第62話 力の影響

 何故、まだ戦うのか。その疑問が、膝をつく華火の身体の自由を奪う。

 けれど暁がこちらへ辿り着く前に、山吹が結界を張った。それに弾かれ、彼女は僅かに驚きを浮かべた。

 しかし華火は焦る。彼は黎明に掛けられた単の術を、命を懸けて抑え込んでいるのだから。


「山吹、今術を使ったら!!」

「大丈夫。僕は僕がすべき事をするまで。そう決めて、生まれたから」


 口からの血は止まり、山吹が穏やかな顔で華火を見ている。それでもまだ、障りは彼を染めている。

 そして、治癒を受けながら支えられている黎明も、先程よりは息が荒くない。術を強められたはずなのに。


「苦しく、ないのか?」

「うん。華火の天候が、もう思い出せない記憶が、力を溢れさせる。僕の魂が、華火の魂と強く結ばれ、この世ですべき事の後押しをしてくれる。だから魂が自由であり、繋がっている。そんな不思議な気分なんだ」


 狼狽える華火へ、山吹は呼吸の乱れもなく、しっかりとした声色で答える。

 それらの事実を受け止めながら、自身の天候がここまで影響を与えた事にも、驚くしかなかった。


「お前の力は危険だ」


 そこへ、暁の怒りを含む声が割って入る。


「何が、危険なのですか?」


 それに真空が反応し、睨み合う。


「我らの始まりなど思い出させてどうする。妖とは、抑えが利かない者でもあるというのに」


 暁がこちらを突くように、中段に構える。


「やはり単様の考えは正しい。問題のある者を残せば、更なる問題を生み出す。ならばここでその連鎖を止めるまで」


 そう言い切り、山吹の結界へ刀を打ち付ける。しかしどこにも傷付ける事なく、終わる。

 それなのに、暁は何度も突き続けた。

 彼女の瞳は朝を知らせる空のように、闇が白んだ色をしている。その中に、確かな希望があるように輝いている。


 彼女を動かすものは、何だ?


 単の考えに賛同する様子が不自然にも思えた。だから華火は、暁を探ろうとした。

 しかし黎明の呻きに、そちらを確認する。


「自分が、消えれば、蘇芳様が、動ける」

「蘇芳様が……?」

「単は、天狐になる為に、自分の手を、汚さない。言葉は全て、誤魔化される。だから、今の、この術を、単を裁く為に、成功させる」


 何を、言っているんだ?

 その為に、黎明様は……?


 その先の言葉を、浮かべる事すらしたくない。

 それなのに、黎明の声は尚も続く。


「治癒は、もういい」

「ふざけないで!!」


 華火が怒鳴るより早く、真空が黎明に掴みか掛かる。


「誰もそんな事、望んでいません!」

「そー、ですかねー」

「僕も、やめません」

「困った、なー」


 怒りで赤く染まる真空に、青白い顔の黎明がいつも通り話し掛ける。

 そして山吹も、真剣に告げる。それなのに、黎明はふざけたままだ。


 それならば、黎明様の考えを覆すまで。


 暁が結界を壊そうとする音は響いたままだが、びくともしない。それ程までに、山吹の力が最大限に発揮されている。

 その中で、華火はある事を考えていた。


 山吹と黎明様の違い。

 その山吹の言葉。


『僕の魂が、華火の魂と強く結ばれ、この世ですべき事の後押しをしてくれる。だから魂が自由であり、繋がっている』


 もしかしてだが、柘榴と白藍の異変も、これが理由なのか?


 そして自身の予想を立てた。

 華火の魂と繋がる者だからこそ、生まれ落ちたこの世界で天命を全うするその時まで、魂を切り離すような裏葉の笛の音が効かない。

 金の天候を発動すれば、動きを封じる術にすら魂が捕われる事なく、僅かだが動けた。

 確かな事はわからないが、導き出せたのはこの答えだった。


 そして全ての妖狐を統べる者ならば、出来るはずだ。


 華火は自身の考えを信じた。

 黎明の命を救う為に。


「黎明様。私と契約しましょう」


 それだけを告げ、術を発動させる。更に金の光を右手へ宿し、目を見開く黎明の手を取った。


 ***

 

 時が動き出し、織部はようやく現世へ戻ってきた心地がした。

 それ程までに、障りを宿しながらも金に輝く華火が降臨している間、別世界へと連れ去られていた。


 やっぱり華火が予言の白狐か。


 驚きはなかった。むしろ、そうであってほしいとさえ、思っていた。何が意外だったかといえば、神とはこのような存在なのではないかと、織部が自然に考えてしまった事だ。


 華火が天狐になるのなら、あの金の雨が妖狐の支えになる。

 今回は大切な事を思い出せた気がしたが、言葉は残らず心に留まってる。それがきっとおれのように、何かに苦しむ妖狐が、自由に生きる事に繋がる。

 けれど、さっきみたいな雰囲気になったら、華火はもしかして……。


 印付きの拘束が緩んでいる隙に、足を振り上げ、勢いに任せて思い切り後ろを蹴る。


「そろそろ戻って来い!」


 着地と同時に下を蹴り、振り返りながら距離を取る。そのまま印付きへ怒鳴れば、僅かだが反応が見られた。


「一気に行きますよ」


 織部の背後から、竜胆の声がする。


「おう! 背中は任せた!」

「任されました」


 先程は自身の不覚で竜胆の足を引っ張ったが、彼は何も言わない。そしてまた、織部を自由に戦わせようとしている。

 その事実が、自分達の絆を更に深いものにしたのを感じる。


 華火が怒ってくれた事で、おれの怒りなんて吹っ飛んだ。おれ自身の怒りがどういうものかは、華火と初めて会った時に理解もしていたから。

 けれど、華火の苦しみは今、感じ取れた。

 それでも、華火は妖狐を想えるなんてな。


 印付きと交戦しながら、華火の事を想う。彼女に出会ってからは、自分の幼さを嫌でも実感させられた。だからこそ、華火と対等な立場になれるよう、努力してきた。

 彼女を助けるのは自分でありたいと、ただそう思って。


 おれは、華火が好きだ。

 華火の心が他を向いていようが、この想いは一生変わらない。

 だけどもし、華火がこのまま天狐になるのなら、別々の世界に生きる事になる。

 それをおれは、嬉しく思えなかった。


 攻撃をしゃがんで避ければ、それに合わせ竜胆の槍が織部の頭上を通り、一撃を繰り出す。


 さっきの華火は、神のように見えた。

 天狐は神に近い存在で、触れる事もできない。

 それはわかってる。

 けれど、今はまだ、行かないでくれ。


 先程の天候を使い続ければ、華火はすぐにでも天狐になってしまう。そんな予感がした。


「織部!」


 印付きが織部に群がろうとしてくる。だからこそ、竜胆が声を張ったのだろう。


 おれの勘違いならいい。

 でも、伝えておこう。

 まだ共に、同じ世界を生きたいから。


 そう願いながら、織部は腰を落とした。


 この戦いを終わらせる。

 華火のお陰で力も湧いてる。

 だからおれの奥の手、見せてやる!

 多少痛いだろうが、これで全員目ぇ覚ませ!!


 竜胆が信じてくれた自身の力。

 それを使い、織部は印付きを落ち着かせると決意した。

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