第55話 朗報

 宴は、鍛錬を積む際に使用する精励の間の向かいにある、観覧の間にて催行される。

 修行する場であるが演武も行われる為、観客が眺められる仕様となっている。

 しかし本日は、それらの部屋の間に広がる庭園が、黒い幕で覆われていた。


「本日の宴では、予言の白狐かもしれぬ統率者と、それの送り狐の力も見せていただければとの事です。ですから得物もお持ち下さい」


 紫檀の考えは的中した。だからこそ、淡々と話す案内役の男狐の言葉に、皆の顔付きが変わる。

 中でも、青鈍の表情が険しい。


 何か仕掛けられたとしても、予言の白狐として試したと言い逃れる気か。


 持ち物の確認をされながら、華火は気を鎮める努力をした。ここで取り乱しては相手の思う壺である。

 他の皆も静かに受けている。

 しかし、青鈍と木槿むくげが首の印を隠す為に巻いていた包帯をずらされそうになった時、笑い声を上げた。


「確認なんてしなくてもわかってんだろ?」

「俺達の仲じゃん。つれないなぁー」


 青鈍に続き木槿が、表情が抜け落ちてしまったような案内役の男狐へ顔を寄せ、囁いた。


「お前達が何を言っているのかわからないが、私が三ノ宮の断罪役代表だからといって、全てを把握している訳ではない。つべこべ言わず従え」


 断罪役代表が高い位置で結ぶ白髪を僅かに揺らせば、口調が極端に変わった。夜の闇のような色の目も、有無を言わさぬような鋭さへ変わる。


「お呼びでないのなら帰らせてもらおう」

「それはいいですね。どうして呼ばれたのかもわかりませんから」


 険悪な空気をものともせず、月白と裏葉も加わる。


 どうしたんだ?

 何故こうもこの方に楯突くのだろうか。

 ……まさかこの男狐、青鈍達へ指示を出していた者なのか?


 華火がその考えに辿り着けば、父が動いた。


「残夜殿。この者達には私からよく言い聞かせますので、ご容赦いただけますか?」


 父の顔は申し訳なさそうな形を作るが、相手の様子を探っているようにも見える。


「雅殿のご意見ですから、聞き届けましょう。それに後程手合わせがあります。教育はその時にでも」


 父と視線を合わせていた残夜が青鈍達を一瞥する。けれど表情がぴくりとも動かず、考えが読めない。しかし言葉から、嫌な予感がした。


 この男狐、まさか青鈍達を……。


 自身の表情が険しくなりかけた時、華火の肩を誰かが引き寄せた。


「華火。その感情を大切に。時期を見定め、動きなさい」


 母の声はとても小さい。それでも意思のこもる言葉には力強さがあった。



 柱が朱塗りの観覧の間は、外との隔たりがないように全ての戸が外されている。そこへ足を踏み入れれば、暖かさが華火を包む。この部屋自体に暖を取る術でも掛けられているのだろう。


 そして上座には、蘇芳を含めた相談役達が着座している。数は少なく、一部の大社の者だけが参加しているようだ。

 断罪役の姿もちらほら見えれば、黎明がこちらに気付き、ひらひらと手を振っていた。


 蘇芳様も黎明様もいて下さるなら、きっと大丈夫だろう。


 そう思いながらも不安は消えず、指定された座卓を見付け、席に着く。真空の参加を三ノ宮の大社へ伝えたからか、家族の末席に座る華火の横に、彼女の席が用意されていた。


 皆が無言の中、外へ目を向ければ黒い幕しか見えない。

 しばらくして、招かれた者が全て着座したようで、上座の中央にいる単が口を開いた。


「お役目がせわしい中、皆の参加を喜ばしく思います」


 単は檜扇で口元を隠し、穏やかに話し出した。後方に位置する華火の耳にも、彼の声は聞き取れる。きっと霊力を込めているのだろう。

 そして続けて、言葉を発した。


「さて。早速ですが、今年最後の宴に相応しい朗報をお伝えしましょう」


 紫檀が気にしていた朗報。それをこんなに早く知る事になるとは思わず、身構える。


「予言の騒動を起こした者達を捕らえる事に成功しました。それも、、です。よって本日は、祝いの宴を心ゆくまで楽しんでほしい」


 何、だと?


 予想外の言葉に、反応ができない。それは他の皆も同様なのか、動く気配すら感じられない。周りの狐達は喜びの声を上げているが、それがとても遠い世界のように感じられた。


「しかし」


 そんな騒々しい中でも単の声が響き、場が静まる。


「予言の白狐を狙う不届き者がまた現れる可能性は、消し去れません。ですから順に力を見せていただき、それらしい統率者は私が保護をします」


 単様、自ら?


 何がどうなっているのかわからず、戸惑う。けれど、遠くに座る単の目が笑ったように見えた。


「もちろん、その送り狐も。そしてその家族、縁のある者も。近しい者は巻き込まれる可能性が高い。だからこそ、何か間違いがあってからでは遅い。よって本日より、保護とします」


 今まで沈黙していたくせに、何をのうのうと!!


 梅雨時期を最後に騒動は落ち着きを見せていたが、その時から保護する動きはなかった。

 尚且つ、今の言葉は華火達へ向けられたもののように思えて、激昂する。


「華火!」


 慌てた真空の小声が聞こえる。気付けば、自身の指先が僅かに輝き始めていた。それを必死に抑える。幸い後方で周りも単しか見ておらず、気付かれていない。


「真空が共にいます。どうにかこの場を切り抜ける事だけを考えましょう」


 真空の声が華火を正気にさせ、目的を思い出す。


 皆の無事を優先しながら、この場にいる全ての者を守れるのだろうか。


 単の言葉で騒つく他の狐を見回し、華火は手が痛む程、膝の上できつく握り締めた。

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