第50話 それぞれの生き方

 大広間から縁側に移動する事なく、裏葉が姿勢を崩す。それを確認した月白は、再度華火へ顔を向けてきた。


「人間共が騒がしいのは妖が騒ぐ時。その言葉がまことのように、妖の世界も、最も荒れていた時期があっただろう?」


 何百年も前の話ではあるが、上も下も、妖が入り乱れて争っていた時期がある。

 月白が示すのは、人間の世界での戦国時代と区分されるもの。妖からすればそれが終わりを迎えてからも人間達は争っているので、曖昧に思える。

 しかし、華火は荒れていた時期が多少落ち着いてから生まれた。だからその話は御伽噺として聞いていた事を思い出す。


「話には聞いた事がある」

「あれを経験していない世代がお役目に就く時代になったのか。詳しい説明はいるか?」

「いや、大丈夫だ」


 妖狐は百歳で自立し、お役目を得る為に善行を積む。中には月白や裏葉のような者もいるのも事実だ。初めから上で生まれた者は、親のお役目と同じ道へ進む者が殆ど。だから華火のように、理由があれば自立が遅くなる場合もある。

 しかし歳月を重ねても百歳以降の姿が極端に変わる事はなく、見た目だけでは年齢がわからない。ここにいる誰よりも生きている蘇芳ですら、落ち着いた青年のような容姿だ。


 だからこそ、月白は驚き顔でそんな言葉を口にしたのだろう。

 それに対し首を振れば、彼は表情を戻した。


「なら、簡潔に言おう。その荒れた時代、俺の村は滅んだ」


 月白がさらりと告げてきた事実を理解するまでに、時間が掛かった。他の者も、息を呑むがわかる。けれども、彼は気にする素振りもなく言葉を紡ぐ。


「たまたま居合わせなかった俺は助かった。他にも助かった者はいたかもしれんが、わからん。そこら中、死屍累々。元の顔は判別不能。けれども、黒ずみ始めた小さな魂が彷徨う姿は、今でも覚えている」


 ここで月白は顔を傾け、裏葉を見た。


「その時からの縁だ。裏葉がいたので、夢で癒す事ができた。一部だけ、だが」

「一部でも立派ですよ。何せその時、私達は初めて魂に対して術を使ったのですから」

「裏葉は、助けに来たのか?」

「まさか! 私は敵を迎え撃つと馬鹿な事を言い始めた村から逃げ出したところだったのです。そんな事をすれば怪我を負い、龍笛を奏でられなくなる恐れがありましたからね」


 月白と裏葉の出会いは予想外のもの。だから華火は問い掛けた。しかし裏葉は一度は驚いた顔をしたが、すぐ真剣な表情を作り、何とも言えない事実を伝えてくる。


「それは、今日みたいに?」

「あんなに上手く事は運ばん。裏葉が慰めに龍笛を吹けば、皆の魂が動かなくなった。黒く染めようとしていた障りも同様。けれどそれは少しの間。だからもう一度試し、俺の力も使ってみた。すると、僅かに黒ずみが薄れた者がいた。何度繰り返したか。それでようやく数匹の魂が白になり自ら天へ昇った。けれど送り狐が到着し、残りは奴らが送った」


 山吹が尋ねれば、月白は自嘲気味に笑い、詳細を話し続けた。


「なら、まだ良かったじゃねぇか。話を聞く限りそこまで時間も経ってねぇようだし、その……、消滅、は、してねぇんだよ、な?」


 柘榴も会話に加われば、彼はまずい事を話してしまった事に気付いたようで、しどろもどろになっていく。


「そうだ。消滅した者はいない。けれど、俺が送ってやりたかった。何も知らない送り狐が淡々と送り火を使う光景は、何の想いも感じられなかったからな」

「あの時代、送っても送っても終わりが見えなかったそうよ。けれどそれを理由にしちゃ、だめよね」


 月白がため息をつくように言葉を吐き出せば、紫檀が眉を寄せた。


「それならば、どうして送り狐にならなかったんだ?」


 そこまで明確な答えが出ている月白なら立派な送り狐になれるだろうと、華火は純粋な気持ちで尋ねた。

 すると、月白は軽く笑った。


「俺は深い関わりのある者だからこそ、送りたかっただけだ。依頼されたとしても、自業自得の者は助けん。けれど、お役目に就けば話は別。そうなれば、俺は俺が見た送り狐のようにしかなれんからな」

「私も同じ理由です。全ての者を想い続ける事など出来ませんから」


 月白と裏葉の考えは間違いではない。だからこそ、華火は更に問う。


「そのような話、ここの皆には聞かれたくなかっただろう。それでも話してくれた事には感謝しかない。誤魔化してくれてもよかったんだぞ?」

「お前は自分の言った事を忘れたのか? 本音で会話する事が条件だろう」

「本音で話すだけで許されるのですから、いくらでも話しますよ」


 自分の出した罰の条件を思い出し、華火は「あっ」と声をもらす。それが面白かったのか、月白と裏葉は忍び笑いをしていた。


「ついでに教えてやる。青鈍と木槿むくげの親も早々に亡くなっている。親代わりの者もいたようだが、あいつらを隠して嵐が過ぎ去るのを待ち、目の前で殺されたそうだ。だから生きる事に必死で、命の終わり方も自分達で決めたいようだぞ」


 まさかの言葉が月白の口から飛び出すが、もうその顔に笑みは一切浮かんでいない。

 そしてその事実を皆も知らなかったようで、動揺が伝わる。


「何故、そこまで……」

「あいつらは絶対に喋らんだろうからな。印付きになって荒れていた時、酒に酔い潰れてうっかりもらしていたが。それ以降、酒もそんなに飲まん。だからあいつらの本音を代弁したまで。これであいつらの行動理由も少しばかり理解できるだろう? 昔馴染みであるお前らもな。自分達はそういう考えの持ち主だ」


 華火の呟きに、月白が静かに答える。彼の銀の瞳は真剣な色を宿しており、この先もそのようにしか生きられないと伝えてくる。


「今の話、しっかりと覚えておく。それぞれの考えで動き、助けてくれ」

「そういう処罰ですから、なるべく助けますよ。身の危険を感じたら逃げますけど」


 華火が想いを汲んだ返答をすれば、裏葉が微笑みながら彼らしい理由を話す。


「それでいい」

「統率者とはこんなにも心が広いのですね。ならばついでに、お願いが」

「何だ?」

「金の天候を見てみたいのですが……」

「それはだめだ」


 華火が苦笑すれば、裏葉の渋い薄緑色の目が輝く。そして望まれた事に対して華火が答える前に、玄が止めた。


「あなたの意見は聞いていませんが?」

「お前は馬鹿なのか? 誰に見られているか、わからないのに」

「馬鹿で結構ですよ。でも今、神輿が練り歩いているお陰で、外、明るいですし」

「幻術で隠れていたら――」


 不服そうな顔を隠しもしない裏葉に対し、玄の機嫌の悪そうな声がどんどん低くなる。すると会話を遮るように、月白が立ち上がった。


「俺が何とかしよう」


 そう言った月白が印を組めば、彼を中心に銀の炎が広がる。


「何をする気だ?」

「幻術に紛れさせる。だいたいの者には、祭りに浮かれた輩が騒いでいるとしか思われんだろう」


 白藍も立てば、月白が外へ目を向けた。

 すると大きな花火が夜空を彩り、それが星屑へと変わり地上に降り注ぐ。


「月白はこんな事まで出来るのか」

「俺も気にはなる。早くしろ」


 華火が眩しい光景につられて立ち上がれば、月白はそれだけを言って黙ってしまった。


『ならばわしもお天気占いを』


 そう言って白蛇が鱗を光らせれば、雪が舞う。

 存在しない天候が混じり合う不思議な景色に心奪われながらも、皆へ顔を向ける。

 華火も、またすぐに自身の天候が生み出せるのか試したくとも試せなかったので、感覚を取り戻したかった。


「そんな顔して……。じゃあ華火は奥の方に隠れながら、一瞬だけよ」

「その一瞬が、命取りだ」

「でもねぇ……。いきなり発動する事に慣れるより、自分で使いこなせた方が安全じゃない? その感覚は使わなきゃ覚えらんないし」


 紫檀が困ったような顔をしながらも、華火の想いを受け取ってくれた。けれど、玄は紫檀を睨む。それでも彼は説得してくれている。

 だからこそ、華火は使う天候を決めた。


「特殊な天候は生み出さない。そして皆が私を隠してくれ。それならいいか?」


 じっと、玄だけを見つめる。

 すると、彼はそっぽを向いてしまった。


「一瞬だ」

「ありがとう」


 ぼそりと呟く玄へ、華火は嬉しさが込み上げる。そして大広間の奥、それでも外が見える場所まで移動した。その華火の前には、皆が壁のように立つ。


「少しばかり雨が降る」

「なら、私達は外へ行きます」


 華火が皆の隙間から裏葉へ声を掛ければ、彼は幻術を発動したままの月白と共に動いた。それを、白蛇が縁側から眺めている。


 あの時を思い出せ。


 それぞれの準備が終わったのを確認し、目を閉じる。そして感覚を探り、想いを心に宿す。


 私の力は、大切な皆の為にある。


 前回同様、言葉を浮かべ目を開ける。すると、皆がこちらへ顔を向けていた。その瞳を、華火自身がまとう金の光で煌めかせる。


 心知らせ、見ているか?


 深く息を吸い、天命を全うした者への想いを吐き出すように天気の名を告げる。


「天候、月虹げっこう


 外の幻想的な世界に金の俄雨にわかあめが降れば、夜の空に虹がかかる。


「さっきから何してん――」

「あっ!!」


 月白・白蛇・華火で術を重ね掛けしているので、それを気にした青鈍と木槿が大広間へ来たようだ。


「これが……」

「心に直接、届きますね」

「何楽しそうな事してんの!?」


 月白と裏葉が空を見上げていれば、そこに木槿が乱入する。それを合図に、華火は術を解除した。


「あぁっ!! もう終わり!?」

「木槿、うるせーぞ。華火、お前は馬鹿か?」


 木槿が悔しそうに叫べば、華火へ冷たい視線を送る青鈍が文句を言う。そして月白と白蛇も術を終わらせ、外はいつもの夜へと戻った。


「私も、心知らせへ出来る事をしたかった」

「今のを見られていたら終わりだ」


 華火の言い分を聞きながらも、青鈍は外の様子を探っている。そしてそのまま、続きを紡いだ。


「ただ、自分の力を使いこなせたのは褒めてやる。その感覚を忘れんなよ。これから先どんな事があろうとも、無意識に使わねーようにな」

「あんた、そんなに素直に褒める奴だったっけ?」

「うるせー」


 こちらを向く事なく話す青鈍へ、紫檀が呆れたような笑いを含みながら声を掛ける。それを不快に思ったのか青鈍の声が低くなった。


 これから先どんな事があろうとも……。


 まだ、青鈍達との心の距離はある。それでも、徐々に近付いている。その日常に慣れ始めた今、自分と関わる者にもしもの事があった場合、力を制御できるのか。

 それを考える華火の心に、じわりと影が滲んだ気がした。

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