第35話 機を窺う
目の前で、黒煙のような巨大な障りに紫檀が呑み込まれ、華火は絶句するしかなかった。
それだけでは足りないとでもいうように、障りが大広間を目指してくる。
けれど急に、ぴたりと動きを止めた。
これは……?
何かが、大広間を守っている。
障りが触れ続ける他の場所は、ゆっくりと崩れ始めた。
しかし、ここだけは変わらない。
『華火殿。ここにいて下され』
「何故?」
『あれが、ここを。いや、華火殿を守られている』
白蛇が見つめる先には、神棚。そこには、白藍が作ってくれた皆のぬいぐるみがある。それらが各自の霊力で淡く輝いている。
「そ、んな」
皆がどれ程の想いを込めてくれたのだろうと、華火は涙が溢れそうになった。
私はただ、守られるだけでいいのか?
自分には、皆のような力がない。
そして皆の過去もあり、手を出すのは気が引けていた。
しかし、今動かねば後悔する。
その想いだけで、華火は立ち上がった。
「私も戦います」
『ならば、わしもお供しますぞ』
止められるかと思ったが、白蛇はシューと音を出し、鎌首をもたげた。
すると、縁側の存在した辺りにまだ漂う黒煙の一部が、霧散した。
「寂しいからって、しつこいわよ」
「紫檀!」
藤色の炎を全身にまとい、薙刀を横へ薙ぐ紫檀の姿が目に入り、華火は駆け寄る。
「待って! こいつね、身体の中に入ろうとしてくるから! そこから出ないで!」
「しかし!」
紫檀が送りの力を込めた炎で身を守りながら戦っている事を理解し、華火の焦りは募る。
「だからね、そこから援護してほしいのよ」
「援護?」
「華火と白蛇が得意な事は何?」
紫檀が楽しげに笑ってくれるのは、きっと華火達に心配させない為だろう。そんな気遣い、今は無用だが、華火は彼の気持ちに応えるよう、大きな声を出す。
「お天気占いだ!」
「そういう事! 障りは陽の光が苦手でしょ? だからね、少しの間、お天気で障りの動きを鈍くしてほしいのよね」
話しながらも、紫檀は薙刀をくるくると回し続け、障りを寄せ付けないようにしている。
「だから最高の晴れ、よろしくね!」
そう言って、紫檀は黒煙を突っ切るように駆け出す。
それに反応したように、辺りを覆っていた黒煙が集まりながら、紫檀を追いかける。
すると、結界に包まれた山吹と木槿が現れた。
そして、屋根を走る音が響く。
山吹は木槿を守ったのか。
そして上には、玄と青鈍か。
皆の無事がわかり、華火の気がほんの少し緩む。
『
いち早く、白蛇が術を使う。結界内に強い光が降り注ぐ。
空に一点の雲もない晴れた天気を意味する、日本晴れ。確かに、最高の晴れだ。
障りの動きが明らかに鈍くなり始めた。
だから、華火も迷う事なく同じ天候を使えばいいだけ。
しかしふと、記述書の内容を思い出した。
『術者の経験と揺らがぬ想いが天候を生み出す』、だったな。
ならば私は――。
皆への負担が気掛かりで、試した事はなかった。
けれど、今は仲間として任された気持ちに応えたい。
ただその一心で、華火は最高の晴れを生み出そうとしていた。
***
下では紫檀が派手に暴れているが、分散する障りを弱らすまでには至っていない。
玄の送り火は障りの大きさに比例して、力の消耗が激しくなる。巨大な障り程送るのが難しい為、紫檀のように、柘榴と白藍も自分が送りやすいように協力してくれる。
だからこそ、玄も本来のお役目へ向かいたい。しかしまだ、青鈍を黙らす事ができない。
「よそ見する余裕があるのか?」
「あの障りは俺にしか送れない」
屋根の上へ逃れたが、社も一部しか残っておらず、足場が少ない。
その中でも、青鈍は体術を交えてくる。
「じゃあ早くしねーとな」
頭部を狙う蹴りをしゃがんで避ければ、回転で勢いをつけた刀が玄の顔面へ向かってくる。それを蹴り上げるように宙返りをし、青鈍の追撃が届かない距離を作り出す。
けれど後ろには足場がなく、もう逃げ場がない。
「俺は送り狐だ。邪魔するな」
「偉くなったもんだな。だったらな、俺を倒してみろよ」
「偉くない。でも、倒す。青鈍が、俺を強くした。それを証明してやる」
今、紫檀が障りを引きつけている。だから下へは降りられる。しかし、玄はここでの対峙を選ぶ。
指南所で過ごした日々の中で、お互いの癖は知り尽くしている。きっと今でも、その片鱗は残されているはずだと考え、前だけを見た。
青鈍を納得させる事が出来れば、いい。
それに、華火への仕打ちは許せない。
どちらの想いも込め、玄は脇差を構える。
そして、青鈍が動き出す瞬間を待った。
***
黒煙が引けば、山吹の張り直した結界の中で、真正面から
「やっぱりどこまでも、山吹は山吹なんだねぇ」
「どういう事?」
「変わんないよね、誰でも助けちゃうところ。そこが、俺が山吹の大好きなところ」
木槿は笑うが、山吹はそれが自分のすべき事だからこそ、そう動いているだけ。それを認めても尚、自身を戦わせようとする彼の真意がわからない。
「木槿が僕を気に入ってくれてるのはわかる。それならどうして、僕の望まない事までさせようとするの?」
「大好きだから、それを望むようにさせたいだけだよ?」
木槿は自分の中で答えが出ていると、説明が足りないんだよね。
彼の変わらなさを見付けるが、それならもう少し聞き出さねばと、山吹は言葉を考える。それができる程、今の木槿からは戦意を感じない。
「僕が大好きなら、僕に誰かを傷付けさせないでほしい」
「だーかーらー、それがだめなんだって!」
さて、理由は何だろう?
むくれ顔になった木槿だが、彼の口は動き続けた。だから山吹は静かに待つ。
「俺ね、自分の大好きな
この言葉は、他の皆へも向けられている。そして特に、誰かを傷付ける事を恐れる自分へ向けられた愛情なのだろうと、山吹は感じた。
だからこそ、問う。
「木槿の気持ちは嬉しいよ。でもね、僕の考えは変わらない。だからこそ、聞きたいんだ。そんなに大切に思ってくれているのに、どうして僕達を襲うの?」
昔の幻牢を持っていた。
考えたくはないが、木槿達は上から指示を出されているんだろう。
もしそうならば、僕達には戦う理由なんてないんだ。
望まぬ戦いに身を投じる木槿達を助ける事はできないかと、山吹は考え続ける。
しかし、木槿のまとう空気が変わった。
「大好きだから、だけど?」
木槿が軽く視線を上げる。それは、社の上にいる青鈍へ向けられていた。
青鈍を助けたいのか。
そう考えながらも、山吹は身構えた。
「大好きだから、他の奴に殺されちゃうなんて、許せないし」
木槿と視線がぶつかれば、同時に彼の刀が山吹に向かって斬り上げられる。
だが結界を張り、間一髪で防ぐ。
「だからさ、仕方ないんだよねぇ」
間近に迫る木槿の紅紫の瞳を見つめながら、山吹はこの状況を打破する
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます