第56話 予期せぬ出来事
統率者の力を試すのは前列からと告げられれば、宴の準備が始まった。
私達が最後なのにも、意味があるな。
華火達は末席。一つ前が織部と竜胆。これは華火達が上の者が主犯だと知っているからこその、配置なのだろう。
そして今、真実を叫んでも、誰も信じない。証拠もなく、謀反を起こしたとして捕らえられる。
どうやって危機を知らせれば……。
考えあぐねる華火の前に、料理が運ばれてくれる。そのどれも芸術品のように美しく盛り付けられ、存在を主張してくる。
「さて、いだだこうか。素晴らしい祝いの席だ。しっかり食べなさい」
父が朗らかに笑う。
ここで食べなければ失礼に当たる。当初はそれでもいいと考えていた。
しかし、いざこの場の空気に呑まれれば、食べざるを得ない。薬は飲んだ。けれど恐れから、手が出せない。
それに気付いたのか、父が誰よりも先に料理を口へと運ぶ。酒もすぐにあおり、笑みを浮かべた。
「うまい!」
父の大きな声に、母や姉、兄達も頷き微笑み、食事を始める。皆もそれにならい、動き出した。
変に怪しまれる前に、食べなければ。
華火も意を決して笑顔を作り、箸を動かす。けれど舌の上に乗せたどれもが何の味も伝えてこず、飲み込むのに苦労した。
しばらくは穏やかな時間が過ぎていった。
けれど単と断罪役達が席を立てば、蘇芳も黎明も後に続く。
そして、統率者の力を試すのは庭園で。家族や縁のある者はここで待機せよと、残る断罪役に告げれる。
今ならどうにか出来はしないか?
全く良い案は浮かばないが、華火は皆に相談しようとした。けれども先に、真空が華火へ顔を寄せた。
「ここの全ての者に、すぐに手を出す訳ではないはず。付き添いの者達に不審がられるから。わたし達の席の意味を考えれば、わたし達が試される時にあちらも動くはず。だからその時にどうにかしましょう。今は動く時ではない。と、山吹さんから」
席を立てば目立つ為、彼は言伝を頼んだのだろう。真空の向こう側を覗き込めば、微笑む山吹と目が合った。
織部と竜胆にはもしもの時、山吹が剣鈴に炎を宿した時が動く合図と伝えてある為、この言葉は華火の気を鎮める為のものだと気付く。
すると柳の声が後ろから聞こえ、振り向いた。
「話は聞こえたから。自分も本当は華火に付き添いたいけれど、釘を刺されたからね。だからここは任せて。初めからそのつもりで来たからね。でも華火に何かあったと思ったら、雨を降らそう」
柳の向こう側から、もう一匹の兄の笑う声がする。柳も
異変はすぐに起きた。
力を示しに行った者が戻らない。それなのに次の者が呼ばれ、また、帰ってこない。
「あの……、ここには戻らないのでしょうか?」
次の者を呼びに来た断罪役へ、誰かが声を掛けた。
「説明不足でしたね。そうです。戻りません。と言うより、戻れる者が今のところおりません。酒が回ってしまったのか、力を試している最中に皆さん眠ってしまわれて」
本当に、眠っているだけか?
自分の嫌な予想に、吐き気がする。しかし華火は耳を澄ませ続けた。
「けれどご心配なく。皆無事ですよ。宴で酔い潰れる事はよくあります。別室を用意してありますので、酔いが覚めるまでそこで休ませているのです」
やけに強調した話し方をする断罪役の説明に、ここに残された者が安堵の表情を浮かべた。
それ見届けた断罪役が何故かこちらへも微笑む。その行動で、華火は相手の意図を察した。
今のは、私達に対しての説明か。
やはり、口にするものに混ぜられていたのだろう。
遅効性のものかもしれない。
刺激を与える事で、眠りの効果が早まるのかもしれない。
普段なら気付ける者も中にはいるはず。しかし真実を知らねば、伝えられた事を鵜呑みにするほかない。そこを突かれた事に、華火は奥歯を噛み締めた。
段々と、部屋の中が寂しくなっていく。そして、付き添いの者も次々と眠り出した。庭園から届く音も僅かにしか聞こえない。黒い幕が音を吸収するものだと思われ、状況がわからない。
そして織部と竜胆の番になれば、何故か華火達も呼ばれた。
「おれ達合わせてか。ちょうどいいな」
先に立ち上がった織部が強気な発言をする。けれど彼が今まで鍛錬を積み続けていた事は竜胆から伝え聞いている。だからこそ、頼もしくも思えた。
「何かあればすぐにそちらへ向かいます」
母が涙を堪えている。けれどもすぐに抱き締められ、華火は頷く。
「行って参ります。必ず、戻ります」
体を離し、母を見つめる。暖かな部屋にいるはずの母の手は冷え切っており、華火は少しでも安心してもらえるように力強く握りながら、言葉を残した。
***
外へ出れば寒さからではなく、緊張から華火の歯が鳴る。真空の事は咎められもせず、共に来た。元々、相手にとってはそういう予定だったのだろう。
庭園の地面は多少荒れているのみ。血の跡などはなく、これならばまだ無事だろうと、希望を抱く。
黒い幕がある為見えないが、もしかしたら精励の間に連れられているだけかもしれない。
中の音は漏れ聞こえないが、外からの音は届く。だからこそ、精励の間から慌ただしい足音がし続けている事実に、そう予想した。
そんな華火の思考を遮る声が響く。
「お前達の力は見るにも値しない。しかし、試してやる。私を満足させる事ができれば、他は見逃してやろう」
よくもそのような事を……!
やはり主犯は単様なのか!?
庭の隅に、他の相談役、そして断罪役に囲まれるように
「あくまで力試し、なのね。それなのにあたし達は最初から生かしておく気はないみたいねぇ」
「だな。三ノ宮の断罪役代表が絡んでんだ。蘇芳と黎明にも気を付けろ」
紫檀が呟き、素早く薙刀を描く。それに続き、青鈍も抜刀した。
やはり青鈍達へ指示を出していたのは残夜。しかし蘇芳と黎明の事までは疑えず、華火の中に迷いが生まれる。
「統率者と送り狐の相手は騒動を起こしたこれだ」
残夜の言葉で、精励の間側の黒い幕が中央から開かれる。
現れたのは、目隠しと
捕らえる事に成功したとは言っていたが、何故このような姿でここにいるのか。
理解し難い光景に考える事をやめそうになるも、急がねばならない事態に華火も鉄扇を広げた。
何をしたんだ!!
印付きの皮膚はまだらに黒くなり始めており、生きたまま障りに呑まれる手前である。
「そして躾のなっていない野狐が混ざっているな。それらの教育は我々が行う。有り難く思え」
残夜が引き続き声を出せば、
「この時をずうっと、待ってたんだよねぇ。遠慮しなくていい相手で良かったぁ!」
しかし、それぞれの準備が整った瞬間動いたのは、隅に控える黎明だった。
「さーて。まずは下っ端から行きますよー! 封!」
へらりと笑いながら掛けられた術は今までよりも強力で、息すらできない。
黎明様、どういう事なんだ!?
必死に視線だけを動かせば、黎明は双剣を構えた。
「ありゃ。全員止めちゃいましたー。でも動かれるのはめんどーなんで、みんな仲良く眠って下さい。永遠に」
黎明の言葉に、単が肩を揺らして笑っている。蘇芳は何の反応も見せず、こちらを眺めるだけ。
広大な庭の為、華火達と黎明との距離はまだあるが、彼の声はいつにも増して真剣に響く。
それらの事実に絶望しそうになりながらも、華火は黎明からの教えを実行した。
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