第61話 全ての妖狐を統べる者

 庭園に存在する全ての音が消えたように、静かだ。その中で、単が透き通った白い目を見開いている。

 その色が、白蛇を思い出させた。彼は皆の無事を下で祈り続けてくれている。

 ならば、帰らねなばならない。いや、帰るのだ。

 ここへは戦いに来たのではなく、生きる道を掴み取りに来たのだ。

 それが、華火達の願いだ。


 だからこそ思い出す。未だ理解できていなかった、白蛇の言葉を。

 

『秀でたものがない者などおりませぬ。ですから華火殿の秀でしものを、神は殊に愛されておる』


 神よ。

 きっとこの瞬間にも、意味があるのだろう?

 心を抑えれば、病に伏せた。あの痛みを私は忘れはしない。そして心を解き放てば、驚く程に世界が変わった。

 いったいあなたは私が辿ってきた道の先に、何をさせようとしているのか。

 私が本当に予言の白狐ならば、教えてくれ。

 皆を助けたいんだ!!


 強く想えば、輝きが増す。

 けれど、華火は間違いに気付いた。


 違う。もう既に知ってる。

 魂が知っていると、私は知っていたじゃないか。

 だから魂の声を辿るように、生きてきた、のだろう。

 何故と思いながらも、手を伸ばす事を半ば諦めながらも、いつかはと、手を伸ばし続けた。

 それが私の秀でしものであるのならば……。


 時は流れているはずだが、華火以外の全てが止まって見える。その中で、心知らせの最期を思い出す。


 私にもあるはずだ。

 天命。私の、天命。

 ……わからない。わからない、けれど。

 諦めなかった事で得られたものは、私に関わる者達の本当の想いに気付けた事と、自分がどのように生きたいかを、決められた事だ。


 ずっと、強くなりたいと願っていた。

 役立たずなどと言わせない程、家族が誇れるぐらいの強さが欲しいと。

 それが私の始まり。

 その始まりがあったからこそ、今でも私は私の大切な皆が誇れるようにと、生きていけるんだ。


 その事実が心揺さぶる。それ以上に、華火のもっと奥深くが反応している。自然と、それが答えだと理解できた。


 だからこそ私の金の天候は、妖狐に初心を思い出させるのか。


 あの暗い道を彷徨い歩いた意味も、光に包まれた日々も、全ては今に繋がる為にある。

 それを華火の魂は望み選んだのだと、はっきりと自覚した。


 それならば、予言の示す全ての妖狐を統べる者とは、始まりを思い出させる者、というい事、なのか?


 華火がそう答えを出せば、天候の名が浮かぶ。


 この言葉の意味は……。

 皆、忘れているのか。

 だからこそ長く生きる妖狐は、いや、妖は、時に同族の未来すら巻き込みながら、道に迷うのか。

 ならば、今だけでも思い出せ。

 私達が生まれた意味を。


 全身が熱い。けれど力は巡る。


 これが私の、天命ならば……。


 天を仰ぎ、印を結ぶ。


「天候」


 届け、全ての妖狐へ。


原天げんてん回帰かいき


 名を口にすれば華火から光の柱が生まれ、天へと繋がる。

 それが空へ吸い込まれるように、消えた。

 次の瞬間、流星のように金の雨が降り注いだ。


「……これは」


 単の微かな声が聞こえた。

 けれど、誰も動く気配はない。

 華火ですら、自身の天候を浴びる事しかできない。


 私達は、人間の心から生まれた。

 だからこそ、表裏一体。

 片方を抑え込む必要はない。

 あるがまま、生きればいい。

 抑えつける事でその感情の扱いを間違い、傷付け合う。

 善行も悪行も、どちらが正義でどちらが悪ではない。

 それらを知る事でどちらも忘れる事がないようにと、人間が望んでいる事なのだから。


 人間とは、不思議なものだ。

 

 何かが起これば神や妖の仕業と、どの事柄にも意味を持たせようとする。

 だからこそ、私達はそれに応えるように生きている。


 私達がどうして人間へ善き働きをするのか。

 どうして人化をしてまで、人間を模るのか。

 

 全ては、妖を生み出した人間を愛しているからだ。

 時に愚かであろうとも、愛する事をやめられない。

 だからこそ、近い存在を目指す。


 統率者と送り狐もまた、人間が対となるものを望むからだ。

 この世の全ては陰と陽。だから私達はそう、出来ている。

 それでも共に生きる相手を選べるのは、私達が自分の意思でも生きているからだ。


 これは魂に刻まれた記憶。

 人間の望みを、そして自身の始まりを、魂が覚えている。

 だから、誰かに決められた生き方を歩まなくていい。

 迷い間違った時であろうとも、魂の導きが消える事はないんだ。


 金の雨が、魂に溶けていく。

 華火自身も忘れていた事を、身体の隅々まで教えるように。

 その心地良さが消え、灰色の空へと戻る。

 自身の輝きはそのままに。障りも同様に肌を染めたまま。

 だからか、霊力が消費され続けている。油断すれば、身体の力が抜け落ちてしまいそうだった。


 そしてゆっくりと、思い出した物事が薄らいでいく。ただ、始まりの何かが、胸の中に留まった。

 魂の記憶は今を生きる自身の記憶ではない。それを常に覚え続ける事は、自分の生まれてきた答えを知りながら生きるようなものだ。

 だからこそ、忘れる。自分達は生きる意味を、終わる時まで探し続ける者だから。

 そして、神と繋がるようなこの天候を使う事はもうないと思えた。天候の名も、思い出せない。妖狐にとって必要があれば、また浮かぶのだろう。


 このような事態を引き起こしたのもまた、単様が大切な想いを忘れ、迷ったからだろう。


 きっと今ならまともな話し合いができると思い、単へと顔を向ける。

 すると、立ち上がっていた彼は、笑っていた。その表情には狂気が滲んでおり、華火の肝を冷やす。


「やはり私は間違っていなかった」


 彼はそう呟き、握っていた巻物へ更に霊力を送った。


「ぐっ、ううっ!!」

「黎明様!!」


 単が何故このような事をするのか理解できないまま、華火は黎明へ駆け寄る。


「私には罪がない。だからこそ、相談役の頂点に立てるのだ。天狐に次ぐ、妖狐の頂点に。それが全ての答えだ」


 そう話す単が、暁へ微笑む。


「お前がいてくれたから、私はここに立てている」


 それを聞いた暁も、微笑を浮かべた。


「だから最期まで、私の為に命を燃やせ」


 ただ頷き、暁が動く。


「全ては、単様の為に」


 その言葉を言い終えれば、彼女は華火の目の前に迫った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る