第47話 予言の白狐
大広間で、自然と皆が輪になるように座る。華火もずきりと痛む胸とは後で向き合おうと決め、腰を下ろした。
白蛇も共にいるが、余程の事がない限り口は挟まぬと言って、皆を見守ってくれている。
「まず、真空ちゃんの言っていた、『断罪役が最初からいた』って言葉。蘇芳様に連絡している素振りはなかったって言ってたから、その前に何かしらやり取りをしていたはず。下への到着も早かったしね。だから蘇芳様と黎明様は繋がっている。ここまではいいわね?」
紫檀の言葉に、皆が頷く。
「黙秘と言ってたが、それは繋がってるって言ってるようなもんだしな」
「でも、ただ繋がっているならいいんだよね。問題は、狩衣に能面。それに昔の幻牢。これらが使われているのを知ってて、何かをしようとしている、だよね?」
青鈍がおもむろに口を開けば、山吹も自身の考えを話し出す。
社の中の会話までは聞かれないはずだが、念の為、華火と白蛇で天候を読み、雨の酷い日を選んではいる。
「その何かがあたし達にとってどんなものなのか、それがはっきりとわからない今、蘇芳様と黎明様に対する発言は気を付けておきましょ。黎明様については謎なままの事が多過ぎるし、蘇芳様についてはちょっと気になる事もあるからねぇ」
紫檀の言葉に、柘榴が不思議そうな顔を向けた。
「気になる事って何だ?」
「華火の事よ」
紫檀の口から自分の名が出れば、胸がどきりとする。しかし今は浮つく心を叱咤するように、膝に置く手を強く握る。すると少しばかり、気が紛れた。
その最中も紫檀の話は続く。
「華火は当初、身体が弱いって聞かされていたでしょ? だからこそ、時期をずらしてもよかったと思わない? 少しもずらせないんだったら来年でもよかったのよ。あたし達妖狐にとっての一年なんて、すぐだもの。なのにわざわざ変わった予言の年、しかもあたし達が華火なら断らないと踏んで今年を選んだのには、何か理由がありそうな気がしてるのよね」
紫檀の言葉に、沈黙が訪れる。
蘇芳様から声を掛けられたのは、予言のひと月後。本来ならば、もう少し早く知らされる。だから、急なように思えた。けれどそれは、長く降りずにいた私に配慮してくれたように思えたのだが、違うのか?
華火同様、皆も考え込み、発言しない。
その中で、柘榴が顔を上げた。
「そりゃあ、あれだろ。俺達がいっつも統率者を断るから、断れないようにしただけだろうよ! 蘇芳様が何か企むとか、考えつかねぇしな」
「あたしだってそう考えたいわよ。だからね、柘榴。あんたは特に蘇芳様や黎明様の前で喋るなよ?」
「任せろ! よくわからん事は喋れんからな!」
「馬鹿と鋏は使いようだが、柘榴は使えぬからな」
「いちいちうるせぇんだよ!!」
紫檀の忠告に、柘榴がからっと笑う。そこへ白藍がため息混じりに言葉をもらせば、柘榴が掴み掛かる勢いで絡む。
「喧嘩すんじゃないわよ! それと、華火と織部の事ね。これはもう言い方が悪いけれど、問題がある者、って事かしら? と思ってるんだけど、どう思う?」
紫檀が本当に申し訳なさそうに華火を見る。だから気にする事はないと、首を振っておく。
そしてそれを聞いた皆が考え始めれば、
「あのさぁ、予言の白狐とその送り狐。華火ちゃんと織部って奴とそれらの送り狐。それを、浄衣を着させた奴に処分させる。これってさぁ、変だよねぇ。まるで統率者も送り狐もまとめて問題のある奴にされて、潰し合わせようとしてる気がしない?」
木槿の白い尾が揺れれば、山吹があごに手を当てる。
「もしくは、他種族にそう見せようとしてる、とか?」
確かに、総会前に事件を起こさせた理由がそれならば、しっくりくるが……。
そうまでして統率者と送り狐の立場を貶める理由がわからず、華火は黙るしかなかった。
「上が絡むって考えるから、複雑になるのかもねぇ……。こういうのの理由って、案外単純だったりするのよね。例えば、ただ目障り、とかね」
目障り、か。
皆、必死で生きている。なのに、そのような感情だけで排除されるなど、許される事ではない。
だからこそ、華火の中でゆっくりと、何が生まれた気がした。
けれどそれは青鈍の声によって、すぐに奥へと引っ込んだ。
「だから俺らも邪魔者らしく、先に月白と裏葉にわざわざ目立つ場所で暴れてもらった。他種族を巻き込んだ方が俺らは生き残れる可能性があったからな」
「理由があったのか」
四季公園を選んだ意味があった事に、玄が反応する。
「派手に騒いどきゃ、犬神が動くだろ? それに紛れて撤退するふりでもしとくかと思ってな。もしそれで犬神に捕まったとしても予言の騒動をばらせば、犬神が狐を探るはずだ。それなら儲けもんだろ? ま、断罪役が先に来るなんて予想外の事が起きたのは仕方ねーが」
青鈍が笑い声を出せば、木槿・月白・裏葉も同様の反応を見せる。
「そんな事しねぇで俺達に事情を話せばよかっただろ!?」
「今だから言えんだろ。昔のままなら、俺らはお前らとは相容れねーよ。ま、たぶん、根本的な部分では変わんねーと思うけどな」
柘榴が心配から怒鳴ったようだが、青鈍は冷めた目線を送っている。
だからこそ、華火は疑問が浮かぶ。
「それならばどうして、大人しく従っているんだ?」
「ん? 気になるか? 判も押しちまったし、これもあるしな」
青鈍が華火へ顔を向ければ、首の赤い紐に触れる。
「これの一部は上で保管されている。印付きの霊力を辿れるのはひと握りの奴だ。断罪役はもちろん含まれる。だからこそ、各地で騒ぎを起こさざるを得ない状況に追い込まれてんのが、俺らみたいな印付きだろうよ」
青鈍の説明で、目線を下げていた白藍が顔を上げた。
「なるほどな。どのお役目の印付きか知らないが、送り狐の印付きが優先的に選ばれていそうだな」
「幻牢を使わせるなら、そうなるかもな。ま、これらは憶測だけどな。でだ、ここで大人しくている理由はもう一つある。それが華火だ」
急に名前を出され、戸惑う。
それを面白がられたのか、青鈍が意地の悪そうな顔で笑った。
「俺と木槿は二度、華火の金の天候を浴びた。最初は初心を思い出した。二度目は初心を思い出しながらも、何かもっと別の、言葉にすらできねー感覚もあった。それと共に、一瞬、力も湧いた。だからか、華火に対して気が引かれるように思う。対して月白と裏葉は、華火の事を特別何とも思わねーみてーだ。これは華火の金の天候を浴びてないからだと思うが。それの正体を知りてーから、大人しくここにいるのもある」
私の天候に、そのような作用があるのか?
ふと、白蛇は心地良い天候と言っていた事を思い出し、華火は後ろを向く。
「白蛇様、私が生み出した天候の光を浴びて、どう思われましたか?」
『前にもお伝えした通り、心地良いお天気でしたが、力が湧く、という感覚は、わしにはなかった。その代わり、華火殿の皆を深く思う感情が伝わり、またも人間の愛おしさを思い出しましたな』
青鈍と白蛇様との違いは何だ?
皆が同じような感覚なのであれば、そういう作用も含まれると納得できる。しかしこうも違う理由がわからず、華火は白蛇へ礼を言いながら、考え込む。
すると、青鈍が話し出した。
「予言は、『雪解けの季節、神に愛されし白狐が下界へ姿を現す。統率者となるその狐は、全ての妖狐を統べる者なり。この者を手に入れた狐は同等の力を得るだろう』って、なってただろ? だからな、華火が予言の白狐だとすれば、妖狐にしか力が作用しねーんじゃねーのか? って、白蛇のじいさんの言葉から確信したが、感情だけは伝わるみてーだな。それに触発されて別の感情が湧き上がるのは、よくわかんねーけどな」
それだけで、私が予言の白狐になり得るのだろうか?
それ以前に、自分が予言の対象だとは信じられず、華火は戸惑いながら下を向く。特別な目で見られるという事にも恐れがあり、それらの視線をここの皆からは感じたくなかった。
そこへ、白藍の声が続く。
「青鈍が言う事には一理ある。妖狐にしか作用しない力。そして契約を結んでいる自分達だからこそ、この前の戦いでそう感じたものがあった」
「何かあったの?」
「四季公園にて、黎明様に術を発動され皆が動けなくなった。しかし自分と柘榴は顔だけではあるが、僅かに動かす事ができた。それは華火が天候を生み出していた間だったのだ」
白藍の言葉に華火が顔を上げれば、確認するように問い掛けた紫檀が考え込むように目を伏せる。
「青鈍と白藍の言いたい事はわかった。それなら華火は上へ、雅様と咲耶様の元へ帰すのが一番なんでしょうね」
父様と母様の所へ……?
どうしてそのような結論になるのか理解できず、言葉が出ない。
そんな華火へ、紫檀が視線を合わせてきた。
「でも、上が信用できない今、あたし達が守り抜いた方がいい。何より、誰かに任せるなんて考えられないし」
真面目な顔を崩し、安心させるように紫檀が微笑みを向けてくる。
「華火が予言の白狐だとしても、あたし達にとっては統率者で、大切な仲間。これから先何があっても、それは変わらない。それぐらい、あたし達の絆は特別だ」
紫檀が心を見透かしたように、特別という言葉を選んでくれたように思え、息を呑む。
「だからな、下を見るのなんてやめておけ。顔を上げて胸を張れ。華火の周りには俺達がいる事を忘れんなよ?」
先程の自身の考えを読まれていたようで、紫檀がわざわざ男らしい声で励ましてくれる。
下を見れば孤独を感じるが、顔を上げておけば皆の姿が目に入る。どんな時でも彼らと共にあるのだと思えれば、特別な視線も恐れる理由はない。
そんな想いを受け取り、華火は苦笑する。
紫檀は私より私の事を理解しているな。
それがたまらなく、嬉しい。
「そのような特別なら、私は下を向く事はもうない。ありがとう」
湧き上がる想いと共に言葉を伝えれば、いつの間にか心からの笑顔に変わっていた。
そこへ、木槿の声が響く。
「なんか、ずるくない? 俺達も契約しちゃおうよ!」
「馬鹿が。華火の契約発動時の痛みに執着すんのやめろ」
「私、痛いのは嫌なので結構です」
「そもそも自分達は送り狐でも何でもないのだが?」
木槿の無茶苦茶な発言に、青鈍が呆れ、裏葉が真顔で拒否し、月白が冷めた目線を送っている。
「それだけじゃないから! 俺だって華火ちゃんともっと仲良くなりたいし! それにほら、華火ちゃんが予言の白狐だって他の奴に知られたらさ、俺達みたいな印付き、来ちゃうでしょ? それらから守るなら、もっと力が欲しいじゃん!」
尚も話し続ける木槿は満面の笑みだが、話の内容は至極真っ当なもの。だからこそ華火は皆を巻き込む事を想像し、血の気が引いた。
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