第58話 応戦

 庭園の広さは変わらないはずなのに、華火自身がちっぽけな存在に感じる程、大きく見える。

 元より、単は相談役統括。天狐の次に霊力が強い者である。その前では自分達は等しく、赤子のようなものであるのかもしれない。


 それでも、出来る事を……。


 震える。どこがではなく、華火の全てが。

 けれど入り乱れて戦う皆の姿に励まされ、後ろに下がりそうな足を踏み留めた。


 信じたくはなかった。

 けれどあの様子。

 唆されたのでは無く、全ては単様が仕組んだ事だろう。

 ならばどこへ逃げようとも、捕らえられる。


 自身の考えが、心に怒りを宿す。


 ここで単様の考えを覆さない限り、逃げ道はないと思え。

 それが私達の目的であり、賭けだ。

 そして力を示せと言うのなら、私は送り狐の統率者として全力を出すのみ。


 華火は深く息を吸い、皆との繋がりに集中する。

 むやみに天候を操るよりも、彼らの力を最大限に引き出す事に努める。

 今ここで、華火自身の力を出してしまえば確実に消されるだろう。だからこそ、そちらには意識を向けない。


「華火、一色だけ貰いますね」


 華火の右斜め前にいる真空が囁けば、白い光で自身を覆った。


「しっかりしろ! 俺達の声、ちゃんと聞け!!」


 前方から、柘榴の怒鳴り声がする。印付きが障りへ完全に呑まれないよう、皆が必死で立ち回りながら食い止めている。

 そこを縫うように、黎明がこちらへ駆けてくる。

 それに気付いたであろう山吹が、華火と真空を結界で守ってくれた。


「あぁー。上手く紛れて近付けると思ったのにー」


 あまり残念そうではない声を出しながら、黎明が結界に一撃を入れる。


「白の浄衣の中に黒の忍び装束がいれば、目立つだけです」


 真空は身構えながらも、呆れたような声を出した。


「あぁっ! それでわかっちゃったんですねー!」

「茶番は結構です。貴方は何を狙っているのですか?」


 互いに得物は持っているものの、結界を挟んで顔を寄せ合う姿がまるで逢瀬のようだ。真空の目は冷めているが、黎明の表情はとても穏やかでこの場にそぐわない。


「真空さんの心とかー?」

「またそのようにふざけた事を!」

「ふざけてませんよー? うーん。この結界壊すなら山吹さんの心を揺さぶらなきゃですねー」


 黎明様は何をしにここへ来たんだ?


 真空をからかい始めた黎明だが、結界へ攻撃を始める。けれど素早いだけで力は入れていない事に、華火は気付く。

 その時、織部の悲痛な声が耳に届いた。


「目ぇ覚ませよ! 障りに呑まれたらどうなるのか、わかってんだろ! 今なら戻れる。戻ってこい!!」


 竜胆と連携を取りながら、織部が暗緑色の炎を宿す手甲を撃ち込んでいる。


「柘榴!」

「おうよ!」


 白藍が印付きを翻弄し、駆け抜けながら斬り付ける。そのまま彼に気を引かれている印付きを、柘榴が太刀で吹き飛ばすように一撃を見舞う。


「行くわよ!」

「任せろ」


 別の場所では紫檀が声を張り、しゃがみ込んで薙刀をかわす印付き達が見えた。彼はそのままの勢いで回転し、今度は足元を狙う。

 すると玄が回り込むように動いた。


「玄!」

「助かる」


 山吹が名を呼べば、玄が作り出された板状の結界を駆け上がる。ちょうどそこへ誘われるように、印付きが紫檀の薙ぎ払いを避け高く跳ぶ。


「眠れ」


 結界を蹴り、体を僅かに捻りながら玄が脇差の刃を返す。落下しながら黒の霊力で半月を描くように相手の首の付け根へ叩き込めば、印付きが短い呻きを上げ、数匹が地へ落ちる。

 それを何とか逃れた者は、下で待ち構えていた紫檀に薙刀で思い切り払い飛ばされていた。


 けれど、印付き達は立ち上がる。このままでは、皆の力が消耗させられるだけ。


「さて。それじゃそろそろ自分も動きますかー」


 顔を後ろに向ける余裕を見せた黎明が、明るい声を出す。


 何をする気だ?


 華火も真空も再度身構えれば、青鈍達がいた辺りで土埃が舞い上がる。


「小賢しい。幻術に惑わされるのなら目を抉れ。妙な音色に囚われるのなら耳を無くせ。それが嫌なら、殺せ」


 残夜は地を砕き、青鈍と木槿の上からの攻撃を避けたようだ。しかし、とても指示とは思えない言葉が吐き出され、華火は絶句する。

 その間にも残夜は両手を荒れた地へ付け、回転するように青鈍と木槿を蹴り飛ばす。


「どっちが小賢しいんだよ」

「なぁんのお役目もない野狐に必死すぎでしょ」


 青鈍も木槿もだが、山吹・月白・裏葉以外の皆の身体には所々血が滲んでいる。山吹が動いていない事から、深手でない事は窺える。彼の力はなるべく温存し、ここぞという時に使う事にしているからだ。

 しかし依然、数に差がある。ここから、更に厳しい戦いになるだろう。

 だからこそ、華火は結び付きに意識を向け続ける。

 すると黎明が派手な音を立て、結界を壊そうとした。


「不思議なんですけどー、どうして誰も自分を止めに来ないんですかー?」


 そんな黎明の質問に、華火は迷いなく口を開く。


「それは皆が黎明様を信じているからです」

「貴方には嘘が付けない。ただそれだけです」


 華火と同時に真空も答え、黎明の紺の目が見開かれた。


「……理由は何ですかー?」

「術の解き方を教えてくれる敵などいません。それに、共に過ごした日々が黎明様の事を教えてくれました。少なくとも私は、黎明様が味方だと思っています」

「同じくです。突然押しかけてきて術を使うなんて、馬鹿としか思えませんでした。口止めまでして蘇芳様に責任が行かないようにして。枯野様をどう説き伏せたかわかりませんが、その行動は貴方にとって、何の利益もありませんよね? それに貴方は相手を試し過ぎです。実力のある者が諸々を隠したところで、意味がないのです」


 黎明様は真空達の所へも行っていたのか。

 そしてこの場に、真空達の相談役もいる。

 事情を知っているのなら、動いてくれるのかもしれない。


 真空の言葉から、今の状況を打破できるかもしれないと、華火は僅かな希望を抱く。

 けれど、目の前のにいる黎明が笑い出し、考えを中断した。


「揃いも揃って、何を言ってるんですか」


 いつもの口調ではなく、落ち着いた声色の黎明を不思議に思う。これが本来の彼なのかもしれないと、改めて華火は黎明の顔をよく見た。いつもの気怠げな眼差しは優しく、そして口元は微笑んだまま。


「もっと早く……。いや、今聞けて、よかった」


 けれど、黎明の声は周りの騒音に消し去られてしまいそうな程、か細い。その様子に一抹の不安を感じ、華火は声を掛けようとした。

 けれどそれより早く、彼はこちらへ背を向けてしまった。


「蘇芳様。あとはお任せします」


 黎明が更に何かを呟いたが聞き取れず、彼が印を結ぶ姿が目に入る。


「皆さーん! 覚悟して下さいねー! 封!」


 何故今その術を!?


 黎明がいつもの口調へ戻れば、拘束の術が発動される。

 その事実に華火は焦りながらも、彼の向こう側を覗く。

 しかしそこに広がる光景に、目を疑った。

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