第37話 上の駒

 初めて自分の意思で生み出した天候の疲れも忘れ、華火は自身の管狐に飛び乗る。そこへ、青鈍が声を掛けてきた。


「お前も知っての通り、俺らは四匹で行動してる。向こうが逃した女狐に何かあったなら、それは俺ら以外の誰かが動いたんだろうよ」

「……誰か、とは?」


 青鈍の言葉で、華火の不安が一気に膨れ上がる。その気持ちにとどめを刺してきたのは、木槿むくげだった。


「俺達に華火ちゃん達を始末するように言ってきた、えらーい人の駒、かな!」


 やはり、今回の騒動は上が……!


 華火が衝撃を受ければ、山吹がいち早く口を開く。


「やっぱり、ただの予言の白狐探しじゃないんだね。でもそれを、僕達に言って大丈夫なの?」

「もういいやーって感じ。だから教えてあげる。華火ちゃんだけじゃなくて、山吹達も狙われてんの! それにさぁ、心構えが必要でしょ? 自分達の命が危ないってちゃんと知っとかなきゃ! だからさぁ、女狐の事だって――」

「早く言え」


 山吹からの質問に木槿がにこにこと答えれば、玄が割り込んだ。


「はぁー。玄ちゃん、せっかちすぎ! 俺達じゃない誰かなら、その女狐、もう死んでるかもって事!」


 そんな事、あってたまるか!


 華火が思わず歯軋りすれば、紫檀が動いた。


「言葉が過ぎんのよ。あんた達も行くわよ」

「協力しろってか?」

「あんた達が黙って使われてるとは思ってないだけ。目的があって動いてんなら、今は協力し合うのが得策でしょ?」


 木槿を見下ろす紫檀の言葉に、青鈍が反応する。そして木槿と顔を見合わせれば、管狐を召喚した。


「そういうのも、悪くねーか。それにもしかしたら予言の白狐は……」


 言葉を止めた青鈍と目が合う。けれどすぐに逸らされた。


「狩衣姿で能面を着けた奴がいたら、そいつには気を付けろ」


 青鈍はそれだけを言い、空へ飛んだ。

 皆もそれに続くが、山吹が白蛇へ言伝を残していた。


「白蛇さん、もし上の者が来たら中には入れず、僕達は四季しき公園こうえんにいると伝えて下さい」

『わかった。皆の無事を祈るぞ』


 頷く山吹が社の結界を張り直し、管狐へ乗る。そして華火の横に並んだ。


「僕がどんな怪我も治す。だから大丈夫」

「ありがとう。山吹」


 山吹の想いを受け取り、真空の無事を信じ、華火は彼女の姿を捉える為、夜の色加美町へ目を向けた。


 ***


 真空は華火からの言伝を聞き、それでも華火達の元へ向かっていた。そのまま上への報告を終えた瞬間、見た事もない男狐に捕まった。


「離して! 離しなさい!!」

「いやぁちょっと、無理ですねー」


 のんびりとした口調とは裏腹に、素早すぎる動きは只者ではない事を示している。そんな男狐に今、真空の右手が封じられている。


「わたしは行かねばならないの!」

「そーでしょーねー。管狐への言伝、聞こえてましたよー。でもー、あっちへ行くのはちょっとー」

「貴方、何か知っているのね!?」


 真空が神楽鈴へ手を伸ばせば、はたかれた。


「ていっ!」

「なっ、何をするのです!」

「えっとー、邪魔されるとー、捕まえなきゃいけなくなるんでー」

「どういう事ですか!? それにさっきからだらだらと! しゃんとしなさい!!」


 あまりにものらりくらりと話す白狐へ、真空の怒りが頂点に達しそうになる。

 すると、男狐がびしっと姿勢を正した。


「すみません! でも、あっちは大丈夫です。だからあなたが来た、こっちへー」

「あぁもうっ! いったい貴方は何者なんですか!?」


 格好はどこにでもいそうな狩衣姿。そして能面を着けていたが、真空の自由な左手で剥ぎ取ってやった。けれどその下には、どこまでも怠そうな顔と虚な紺色の目があり、ふわふわとした白い髪を首の後ろで雑に結んでいる。その姿に緊張感はまるでない。


「えっとー、だ……。うーん、もう少しだけ、内緒?」

「はぁっ!?」

「怒らないで下さいねー。よいしょ!」

「この、無礼者! 初対面の女性を担ぎ上げるなんて!」

「怒らないで下さいってー、言ったじゃないですかー。すみませんねー。でも、かっるいですねー、あなた。ちゃんとご飯食べてますかー?」


 結局また元の口調へ戻った男狐に担がれながら、噛み合わない会話を続けられる。びくともしない男狐の腕にも苛立ち、真空は怒りを押し込めるように黙った。


「あれー? あ、やっぱりお腹空いてるんだー。飴なら……、えっとー、あれ?」

「飴など要りません! 連れて行くなら早く行きなさい! からう――」

「あっ、ふう

「!!」


 今まで自由にさせていた癖に、今さら術を使って動きを封じるなんて!!

 こんな事ならもっと早くからうめに言伝を託せばよかった。

 華火、ごめんなさい。

 でも、すぐに行くから!


 一度戻る事にはなりそうだが、到着した時には隙ができるはずだと考えて、真空は腹を括った。


 ***


 白藍達が四季公園に到着すれば、地面が淡く銀に輝いていた。その中心には、四匹の男狐の姿がある。

 しかし、面を着けた男狐達は動かず、竜胆と織部だけが何かと戦っていた。


 このまま着地するのはまずいな。


 足をつければ幻術に囚われる。だから空中で策を練ろうとすれば、柘榴が管狐から飛び降りた。


「てめぇら、覚悟しろ!!」

「馬鹿が!!」


 こいつはいつもいつも……!


 怒鳴っても遅いが、柘榴へ言葉を吐かずにはいられなかった。これがいつものやり取りではあるが、今日はさすがに頭にくる。


「おぉ……、この前の」

「本当に来ましたね」


 面の男狐達の、のんびりとした声が耳に障る。だから白藍は柘榴に続いて飛び降りながらも、顔をしかめる。

 すると、竜胆と織部の会話も聞こえてきた。


「織部、今ですよ」

「わかってる!!」


 白藍は双方の中間に着地し、何の幻術に囚われているのか知る為、竜胆達を見る。そこにいたものは、偽の彼らだった。

 何故か、竜胆が織部へ指導しながら戦っており、緊迫感が薄れる。

 その証拠に、柘榴もいつもの間抜け顔で突っ立ている。


「あ、柘榴さんに白藍さん。お手数お掛けしますね。どうにも織部は自分自身の癖を知らないようで、手間取っていまして」

「そんな説明、今はどーでもいいだろ!?」


 いったいどうなっている?


 自分達は必要なかったのか? と白藍が思いかけたその時、竜胆が偽者達を槍で串刺しにした。


「織部だけに相手をさせるのが不安でお遊びに付き合いましたが、柘榴さんと白藍さんが来たので終わりにしましょうか」


 そう告げる竜胆が、糸目をしっかりと閉じた。

 偽者はまた生まれたが、それらを無視して面を着ける男狐へ挑もうとするのがわかる。


「待て。あれは自分達が決着をつける」

「……そうですか」


 白藍が急いで声を掛ければ、竜胆は元の糸目に戻り、偽者へ向き直す。そのまま彼は、言葉を紡いだ。


「では、龍笛の方から始末をお願いできますか? あれがどうにも厄介で」

「任せろ! この前みたく逃しゃしねぇぞ!!」


 柘榴が頼もしい声で竜胆に答えるが、幻術を操る男狐が鼻で笑った。


「逃してやった恩を忘れるとは、犬以下だな」

「ざけんな――、いっ!!」


 柘榴が犬以下というのは一理あるなと思えば、地面の輝きが増す。その瞬間、柘榴が急いで顔を覆った。続けて白藍の目の前が銀に染まり、焼けるような痛みを感じた。

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