第54話 覚悟
一ノ宮へ共に行くと約束した真空・織部・竜胆が朝、社に到着する。
華火の家族とは現地で合流予定だ。
織部の場合はわざわざ酷い言葉を吐く一ノ宮の狐に絡まれる父を見たくないとして、絶対に来るなと伝えたそうだ。
自分の生まれの事と偽り遠ざけるその気持ちは、痛い程わかる。
そして山吹が皆の気持ちを確認すれば、どこにいようとも冬至を迎えたからには無事では済まない。それならば皆で固まっていた方が相手への応戦手段も増えると、意見が一致する。
だからこそ山吹が、今後の動きを伝えた。
その時に、真空がこれからの無事を願う意味を込めて、華火へ自身の髪を切って渡そうとする。
しかし華火が反応するより早く、紫檀が、『気持ちはわからないでもないけれど、そこまでするのはちょっと縁起が悪い気もするのよね。そんな事しなくても真空ちゃんが直接守ればいいじゃない。それにほら、髪は女の命って言うでしょ?』と、やんわり止めに入った。
彼が珍しく焦るのも無理はなく、華火自身も真空の綺麗な長い髪を切る事には抵抗があった。なので、気持ちだけを受け取る事に留めた。
「生きて戻るわよ」
外へ出た紫檀が皆に声を掛ければ、それぞれが頷く。
『わしもここで祈ろう。全てが終わり、また皆で笑いながら語らえるように』
「ありがとうございます。白蛇様のその祈りが、私達の守りになります。それでは、行って参ります」
白蛇へ頭を下げ、管狐を召喚する。
そして皆で飛び立ち、社を後にした。
***
「道中すら気が抜けないのはいただけませんね」
愚痴をこぼしたのは裏葉。彼だけはあまり乗り気ではなかった。生き残る為に共にいるだけとすら口にしていたので、心が沈んできたのだろう。
「何か怪しい奴が目に入れば、
「生者は目標を意識して視界に捉えなければいけないのが難点なのですよ。月白は知っていて無茶を言っていますよね?」
緊張感に欠ける会話を、ようやく浄衣を着た月白と裏葉が続ける。
けれど周りには、華火達以外の管狐の背に乗る妖狐の姿もちらほら増えてきた。
「裏葉の
「そうですよ。それが一番楽な方法ですね。意識すれば選別できますが、疲れるのでしたくありません」
裏葉らしい言葉に苦笑すれば、華火に並走する真空が声を掛けてくる。
「華火、ちょっと確認したい事があるの」
二つに結わう青の紐が解けてしまいそうな程風になびいているが、真空の表情は今まで見たどの顔よりも真剣だった。
「何だ?」
「あのね、見間違いかもしれないんだけれど……、華火、綺麗になった?」
「綺麗?」
「あっ、違うの! 華火は最初から中身も外見も綺麗で可愛いかったから、誤解しないで!」
「真空。友だからと、過剰に褒めなくていい」
「これはわたしの本心です!!」
こんな時だからこそ、緊張を解そうとしてくれる真空の心遣いに感謝する。しかし、無理に言わせている気がすれば、彼女が大声を出した。
「真空さんは今日も元気ですね」
「言ってる事はわからなくもないけどな」
竜胆の楽しげな声と共に、織部の呟きも届く。
「わたしがそばにいなかったばかりに……。わたしも送り狐ならよかったのに……」
それらに反応を見せない真空は、よくわからない事を呟き続けていた。
***
若き統率者はそこまでの数はいない。けれどもその送り狐や縁のある者を含めれば、百を優に超える。それでも、多くの者を招き入れられる部屋がいくつも存在するのが一ノ宮の大社だ。
「華火、顔をよく見せておくれ」
「父様!」
第一鳥居に到着すれば、華火同様、白く長い髪の家族の姿が目に入る。その中でいち早く顔を綻ばせた父が緑の目を細め、華火へ声を掛けてきた。だから遠慮なく、父の胸に飛び込む。
「こんなに元気になるのなら、もっと早く下へ降ろせばよかったですね」
「そんな事はないです。母様と父様と長く一緒にいられて、華火はとても幸せでした」
父の横にいる、柔らかく微笑む母の言葉に首を振り、抱き付く。頭を撫でられる心地良さに、自然とまぶたを閉じる。
「華火、僕達の事忘れてない?」
とても近くで声がして、華火は顔を上げた。
「牡丹姉様、
自分の姉と兄達の笑顔が目に入るが、それがすぐに変わった。
「で、どいつが華火を踏み付けたの?」
他の狐もまばらにいる中で、冠が黄緑色の目を細め、小さな声で呟く。
「それはもういいんだ」
「よくないよ。大丈夫。話し合うだけだから」
華火が慌てて首を振れば、こちらを覗き込む蒼色の瞳の柳に頭を撫でられた。
「あたしが見張っとくから平気だよ。こんな所で騒ぎを起こしたら捕まるからね。さぁ、みんなこっちへおいで!」
こそこそと話していたが、牡丹も華火の頭をぽんと撫で、赤い瞳を見開き皆に向けて大きめな声を出した。
すると、青鈍と
「最初に言っておく。詫びる気はない」
「試したかったのは本当だったからね。今の無事を感謝してほしいぐらいなんだよねぇ」
わざわざそんな言い方をせずとも……。
敢えてそのように発言した事なのだと、華火には伝わる。しかし、姉と兄達の表情は消えた。
「あたし達も許す気なんざ初めからないよ。だから態度で示しな」
「態度?」
「華火を守れ。ただそれだけだよ」
「強い者なら守る事も簡単だろう?」
牡丹の言葉に青鈍が軽く首を傾げれば、冠と柳が射るような視線を向ける。
「守るっつーか、戦うだけだ」
「そうだね。守るんじゃなくて戦う、だよねぇ。それしかできないからね、俺達」
ぴりぴりとした空気の中でも、青鈍と木槿は表情を変える事なく答える。すると、織部のむせる声が聞こえた。
「げほっ! 何だこの味!」
「騒ぎ過ぎですよ、織部」
華火は周りからの視線を感じながらも、歪んだ顔をした織部へ目を向ける。すると、彼の背をさする竜胆が呆れ顔になったのも見えた。
「どうしたんだ?」
「どうにも寒さで調子が悪いと聞いている。だからこれを」
苦笑する父が差し出してきたのは、小瓶に入れられた鈍色の丸薬。小粒だが、織部の反応を見る限り、酷い味なのだろう。
「いったい誰がそのような事を……」
「華火。これを飲んでおけば、大抵のものは食べられますよ」
うろたえる華火へ、母が桃色の目を僅かに細めて囁く。
契約の許可の時も気になったが……、やはり父様達も、何か知っているのか?
この宴で出される物を食べるな。特に酒には注意だと、山吹から伝えられている。公の場で直接手出しはしてこないだろうが、眠らされればそこで自分達は終わりだとも言っていた。
そんな考えを読んでいたような家族はどこまで事情を知っているのか、気に掛かった。けれどこの場で聞けるものではないので、口をつぐむ。
「大蛇とは縁がある。華火が世話になっている社の主のお陰で。だからこれには確かな効果がある。飲んでおけばどのような悪いものも、無かった事にしてくれる優れものだ。そして、私達もそばにいる」
もしかして皆、私を守りに来てくれたのか?
父の発言で家族の顔を見回せば、同じような笑みを浮かべている。その眼差しは、とても温かい。
「……昔も、今も、ありがとう、ございます」
自身を想い続けてくれる家族へ、涙を堪えながら感謝を告げる。そのまま、今の仲間達へも語り掛けた。
「皆も、私との縁で今、ここにいてくれる。ありがとう」
声の震えを抑えれば、真空が手を握ってくれる。
「皆、華火のそばにいたいだけ。それはこれからも変わりません。だから全てを終わらせて、帰りましょう? 本当の日常に」
きっと今日、何かが起こる。
それでも、全員で帰るんだ。
あるべき日々へ。
真空の暖かな手を握り返し、華火は心を決めた。
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