第36話 過去との決着
社全体を包む結界内が、晴れとなる。
その中で、山吹は
「もうさぁ、時間がないんだよねぇ。だからね、俺が山吹を送ってあげるよ」
木槿が薄く笑えば、山吹が盾として作り出した結界を壊すように力を込めてくる。
時間がない。
それはきっと、木槿達の命が、という意味だろう。
確実に僕達を仕留めたいなら、こんなに焦る必要はない。
木槿の刀を押し返しながら、山吹が盾を厚くする。
「それは、断る」
「じゃあさ、これ取ったら、考えてくれる?」
「それは絶対にだめだ!」
急に力を緩めた木槿が、右手で自身の首の赤い紐に触れた。そして山吹の反応を見て、嬉しそうに笑う。
自ら外した時、木槿は死んでしまう。
それでも、その命が消えるまでの僅かな間に、僕を……。
他の者は印に傷すら付けられない。しかし自身の場合、首をもぐほどの力が必要ではあるが外せる。それは、命が散る瞬間になら解除できるという意味だ。
「じゃあ、どうするの?」
木槿は刀の先端で、つまらなそうに地面をなぞる。
「僕が、死ななければいいんだよね?」
「そうだけど、無理っぽいんだよねぇ」
いったい僕達は、何に巻き込まれているんだ?
思案しながらも、山吹は木槿へ話し掛け続けた。
「僕は誰も傷付けない。そして、死なない。木槿の言う通り、送りの力は殺しでもある。だからこそ、僕の力はみんなを守り、魂を導く為のものなんだって、どんな事があっても、言い続ける」
下へ向けられていた木槿の紅紫の瞳が、山吹を真っ直ぐに見る。
だから更に、声に力を込めた。
「僕が僕自身の力をそう扱う事が、僕のすべき事だから。そうでなければ、間違った力の使い方をしてしまうから」
こう強くはっきりと思えたのは、玄やみんな、そして華火のお陰だ。
それを証明する為、山吹は自分と木槿を包む結界、そして盾としていたものを解除した。
***
天気……。華火? いや、白蛇か。
左手に持つ刀をぶらりと下げる青鈍を見つめながら、玄はこの状況を考える。しかし青鈍が天候の変化につられたのか、僅かに動く。やはりそれは玄のよく知るもので、迷わず屋根を蹴る。
ずっと、青鈍と木槿は一緒にいた。外では、お互いしか信用できなかったって、聞いた。
だから、木槿の位置を確認する癖が抜けない。
痛みに鈍感な木槿は、自分の怪我の具合がわからない。
青鈍がそれを知らせる役だから。
青鈍の目線が動いたのを見逃さず、懐へ飛び込む。青鈍の刀を握る手を右腕で思い切り払い、脇差を彼の喉仏へあてがう。一瞬、ぐらついた青鈍の鳩尾へ、玄は黒の霊力をまとわせた右の拳を埋め込む。
「ぐぅっ!」
「よそ見する余裕、あるのか?」
先程の青鈍の言葉を借りれば、暗い青緑の瞳に怒りが浮かんだ。
「……黒狐様よぉ。だいぶ調子に乗ってんな」
青鈍が刀を持ち直す音がすると同時に、玄は彼の喉元にあてがう脇差を両手で遠慮なく押し込む。
そこには送り狐の力を封じる赤い紐がある為、青鈍を傷付ける事はない。
「調子になんて乗ってない。俺はいつも、余裕がない」
呟きながら、更に霊力を込める。
「それでも、認めてほしい。そして、許せない事もある!」
「うるせーな」
眉間にしわを寄せ、忌々しいものを見る顔付きになった青鈍の左腕が動いたのがわかった。
直後、脇腹に熱と共に痛みが宿る。
しかし玄は構わず、青鈍を押し倒す。
「俺は、自分の力が怖い。だからこそ、使いこなす。もう、心が揺れても、そうすると決めた。それが、俺のすべき事だから」
「俺にそれを言って、何になるんだ?」
「青鈍には、伝えたかった。あの出来事があったから、今の俺がいる」
自身を刺す刃が引き抜かれ、血が溢れたのがわかる。
それを感じながらも、玄はふらつく事なく立ち上がった。
「だから何だ? それなら何で今、俺に刺されてんだよ。やり返せるのにやり返さないところが、甘いんだよ」
ただ眺めてくる青鈍を、玄は静かに見下ろす。
「今も、あの時も、青鈍を傷付ける理由がない。俺は、仲間だと思っていたから」
玄の言葉に、青鈍の目が見開かれる。
「だけど、ここからは覚悟しろ」
転がっていた青鈍が素早く半身を起こす。そこへ、遠慮なく蹴りを見舞う。
「華火に対する仕打ちは、俺がきっちり返させてもう」
「……馬鹿だな、お前」
屋根を転がる青鈍がその勢いを利用して、下へ逃れる。
「馬鹿でいい」
仲間を痛めつけられて、平気な奴なんていない。
華火が青鈍に踏みつけられる姿が忘れられない。
同時に、自分の不甲斐なさも思い出し、玄は刺された痛みを忘れ、続けて跳ぶ。
「思い知れ」
玄は自身の足に霊力をまとわせ、青鈍の背中を目指した。
***
今まさに、皆がそれぞれの戦いをしている。
しかし、外での喧騒が静まった。
だからより一層、大広間にいる華火の集中力が高まる。
私は天候を操る。
ここにはない晴天を生み出す。
思い浮かべるのは、苦い思い出のある上での生活。けれど、どんな時も、華火は術を使い続け、空を眺めていた。その天に近い上の天候は、浄化の力が強いとされている。
それならば、紫檀が対峙している障りにもかなりの効果があると考えた。
私の力は、大切な皆の為にある。
大広間で彼らの想いに守られながら、華火も皆を深く想う。
すると、自身が輝き出した。
『華火殿、思い切りやるがよろし』
隣にいる白蛇が楽しげに声を掛けてくれる。
けれど、山吹が結界を解いたのが見える。そして上からの物音が止めば、代わりに地響きがした。
何が起きているのかわからない。
けれど今は、私のすべき事を全うする!
華火が心を決めれば、天候の名が浮かぶ。
それを迷わず、叫んだ。
「天候、
華火が想像したものよりも眩い光が降り注ぎ、視界が白に染まる。
そこへ、紫檀の弾む声が響く。
「白蛇、華火、ありがとね!」
視力が戻れば、逃げ場を失ったように、庭の真ん中で身を寄せ合うように固まった障りが目に入る。
その周りを、紫檀が自身の霊力をまとう薙刀を地面へ走らせながら、駆けている。
痛みはなかったようだな。
紫檀が胸を押さえる様子はない。
その事実に安堵し、華火は天候の持続に集中した。
あの障りを送るまでは、倒れるな!
通常の天気ではなく特殊なものを生み出したせいか、ふらつきそうになる。
しかし唇を噛み、必死に耐える。
そこへ、木槿の駄々をこねるような声が聞こえてきた。
「あのさぁ、結界解くとか、何してんの!?」
山吹の首を今にもはねそうな形で留まる刀を持つ木槿へ、山吹の力強い声が響く。
「木槿に僕は殺せない。もし斬られても、僕は傷を癒せる。だから、誰にも殺させない。僕を本当の意味で殺せるのは、僕だけだ」
その言葉で、木槿が刀を下ろした。
「山吹の癒しは、限界があるじゃん。瀕死の奴を助ける時、相手の生命力だけじゃなくて、山吹の生命力も使うし。下手したらそれで死ぬ」
「それでも、死なない。死んだら誰が治すの?」
「もうさぁ、何なの。じゃあ尚更、結界解かなきゃいいじゃん」
「僕はこれからも、誰も傷付けない。そして、傷付けられないから。それを証明したくて結界を解いたんだよ」
一瞬、きょとんとした顔になった木槿が、破顔した。
「山吹ってさ、意外に馬鹿だよねぇ。そこが大好きなんだけどね!」
けらけら笑う木槿の顔が、山吹から逸れる。
何を見ているのかと思えば、山吹が動いた。
「玄、派手にやったね」
「これぐらいで勘弁してやる」
何があったのかわからないが、無事か。
姿は見えないが玄の声が聞こえ、胸を撫で下ろす。そして華火は紫檀へ視線を戻した。
すると、彼は足を止めていた。
「俺の送り火、存分に味わいな」
紫檀が藤色に輝く薙刀を地面へ突き立てれば、障りを閉じ込めるように紫の火柱が上がる。
その中で、蠢く黒煙が徐々に小さくなっていく。
「玄、これなら行けるだろ!」
「任せろ」
普段とは違う言葉遣いのままの紫檀へ、玄のはっきりとした声が応える。
「送り火」
そして地面を、障りよりも闇のように深く黒い炎が走り抜けた。
激しさはないものの、静かに全てを覆い尽くすその様子に、華火の目が奪われる。
その瞬間、自身の光と天候が消えてしまった。
「あっ!」
『ほほっ。まだまだですな。しかし、心地良いお天気でしたな』
まるで日向ぼっこを楽しんだだけのような白蛇の様子に、華火の力が抜けた。
そこへ、山吹の叫び声が届く。
「玄!」
何だ!?
切迫した様子に、華火はふらつきながらも外へ急ぐ。
すると目に飛び込んだのは、浄衣を血に染めた玄が膝をつく姿だった。
「ちょっと、貧血?」
「馬鹿が。刺されてんのに動きすぎなんだよ。玄は変わんねーのな、そういうとこ」
「青鈍、少しは素直になったねー!」
呟く玄に、口元の血を拭いながら起き上がる青鈍が、呆れ顔で言葉を吐く。そんな青鈍へ笑い声を上げた木槿が、彼を支える。
その中で山吹は、玄と青鈍へ治癒を施していた。
あちらは皆、解決した、のか?
不思議な光景を眺めれば、いきなり紫檀の声が近くからした。
「白蛇、ありがとね」
『少しは役立ったようだな』
華火のすぐ横まで来ていた紫檀が白蛇からこちらへ目線を移せば、笑みが深くなる。
「さすがはあたし達の統率者ね! と言いたいところなんだけど……、俺の想像以上だった」
口調の変化と共に、男狐のように見える表情へ変わっていく紫檀から目が離せない。そんな華火の耳元へ、彼はそっと顔を寄せてくる。
「華火の想い、確かに受け取った。天候も、送ってくれた力も、今までで一番最高のものだった」
それだけ言うと、紫檀は華火から離れ、普段通りの微笑みを浮かべた。
「ありがとね、助かったわ! これからも頼むわね!」
紫檀へ頷く事しかできない。その間も、華火の心に彼の言葉がゆっくりと溶けていく。
最初、紫檀に、私はいらないと言われた。
なのに、このような事を言ってくれるなんて……。
仲間として力になれた喜びと、そしてほんの僅かに、胸が知らない痛みを宿した。
けれどそれの正体を突き止める前に、華火は思い出す。
「……真空。真空からの連絡がない! 柘榴と白藍からもだ! あちらへ急ごう!」
こちらへ来るなとは伝えたが、真空の性格上、現れそうな気がしていた。けれど、未だ姿を見せず、管狐からの返事もない。
ならば、その身に何か起きたのかもしれない。
自身の考えに華火は血の気が引きながらも、柘榴と白藍、そして織部と竜胆の無事を確認すべく、管狐を召喚した。
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