第48話 盆の季節

 梅雨が明け、盆の季節に入る。

 人間の暦と合わせたいところだが、新盆・旧盆と存在する為、それらの期間全てが妖にとっては盆となる。


 それぞれの考えを話し合ってからひと月以上経ち、今は八月の初頭。華火の不治の病は未だ継続中だが、それどころではない事態を迎えていた。

 原因は、騒ぎが落ち着いてしまった事にある。これが本来の日常だが、あまりにも急な為、気味が悪い。


 総会での決まり事のお陰で解決したとの噂も聞くが、華火達の考えは違った。

 むしろ、今だけ大人しくしている。この期間が終われば、今まで以上の何かが起こる気がしてならないとの結論に至った。

 それは未だに会えない真空・織部・竜胆も感じているようで、管狐でのやり取りでも話題になる。

 だからこそ、気が抜けなかった。



「暑い暑い暑い」

「それなら僕から離れてよ」

「やだ」

「いい加減にしろ」


 昼過ぎの大広間で、木槿むくげが騒ぐ。そんな彼を背負うように座る山吹は、ゲームをする手を止めた。するとすかさず、玄が不機嫌な顔をしたまま木槿を山吹からべりっと引き剥がした。


 雪女が溶けない氷で創り出す、子供姿の涼子すずし人形では間に合わない程、大広間が広くなってしまった。個々の部屋では事足りるが、今は大人姿の涼美すずみ人形を発注している。

 頭を撫でると口から冷気が吐き出されるのだが、その心地良さを知ってしまえば、少しの暑さでもぐったりしてしまう。

 だからそれが届くまでは、薄い生地の衣類を着用して耐え凌ぐのみ。


「そこまで暑いと言うのなら、木槿は留守番しているか?」


 長らく、外で気が休まらない生活をしていた木槿達だったからこそ、帰れる場所があるという事を気に入っているようにも思えた。だから無理はさせまいと、華火は提案する。


「もしかして、お祭りの事言ってる?」

「そうだ。外の方が暑いからな」

「行くに決まってんじゃん! それにほら、餌なら餌らしく、目立つ方がいいでしょ?」

「木槿の言う目立つの意味はわからないけれど、誘い出せればいいよね」


 目を見開く木槿へ、華火は頷く。すると彼は膝を叩き、力説した。それに反応する山吹も、概ね賛同している。


 本日の夜から、色加美町の神社のまつりが行われる。それに合わせ、妖も縁日を開く。華火は下での祭が初めてという事もあり、皆で行く予定だ。今昼寝中の白蛇は念の為、夜の留守を任されてくれている。


「あの二匹は、来るのか?」

「月白と裏葉? 乗り気じゃないけど来るんじゃない? 来ないとか言い出したら華火ちゃんの金のお天気でも浴びせて、言う事聞かせちゃえばいいんじゃん」

「私の天候を何だと思っている」

「うーんとねぇ……。支配の術、みたいな感じ! へっ?」


 玄がぼそりと呟けば、木槿はきょとんとした顔になる。そのまま、華火の独自の天候に対しての感想を伝えられ、思わず声を出した。

 そしてまたも木槿から思わぬ言葉を伝えられれば、玄が彼の頭をはたいた。


「木槿は馬鹿すぎ」

「はぁっ!? 玄ちゃんに言われたくないんだけどっ!」


 予言の白狐の力として考えれば、そう捉えられても無理はないな。


 掴み合いの喧嘩になりそうな二匹の仲裁を山吹と共にしながらも、自身の力は違うものだろうと、華火は薄っすら考えていた。


 ***


 日は沈んだが、提灯の明かりが色加美の町を照らす。時期的なものだけではない熱気が漂う商店街にいざ足を踏み入れれば、冷やし甘酒を振る舞っている万屋から声を掛けられた。


「あっ! ちょお待っとって下さい!」


 化け狸が慌てて店の中に引っ込めば、代わりに栃が出てきた。


「こんばんは。ちょうどそちらへ連絡するところやったんです。こないな時に伝える話ちゃうんですが、今日に合わして無茶したようで、また、消えかかってる妖がおるんです」


 神妙な顔の栃が送り狐達を見れば、皆の顔が悲しげに曇る。


「どこにいるのかしら?」

「案内するんで、ついてきて下さい」


 紫檀が問い掛ければ、栃はすぐに歩き出した。



 商店街を出て入り組んだ道を進み、辿り着いたのは人間の民家。年季の入った家は今でも愛され続けている事を伝えるように、丁寧な塗装が施されている。

 月白と裏葉は場違いだからと外にいようとしたが、別行動をして何かあれば反応できないと山吹に却下され、共に中へ入った。


「栃さん、いらん気ぃ、回さんで、よかとよ」


 高齢の人間の夫婦がくつろぐ部屋に、何故か妖もいる。自分の空間もあるはずだが、敢えてここにいるようだ。

 壁にもたれて弱々しい声を出すのは、四つの顔を持つ『心知こころしらせ』。それらは喜怒哀楽の表情をかたどる。人間の子供にそっくりで、昔は座敷童子と間違えられていた事もあった。


「ちゃんと送ってもらうのがえぇよ」


 心知らせに首を振り、栃が断言する。


 消えかかっていると言っていたが、まさか、消滅してしまうのか?


 妖とは、人間の様々な心から生まれし者。それが名を持ち、初めて存在できる。すなわち、人間が名を忘れれば力も弱り、無かったものとされてしまう。残るはずの身体すら、綺麗さっぱりと消える。

 知識としては知っていた。けれど、初めてこのような場に立ち会い、華火の心は大きく揺れた。


「横になりますか?」

「いんや、この、ままで……」


 山吹が静かに前へ出れば、心知らせは人間を眺め、続きを紡ぐ。


「この人間達はな、おらがくっつけて、やったんだ。すんごい引っ込み思案で、だから、心を顔に出してやっと、そらぁ、良い反応して……。でも、もう、おらの名を、忘れちまった、んだ」


 心知らせは名前の通り、感情を教えてくれる。そして彼らはその力を人間に使うのが好きなのだ。子が親を慕うように、心知らせは人間に寄り添いながら生きている。

 それなのに、ここの人間に限らず、忘れ去られていく。その事実に、華火の目には涙がたまり始めた。


「ここにいる僕達が、ずっと覚えています」

「そうか……。いいな、お役目のあるもんは。ずっとなんて、言えっもんな……」


 山吹がそっと彼の手を握れば、心知らせの哀の顔がゆっくりと動き、怒の顔が正面にきた。


「お前らに、わかってたまっか。お役目なんてもんは、おら達にはねぇんだ」


 確かにお役目が与えられるのは、人間からの信仰がある者だけだ。それだけ、周知されているという事実でもあるんだ。

 それでも、いつ私達も消えてしまうのかと、真剣に考えた事はあったか?


 ぽつぽつ話していた心知らせが怒気を含む声を出せば、弱々しい喋り方が消え失せた。その心からの怒りに触れ、華火は涙を拭い、自身の生き方を振り返る。

 すると、心知らせに変化が起き始めた。


「お役目。お役目さえ、あれば」


 いけない!


 華火でもわかる程、心知らせの指先から黒が染め上げていく。生きたまま障りに呑まれてしまえば、送りの力での消滅は免れない。

 だからこそ送り狐達が動き出そうとする中、何故か裏葉も反応した。

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