彼女を知る事にもなり、絆が深まった。

 何より、そちらの感情の方が木槿には好ましく、理解できた。


 また増やすのぉ?

 まぁ、統率者っていうのはそういう存在なんだろうけどさぁ。

 でもあいつ、送り狐じゃないのに。

 これで契約出来たら、華火ちゃんは誰とでも繋がれちゃうって事?

 なんかそれって、嫌だ。


 そう考えた時、視界に、こちらをさも辛そうに見る青鈍を捉えた。

 そして今が戦いの最中だと思い出し、顔をしかめる。


 まずっ!

 えーっと、今、俺は刺されてる。

 力の差があるから、敢えて少し斬らせて油断させる予定だったのに、不覚だったなぁ。

 心が痛い。身体も痛い。痛いなー。


 取りあえず呻きながら、視線を下げる。


 特に腹が痛いんだー!

 だから屈む。

 ほら、狙い目でしょ?


 傷を押さえるふりをし、重心を限りなく下げる。


 動揺してそうな青鈍に行くかな?

 俺の方に沢山来てほしいんだけど。

 今、むしゃくしゃしてるし。


 その願いが届いたのか、こちらに向かってくる足音が増える。


 あの金の雨、確かに力が湧く。

 契約もしたからだろうけど……。


「ここまで来たら互いに後戻りはできない。何より、力がみなぎる。やはり我らこそ、正義だ」


 ほらぁ。

 馬鹿にも力与えてるし。

 あいつらはあいつらで、こうした生き方しか出来ないんだって。

 華火ちゃんの金の天候はそれを浮き彫りにさせるだけ。

 受け止められるのかなぁ、世間知らずなに。


 遠くの残夜の声を聞きながら、刀の柄へ触れる。


 光もあれば影もある。

 あいつらにとって、今が光。それ以外は影。

 そういう生き物もいるんだって、華火ちゃんは知らないとね。

 あの天候を扱う予言の白狐なら、尚更ね!


 そしてまた華火の怒りに触れる事を考えてしまい、自然と口元が緩む。


「いっ……」

「その苦しみ、一瞬で終わりにしてやる」


 十分引き寄せた獲物が、何か勘違いしているようだ。


 華火ちゃんのあの心、独り占めしたい。


「ひひひっ!!」

「なっ!?」


 もう笑い声が抑えられず、抜刀した。

 後はただ、斬り抜けるのみ。ここから先は、自分でも止められない。


 契約しといてよかったぁ!


 どんなに無茶苦茶に腕を動かそうが、疲労もない。痛みを感じにくい身体だからこそ、成し得るものだ。

 、使えるものは何でも使う。それが自分達のやり方だ。


「甘かったなぁ」


 青鈍の声が斜め後ろから聞こえる。油断した相手を叩く程、楽なものはない。こちらを気にするふりをして、方を付けてきたのだろう。

 他の断罪役は月白と裏葉がどうにかしているはずだ。あの二匹の術は、それだけ厄介なのだ。

 だから目指す先は、自分達に正義を語った馬鹿のみ。


「単独では動けない虫けら共め」


 残夜が構えながら言葉を吐き捨てる。

 それが滑稽で、笑わずにはいられなかった。


「虫けらも数がいりゃあ、何かを成し遂げるんだって」


 喋りながら刀を真一文字に振る。紅紫の炎を放ち、それを残夜に防がせる為に。しかし飛ばれもせず避けられ、木槿も同方向へ跳ねる。

 だから、青鈍が反対から回り込んだ。


「勝てりゃいーんだよ」


 斬るふりをしながら、青鈍が避けられた刀をすぐに返し、柄頭を鳩尾へ叩き込む。

 だからこそ、残夜の背後に回った木槿の方へ自然と寄ってくる。


「お返し」


 自分と同じように後ろから腹を刺し、足で背を蹴りながら刀を引き抜く。

 けれど、木槿の言葉に反応した残夜が姿勢を崩しながらもこちらを振り返り、向かってこようとする。

 それを青鈍が、傷口を狙うように踏み付けた。


「正義っつーのはな、最後に立ってた奴だけが言えんだよ。だから残念だったな」


 青鈍の言いたい事がわかり、声を合わせる。


「俺らが正義だ」

「俺達が正義だ!」


 冷ややかに笑う青鈍に任せ、木槿は周りを探る。


 こんな奴らほっといてもいいんだけど、山吹に怒られちゃうからねぇ。


 罪を償わせる為にも、傷を癒させようと山吹を呼ぼうとする。他もそれぞれ落ち着きを見せ始めていたが、華火が何かを決意した顔で立ち上がった。


 まさか、一匹で?


 彼女の目線が単だけに向けられており、木槿は驚嘆した。

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