第38話 横槍
結界を張らぬまま戦い続ける四季公園には、他の妖の気配がない。
こちらに巻き込まれた場合、犬神に目を付けられるのを恐れ、姿を消したに違いない。それは同時に、通報されていてもおかしくはない事態だと、白藍を焦らせる。
他種族の介入がある場合、同族だけでは解決できない問題に発展する確率が高くなる。
そんな事を考える白藍の目の痛みが引けば、幻が現れた。
よりにもよって、柘榴か。
地面の輝きが淡い銀の光へと戻る。
そして自分達の間合いの中に、偽の柘榴と白藍が佇む。
「お前達が強いと思う者の姿を見せたのだが、相思相愛か」
幻術を操る男狐が楽しげな声を出せば、偽の柘榴が斬りかかってくる。
「白藍! 惑わされんなよ!」
「それはこちらの台詞だ」
薄い藍色に輝く、自身の霊力を込めた刀で迎え撃つ。馬鹿みたいに突っ込んでくる偽の柘榴の太刀筋を先読みし、上段からの重い一撃を防ぐ。
自分の記憶から作られた柘榴だが、この剣の重みも、全ては幻。
地面へ沈み込む程、偽の柘榴から更に力を込められる。
「白藍! 偽者なんか、早く倒せ!」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
白藍が視界にちらりと捉えたものは、何とか攻撃をかわし続ける柘榴の姿。力で押し切れそうなものだが、柘榴の場合、知っている者の姿は斬り捨てられない可能性がある。
またも幻影に手こずる事になるとは……。
自分がまとめて倒すかと動こうとすれば、織部の声が後ろから響く。
「もうこれはおれに任せて、竜胆が倒しに行けばいいだろ!?」
「何か、勘違いをしているようで」
荒々しく喋る織部に対し、竜胆は淡々と返事をしている。
「私の役目は、織部を守る事。自分自身、ましてや私の幻を同時に相手できる程、織部はまだ強くない」
「決めつけるなっ!!」
叫びを上げた織部の声を聞きながら、白藍もいい加減、この状態から抜け出す為に動く。
眼前で防ぎ続けている刀の先を、僅かに手前へ引く。すると、偽の柘榴がそのまま刃を滑らせた。それに合わせ足払いをかければ、見事にひっくり返る。
しかし、先程までいた偽の柘榴の向こう側に、薄緑色に輝く龍笛が見えた。
「特別な絆がある者同士、そこまで揉める事もないでしょう。どうぞゆるりと、ご自分達の番を待っていて下さいね」
穏やかな口調で男狐が話し終えれば、織部と竜胆の苦しげな声が白藍の耳に届く。
あちらの幻術は解かれたか。
偽の柘榴を組み敷きながらも、様子を探る。
今、織部と竜胆は龍笛の影響だけを受けているのだと理解し、こちらも早々に蹴りをつけるべく、偽の柘榴の首を狙う。
しかし思い切り手首を掴まれ、みしりと骨が軋んだ。
この、馬鹿力が!
痛みと痺れが訪れれば、偽の柘榴は自身の太刀を手放し、白藍の刀を奪い取ろうとする。
『白藍、やめろ!』
「……」
『俺達、仲間だろ!?』
「……黙れ」
本物の柘榴のように、必死な顔で話し掛けてくる幻に虫唾が走る。
そこへ、柘榴の叫びが届く。
「いい加減、うろちょろすんじゃねぇ!!」
自分の幻の動きを抑える事が出来ずに、まともな攻撃を仕掛けられていないのだろうと、白藍は察した。
そんな中、幻術使いの男狐と偽の柘榴が同時に話し出す。
「踊るだけ踊って、自滅か。まぁ、互いに強いと認めた者の幻だからこそ、屈服するのだろうがな」
『どんなに頑張ったってな、俺に力では敵わなねぇって、知ってんだろ?』
そのどちらの言葉も、白藍の怒りに火を付けた。
「本物の柘榴の方が強い!」
「本物の白藍の方が強い!」
自分の怒声に柘榴の叫びが重なる。
だから続く言葉も容易に浮かんだ。それを白藍も口にする。
「それよりも強いのは自分だ!!」
「それよりも強いのは俺だ!!」
全く馬鹿馬鹿しい。けれど口元が緩み、色が変わってしまった左手から刀を放す。それを偽の柘榴が握るまでの間に、自身の右手へ炎をまとわせ、偽の柘榴の心臓めがけて突き刺す。
すると偽の柘榴は大きく痙攣し、空気へ溶けるように消えた。
「偽者の白藍なんかにやられてたまるかよ!」
どうやら決着をつけられたような柘榴の声を聞きながら、動かせる右手で自身の刀を拾う。
その瞬間、力強くも優しい力が流れ込む。
『私の力は、大切な皆の為にある』
やはり、華火の声がする。
胸に埋め込まれた契約の勾玉からも熱を感じる。しかし、いつものような痛みはなく、力だけが湧き上がる。
『白藍は技に頼りすぎなんじゃね? 柘榴を見習って、力の出し方とか学べばもっと強くなると思うけどな』
ふと、共に学んだ、もう顔も思い出せない指南所で過ごした男狐の言葉を思い出す。
柘榴も似たような事を言われていたのは知っていたが、だからこそ、自分達は切磋琢磨したのだろう。
それはこれからも、変わる事はない。
幻術使いの男狐への距離を一気に詰めようとした瞬間、また目が痛み出す。
けれど、足が止まる事はない。
それ程までに、華火から伝わる想いが白藍を突き動かす。
柘榴は強い。迷いがなければ。
あんな真っ直ぐな馬鹿に、自分はなれない。
ならば、自分は逆の道をゆく。
そうでなければ、補い合う事など出来まい。
それを、華火と、皆で、誓い合ったのだからな!
決して伝える事のない思いを浮かべ、まだ形になる前の幻を斬り捨て続ける。ようやく最後に立ちはだかった幻を斬りつければ、切っ先が幻術使いの男狐の面に触れた。
「だから言っただろう。自分達は戦い慣れていないと」
音もなく割れた面の向こう側から、素顔が覗く。うっとおしそうな前髪がはらりと銀の目を隠すが、突きつけられた白藍の刀には物怖じていない。
そして柘榴は龍笛の男狐と対峙したようだが、悔しそうに唸る声がする。剣戟の音はなく、あしらわれているように思う。
「なら、その余裕は何だ?」
白藍の問いに答える前に、幻術使いの白狐の長い前髪を風が払えば、男狐の目がしっかりとこちらを見据えた。
「遅かれ早かれ、俺の命は散るからな」
傲慢さしか感じなかった銀の目に、若干の諦めが宿る。
すると、後方から織部の怒鳴り声がした。
「結び付き、おれだって確かに感じた! だから竜胆も、おれの力をもっと信じてくれよ!」
龍笛の影響は無くなったはずだが、揉めている。
「おれは、『どんな奴もおれの力を認めるぐらい、強くなる』って言葉を、笑いながら『それは面白いですね。では私がそれを最初に見届けましょう』って言ってくれた竜胆だから、こうして共にいるんだ! 守られるだけなんてたくさんだ!!」
「……全く。世話の焼ける
切実な叫びが続けば、竜胆の呟きが耳に届く。
それを柘榴の騒がしい声が掻き消す。
「かわし続けて、なんか意味あんのか!?」
「当たると痛いじゃないですか。だからです」
「ふざけんじゃねぇ!!」
「ふざけてなんていませんよ。私はこれでも必死です」
相性が悪いのだなと思えば、銀の目の男狐が笑った。
「騒がしいな。しかし、これが最後だ。俺も力を出し切るとしよう」
男狐が銀の炎を目に宿し、地面の光も先程とは比べ物にならない程、輝き出す。それを発動させまいと、白藍は刀の棟を首へ打ち込もうとした。
その瞬間、別の力を感じた。
「封」
なっ!?
気付いた時には遅く、身体が動かない。
それは目の前の男狐も同様で、銀の炎も消えていた。
「そろそろ大人しくしましょうねー」
のんびりとした口調の者が、この場を支配している。しかし、何とか声の正体を確認しようと白藍が顔を僅かに動かせば、あちらから側に来た。
「あれー? 何で動かせるんですかねー? あっちの赤目も」
不思議そうに覗き込む怠そうな顔の男狐の肩には、何故か真空が担がれていた。
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