第46話 心臓が騒ぐ相手

「白蛇様、ありがとうございます。さっそく試してきます!」

『試す?』


 白蛇が若干戸惑うような声を出したが、華火は縁側を後にし、大広間へのふすまを開く。

 そして、すぐ目に飛び込んできた柘榴の背に向かって歩く。


「柘榴、少しいいか?」

「ん? どうした?」


 ゲームをしていた柘榴が顔を上へ向ければ、白い尾の毛量を増やすように、彼の結い上げた髪が畳へ広がる。

 そこへ遠慮なく、華火は抱きついた。


「なっ、何だ!? 寂しくなったのか!?」

「いや、違うんだ」

『華火殿、それはちと……』


 慌てる柘榴へ、首を振る。白蛇が何か呟いたように思えたが、華火は柘榴の隣で切れ長の目を見開く白藍に声を掛ける。


「白藍も」

「なっ!!」


 柘榴への出来事を見ていたのだから詳しく伝えなくて平気だろうと、華火は説明を省き、彼の白銀の髪へ顔を埋めるように抱きつく。


 柘榴と白藍は平気だ。


 固まったままの白藍から離れ、共にゲームをしていた山吹を目標にする。


「は、華火、どうしたの?」

「訳はまだ言えない。でも、協力してほしい」

「う、うーん……。でもその、あまりよくないから、今回だけ、だよ?」

「大丈夫だ。一度だけでいい」


 華火の言葉に納得してくれたのか、山吹はコントローラーを置いて、正座してくれる。彼らしい気遣いに嬉しくなりながら、抱きつく。淡い金の髪が頬へ触れるが、やはり心臓は騒がない。


「ありがとう」

「お役に立てたのかな?」

「あぁ。じゃあ次は玄だ」


 玄が終われば何かがわかる。


 そう確信する華火が玄へ触れようとすれば、黒い尾を揺らし、彼が消えた。


「待て、玄!」


 素早く動かれすぎて目で追えなかったが、玄が大広間の隅で身構えている。


「来るな」

「しかし、私には時間がない」


 何故逃げるんだ?


 玄の行動を不思議に思いながらも近付く。その時、別のふすまが開かれた。


「あんた達、何してんの?」


 いきなり紫檀が現れた事で、華火の心臓が飛び上がる。けれどそれはいつもの事なので、玄へ向き直る。


「華火がおかしい」

「そうなんだ。私はおかしくなってしまったんだ。だから協力してくれ、玄」


 助けを求めるような顔をした玄が、早口で紫檀へ説明する。言っている事は的確なので、華火は頷く。


「ちょっと、よくわかんないんだけど……」

「何してんだ?」


 困り顔になった紫檀の後ろから、青鈍・木槿むくげ・月白・裏葉が現れ、こちらを覗き込む。


「華火が何かを試したいみたいで、僕達に順番に抱きついてるんだよね、今。後は玄だけ、なんだ」


 華火の代わりに山吹が状況を伝えてくれれば、ふすまの向こうにいる男狐達が目を見開く。

 そしていち早くにたりと笑う木槿が動いた。


「確保ー!」

「離せっ!」


 逃げ遅れた玄の襟首を木槿が掴んだと思えば、羽交締めにして笑った。


「華火ちゃん、今だよ、今!」

「ありがとう、木槿!」


 思わぬ協力者へ、華火も笑顔を向ける。そして絶望したような顔の玄へ飛び込むように抱きつく。


「どうどう?」

「大丈夫だ」

「何が大丈夫だ! もう二度とするな!」


 木槿が興味津々に話し掛けてくるが、華火の様子に残念そうに眉を下げた。そして玄は顔を真っ赤にして怒ってしまった。


「すまない」

「じゃあ次は俺ね!」


 家族でもない者から触れられれば不快にもなるかと華火が反省した時、既に木槿の腕の中にいた。


「いや、木槿は……!」

「いいじゃんいいじゃん! 全員試しちゃいなよー!」

「もう離せ」


 楽しそうに細まる紅紫の瞳が遠ざかり、玄の低い声が届く。

 するとふわりと、華火の体が宙に浮いた。


「女性はこういうのがお好きですよね?」


 声の主が裏葉だとわかれば、彼の儚げな渋い薄緑色の目が覗き込んでくる。

 そのまま優しく降ろされれば、強引に手を引かれ抱き寄せられた。


「これでいいのか?」


 さらりとした月白の白い髪と共に抱かれ、見上げれば彼の呆れたような銀の瞳と視線がぶつかる。しかしすぐに月白は横を向いた。


「そら、くれてやる」


 軽く背を押され、華火は暗い青緑色の瞳を僅かに細めていた青鈍の前へ出た。


「何を試してんのか知らねーが、一度だけだからな」


 そっと抱き締められ、華火は頷く。

 するとすぐに拘束は解かれた。


 いきなりの事に驚きはしたが、皆平気だ。


 やはり紫檀だけに反応するのは、一番最初に褒められたからだろうと理由を見付ける。

 それならば、これからどうすればいいか考えようとした時、青鈍が紫檀を見上げた。


「最後は紫檀だな」

「そうね。どうぞ、華火!」


 女神のように微笑む紫檀が両手を広げてくれるが、華火の心臓が慌ただしすぎて、動けない。


「い、いや、紫檀は、いい……」

「遠慮なんてしなくていいわよ!」


 笑いながら紫檀が華火を包み込む。

 そんな彼の声。髪に編み込まれた藤色の紐から香る薔薇の匂い。何より紫檀の温もりが伝わり、華火は自分が心臓にでもなってしまったかのように、自身の動悸しか感じられなくなった。


「はい、お終い」


 その言葉が何故か永遠に続くように思えて、きゅっと胸が締め付けられる。それに気付いたのか、紫檀が頭をぽんぽんと撫でてきた。


「気は済んだ?」

「あぁ……」

「そう? じゃ、ようやく他所からの出入りも落ち着いたし、それぞれの考え、まとめていきましょ」


 華火へ確認する紫檀の笑みは、いつも通り。

 だからこそ自分だけがおろおろし、紫檀にはまったく変化がない事に、どうしようもなく、泣きたくなった。

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