第52話 契約の許可

 夏が過ぎ秋になり、あっという間に十二月に入った。

 何も起きず、活発に動き出した障りを送る日々。華火の契約発動も穏やかに行えるようになり、送り狐達も力の扱いに慣れ始めた。

 青鈍達はお役目に同行する時もあれば、念の為にと社へ残る日もあり、彼ららしく協力してくれる。


 けれど、未だに守りを増やされた真空・織部・竜胆とは会えず、管狐での交流のみ。家族についても騒動が解決するまで会わずと決めて、寂しさが募る。


 そして、紫檀がどうにも距離を取ったようで、華火を避ける。表向きは普通に思えるが、なるべく二匹だけにならないようにしている。そんな彼の考えを聞くのも怖く、華火は胸の痛みを無視し、お役目だけに集中していた。



「寒くなりましたねー」

「お前、実は暇なんだろ」

「ぎくー!」


 社へ上がり込んでくる黎明に、皆が慣れてしまった。定期的に様子を見に来てくれているようだが、その都度、長居していく。

 だからこそ、青鈍が突っかかった。

 それにわざとらしく焦った顔をした忍び装束姿の黎明だったが、すぐにへらりと笑った。


「しかし、今日も試しますよー。封!」


 集中して、まとわりつく霊力を感じ取る。

 そして自分の霊力を押し出すように、一点を突く。


 華火が教わった通りに動けば、自身を覆う黎明の霊力が一部、僅かに薄まった。

 黎明はこうして、華火達に拘束の術の解き方を教え続けてくれる。上に怪しい者がいるのならば、これは覚えておいた方がいいとの理由だった。

 これらの事を踏まえれば、味方と考えていいだろうと、華火は結論を出していた。


「紫檀さんは早いですねー。他の方も順調ですねー。柘榴さん、そろそろ本気出して下さいなー」

「最初っから本気なんだよ!!」


 霊力を操る事が得意な者が、この術を解除できるようになってきた。柘榴の場合は難しく考えすぎているようで、手こずっている。


「うーん……。あの時の本気、思い出して下さいよー」

「あ、あの時は、あの時だ!」

「えー……」


 黎明は会話できるように封を使ってくれている。

 しかし、どうにも四季公園で最初に会った時、柘榴と白藍だけが顔を動かせた事をずっと気にし続けているようだった。


「ま、いいやー。今日はこれだけじゃないんですよー」


 妙に引き下がるのが早い。

 気には掛かるが、黎明が術を解き華火へ顔を向けできたので、見つめ返す。


「こーんなに何もないの、変だと思いますよねー?」

「はい。不気味ですらあります」

「ですよねー! だから何があってもいいように、契約しちゃって下さいー」

「……え?」


 話し続ける黎明の紺の瞳が、楽しげに細まる。

 けれど内容は笑えるものではなく、華火は反応が遅れた。


「使えるものは何でも使って、身を守って下さいー。蘇芳様の許可も得てますしー、華火さんのご両親からも言われましたー」


 父様と母様も?


 蘇芳の名にも驚いたが、両親が許可した事が信じられず、黎明をただ眺める。


「契約ってー、解除もできるじゃないですかー。だから今だけ――」

「俺と木槿むくげは送り狐の要素があるが、月白と裏葉はまだわかんねーだろ」

「確かにー。でもでも、契約できたら送り狐確定ですしー。調べる手間が省けるっ!」

「楽しようとすんな」


 青鈍が呆れた眼差しを向け、黎明の言葉を遮る。しかし彼は気にも留めず、胸を張った。それに青鈍がため息をつく。

 そんな青鈍を無視し、黎明は華火を見ながら首を傾げた。


「統率者と送り狐ってー、不思議な関係、ですよねー。契約するまで相性わかりませんしー、選ぶのは送り狐ですしー。見ただけでびびびっとわかるものがないのもめんどーですよねー。しかも統率者って名前なら、妖狐全員と契約出来てもよさそーなんですけど、違うんですよねー?」

「送り狐の統率者であって、妖狐の統率者ではありませんから」


 腕まで組み始めた黎明の発言に苦笑すれば、彼は首を戻した。


「自分と契約してみません?」

「黎明様は断罪役ですよ?」

「もし契約でき――」

「ちょっと、冗談が過ぎるわよねぇ」


 黎明が真面目な顔をして華火に詰め寄ってくる。しかし彼のお役目は決まっている。そのような者に対して契約をしたとして、何の効果もない。むしろ、弾かれる。

 それでも黎明が食い下がろうとすれば、紫檀が声だけで割り込んできた。だからそちらを向けば、送り狐達の怒りの顔が目に入った。


「黎明様。興味本位で僕達の統率者を困らせないでくれますか?」

「困らせる気はなかったんですけどー。ついでに自分も試してほしいなーなんてねー」

「ついでにも何も、無理なものは無理だ」

「でもですね――」

「柘榴、出番だ」

「おうよ!」

「えっ! えぇっ!? ちょっとー!!」


 山吹が全く笑っていない目で話し出せば、言い訳をする黎明を玄が睨みつける。それを気にしない彼に対し、白藍が柘榴へ声を掛けた。すると黎明は担ぎ上げられ、大広間から遠ざかっていった。


「少し、やり過ぎなのでは?」

「少しって言葉が出た段階で、黎明様がやり過ぎでしょうに」


 紫檀の気遣いを嬉しく思いながらも、彼は華火からすぐに目を逸らした。

 けれどそれよりも気になる事が、自分の目の前を覆いつくす。


「許可出たから、今すぐやって!」


 いつもなら、あのようなやり取りでげらげら笑う木槿が大人しかった。その意味がわかり、至近距離の紅紫の瞳を見つめながら彼の胸を押す。


「本当に、いいのか?」


 口頭で伝えられた情報だからこそ、戸惑いが消えない。そんな華火へ、木槿がにやりと笑う。


「俺は契約したいって言ったでしょ? ま、自分のしたいようにしか力は使わないけど。その辺りは条件呑んでねぇ?」

「無理強いはしない。木槿がそれでいいと言うのなら、契約する。他の皆は?」


 青鈍・月白・裏葉を見れば思いのほか、険しい顔をしていなかった。


「力はあって損はねーからな。俺も契約する」

「ここにいる限りは契約した方がいいのだろう。今だけならば、俺も契約しよう」

「無理強いはしないと言う華火なら、いいですよ」


 それぞれの答えが出揃った瞬間、柘榴の怒鳴り声がした。そして廊下からどたどたと音がして、血相を変えた柘榴が戻ってきた。


「これ、これ見てくれ!!」


 柘榴が手にしているのは、金地に赤文字の巻物。これは祝い等の内容に使われるものである。それをどうして慌てて見せるのかわからず、華火は首を傾げた。


「どうしたんだ、柘榴?」

「黎明様がここに来た本題はこれだ! なのにあいつ、帰りやがって!!」


 華火の問い掛けに、柘榴は顔を真っ赤にしながら巻物を広げた。


 そこには、『年末の宴への案内状』の詳細が記されていた。

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