第57話 余興
寒さを忘れる程集中し、華火は前だけを見る。
まとわりつく霊力の一点を突く。突く。突き続けろ。
これには理由があるはずだ!!
黎明は謎だらけではあった。しかし敵対する者とは思えない。それに、命を奪う相手へ術の解き方を教えるなど、する訳がない。
そう決め付け、華火は自分の霊力を
しかし、身体の自由を取り戻す前に黎明がこちらへ駆けてくる。それと同時に、動きを封じる物を取り払われた印付きも解き放たれ、断罪役達も走り出す。数は印付きよりも多い。
まずは私からか。
目が合い続ける黎明を睨む。しかし華火へ到着する前には術が破れそうだと、意識を切り替える。
すると突然、自分の視界を大きな背中が隠す。
「こんなやり方、美しくないんじゃない? 腕試しなら真正面からぶつかり合おうじゃないの!」
口調は普段のものだが、紫檀の怒りが伝わる声量だ。
紫檀を盾をするわけにはいかない!
自身も立ち向かうべく、更に意識を集中する。
「
続けて真空の声が響き、華火を鮮やかな光が覆う。それは緑・赤・黄・白・紫の
何故、真空が術を解けるのだ?
それに続き織部と竜胆の声もする。そう易々と、解除できるものではない。しかし今回の術に驚く様子もない。それが華火を僅かに混乱させるが、自身の解放を優先させる。
「攻撃は当たらなければ無意味。おふざけが過ぎる貴方にはこれがお似合いです!」
真空が黎明へ向かって叫ぶと同時に、華火も術を解く。
次の瞬間、澄んだ鈴の音も響いた。
「
迫り来る全ての者の勢いが弱まる。真空は対峙する者の気力を低迷させる事も得意としている。
「そーかもですねー」
真空の術で足を止めた黎明が、自身の胸に紺の霊力をまとう拳を叩きつけ、走り出す。
けれど時間稼ぎは十分。そのお陰で、ここにいるほぼ全ての者が術を解く。
「結界は月白と裏葉のみ。他は必要だと判断した場合張る。足場も同じ。治癒は任せて」
山吹が早口で周りに告げれば、常に術を発動できるように印を結ぶ。
事前に話していた通り、戦いになれば結界は動きを制限するので極力使わず、山吹がその時に応じて作り出す。
そして結界を使い、送り狐の皆は攻撃を繰り出す手段にもする。だから足場と伝えていた。
その中で、柘榴だけが動けずにいる。
「ここで本当の馬鹿になるとは、笑えるな。そこで永遠に休んでいろ」
蔑むような眼差しの白藍が柘榴の腹へ拳を叩き込めば、変化が起きた。
「……ここまで来て、休む馬鹿なんているかよっ!!」
白藍は柘榴の事をよくわかっているな。
華火が安堵すれば、吠える柘榴が白藍を押し退け紫檀の横に並ぶ。それに続き、竜胆と織部も前へ出た。
「命が危うい事態になれば、華火さんと共に退きますよ」
「そんな事態、起こさせてたまるか!」
竜胆が皆で決めた事を再度確認すれば、織部が怒鳴る。しかしそれは気合を入れる為のように思えた。
「華火、なるべく離れて」
山吹から指示が出され、真空と共に後ろへ下がる。
「真空、自分も守れ」
「その時になればわたしが判断します。今は華火最優先で!」
華火にしか堅守を使わない真空が、この場に相応しくない微笑みを浮かべた。しかし、いつでもここから離脱できるように、彼女は周りの観察を怠らない。そんな真空の存在に励まされながらも、華火も自身がすべき事をする。
「契約発動」
すぐそこに、父様達もいる。
そしてきっと、黎明様も蘇芳様も、何か考えがあるに違いない。
だから、私の力はいらないのかもしれない。
また失敗するかもしれない。
それでも、皆の助けとなりたい!
「百花斉放!」
想いを込めて、皆を見る。苦しむ様子はない。代わりに、契約を結んだ男狐達の片手がそれぞれの動きで応えた。
成功、した。
若干、ぎこちなさがあり、力を僅かにしか送れていない。それでも皆の力になれる喜びに、華火も気力が満ちる。
けれど、いち早く皆へ飛び掛かる黎明の姿が目に入った。
「障りは任せる。
「いひひ! その言葉、ひっさびさぁ!」
青鈍が柘榴達へ声を掛け、木槿に指示を出しながら最前へ移動する。すると木槿は笑いながら重心を下げた。
同時に青鈍が黎明の攻撃を受け、左へ流れるように動く。それを合図にでもしたように、木槿が一歩踏み込む。
次の瞬間、彼は紫檀の横を突風のように吹き抜け、黎明の胴体へ斬り込んでいた。
しかしそこに、黎明の姿はなかった。
「あっぶなっ! やめて下さいよ木槿さーん!」
「なんでぇ? 仕掛けてきたのはそっちじゃん!」
後ろに飛んで避けたか。
いつもゆったりとしている口調ではあるが、やはり断罪役である。玄や木槿も速いが、黎明はそれを上回っている。
そんな彼が着地する。しかし誰も深追いはしない。
次の出方を窺う意味もあるが、こちらの作戦でもあるからだ。
その中で、真空の力を無理やり振り払った浄衣の印付きと忍び装束の断罪役が、皆へ迫り来る。
けれど、こちらの間合いに到着する直前、断罪役の姿が消えた。
「俺も舐められたものだな」
月白が呟き、術を発動する。範囲を狭くする事でより幻を強化できる為、限界まで引き寄せた。
そして相手が幻術を使用した場合、月白がそれらの姿を捉え、銀の炎で印を付ける。
ここまでは、こちらの予想した通りの動きが出来ている。
「舐められているのなら、こんな事をさせないでもらいたいものです」
後ろから見てもわかる程、裏葉がため息をついた。けれど彼はすぐに龍笛を奏でる。
途端、虚な目の印付き達が苦しみ出す。銀の炎が浮かぶ場所からも、断罪役の姿が現れた。
今だ!
裏葉の術で相手の動きが止まる。それを合図に華火も術を発動した。
「天候、
吹雪の比ではない白の世界が、印付きと断罪役を覆いつくす。予定では、これで更に動きが鈍るはずだった。
「来る」
玄が呟けば、脇腹辺りを血に染めた印付きが数匹飛び出してきた。
「あんなにも時間を掛けたのだ。お前らの役目を果たせ。このような仕打ちを受ける事になったのは、目の前の狐達のせいだろう?」
残夜の感情のこもらない声がする。そして血に濡れた刀を持つ彼と共に、残りの印付きや黎明、他の断罪役も姿を見せる。
時間とは、何だ?
仕打ち?
斬った、のか?
意味のわからない言葉を吐いた残夜と、不可解な行動。
そのどちらにも、華火は揺さぶられそうになる。
そこへ、単の笑いを含む声が響いた。
「これこれ。余興ならば、こちらへ見えるように行うのが礼儀でしょう?」
余興、だと?
あまりにも信じ難い言葉と共に、白く大きな手のようなものがふすまでも開くように、華火の天候を掻き消した。
「ふふ。さぁ、続けなさい。どのように足掻くのか、見ものですね」
身体の芯を冷やすような笑い声と、自分の天候がこうも簡単に無いものにされ、華火は愕然とした。
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