第34話 彼らの戦い

 華火達の住まう社の庭が別世界となる。

 青鈍と木槿むくげが霊力をまとわせる刀を構え、初めて見る大きさの巨大な障りが、壁のように立ちはだかる。

 こちらも紫檀と玄が得物を握り、華火もすぐにでも天候が操れるように印を組もうとした。

 しかしその前に、更に山吹が結界を木槿に張る。


「界」

「うっそ。山吹、俺の事閉じ込めちゃうの?」

「一匹だけなら、しっかり閉じ込めておけるから。それに、僕は僕の戦い方しかできないからね」

「いひひ! そうそう。これ、戦いだからねぇ。わかってるじゃん、山吹」


 挑発するような木槿に対し、山吹の表情は冷静そのものに見える。

 しかし木槿が結界へ刀を走らせれば、ぎぎぎと嫌な音がする。けれどまた強化するように、赤みの強い黄色に光る結界が厚さを増したように思えた。


 結界に攻撃を受ければ、山吹は痛みを感じ続けるだけだ。

 どうすればいい……。


 だが、山吹と木槿の対峙に華火が割り込んではいけない気もして、今後の動きに悩む。

 そこへ、紫檀の落ち着いた声が聞こえてきた。


「あの障り、弱らせるから。その後は任せるわよ」

「……わかった。それまでは、青鈍に邪魔させない」


 紫檀の言葉に、玄が脇差を握り直した。


「送り火」


 紫檀が薙刀へ送る力をまとわせる。

 そして、黒煙のように揺らめく一つになってしまった障りへ向かって駆け出した。

 それを見届ければ、青鈍が口元だけで笑い、玄に向かって顎をしゃくった。


「行ってくる」


 それだけを言い残し、玄も動き出す。

 すると、後方から声が響いた。


『これは……!!』

「あっ! 白蛇さん、こんばんは! そこ、危ないから! 離れて離れて!」


 さすがにこの騒ぎでは白蛇も気付いたようで、彼の鱗が虹色に光り出す。けれど、毒気を抜かれるような木槿の声に、白蛇がたじろいだのがわかった。


『……その発言、理解に苦しむ。しかし、ここの主である以上、認めぬ輩は追い払うまで!』


 再度、白蛇の鱗が輝き出せば、木槿はにっこり笑った。


「だってさ、山吹。この結界があると外の天候も遮断しちゃうでしょ? そうするとさ、白蛇さんも華火ちゃんも、暇でしょ? だから解いてよ」

「解かない。それに僕達には、話し合いが必要だ」


 ゆっくりと、山吹が木槿に近付く。

 周りでは、青鈍が玄の素早い攻撃を受けながらも、急所には当たらないよう、刃で軌道をずらしているように見える。

 そして、紫檀は障りの気を引くように、大げさな動きで相手を翻弄しつつ、少しでも華火達から離れた場所へ誘導しているようだった。


 私はただ、見ているだけなのか?


 それぞれの戦いがあり、邪魔をしてはいけないのは理解できる。けれど、仲間の為に動きたい気持ちは抑える事ができない。だから思わず一歩踏み出せば、白蛇に止められた。


『華火殿。今は我慢の時。本当の窮地に陥った時、思う存分暴れましょうぞ』

「……はい」


 いくら鍛錬を積めるようになったとはいえ、その期間はまだほんの数ヶ月。天候はやはり、持続しない。だからこそ、白蛇の言葉で胸が苦しくなる。

 自分に出来る事が限られている事実。しかし、嘆くのは間違い。だからこそ、華火は前を向いた。

 全力を出すその時を、見定める為に。


 白蛇様の言う通りだ。

 私の力はここぞという時に使おう。

 私が倒れてしまっては、皆の力にもなれない。

 耐えろ。皆を、信じろ。


 自分の出る幕がないのが一番だと、華火は自身へ言い聞かせる。

 そこへ、山吹と木槿の会話が聞こえてきた。


「木槿は、ずっと僕に対して怒っているよね?」

「気付いてたの?」

「あの日から、僕達の時間は止まったままだ。でも、僕も玄も、木槿も青鈍も、それぞれ動き出した部分はある。けれど、本当の意味で、動かす時が来たんだ」


 真剣に言葉を伝える山吹の表情は見えないが、木槿の顔には嫌な笑みが浮かんだ。


「あのさぁ、山吹、やっぱり勘違いしてるよね?」

「勘違い?」

「俺と話し合って、何かあるわけ?」

「お互い、言葉足らずで誤解している部分もあるはず。だからこそ、理解したい」


 山吹の言葉に、木槿が思い切り笑う。


「あーあ。さっきさ、山吹、戦いって言ったじゃん。俺、嬉しかったのになぁ」


 そう言い切れば、笑みを消した木槿が両手で刀を握り、山吹の結界を貫いた。


「――っ!」

「ほら、痛いでしょ? 痛いのに何で、山吹は反撃しないの?」

「反撃する理由が、僕にはない」

「俺は山吹が一番強いと思ってる。だからね、山吹になら殺されてもいいんだよ?」


 何を、言っているんだ?


 木槿の言葉に、華火がうろたえる。隣にいる白蛇は苛立っているのか、尾を地面へ打ち付けた。


「僕は強くない。だからこそ、結界や――」

「違う。強い。だってさ、この結界を徐々に小さくしていけば、どんな奴でもぷちんと潰して、消し去れるんだし」


 山吹の言葉を遮り、木槿がおぞましい事を告げる。


 山吹の力はそんな事の為にあるわけじゃない!


 肩を揺らしただけの山吹に代わり、華火が心の中で怒鳴る。

 けれど、木槿はへらへらと笑いながら、言葉を吐き出していく。


「それが山吹お得意のやり方でしょ? 自分の手は汚さないってやつ。でもさ、いい加減、現実を見なって」

「……何が、言いたい?」


 笑みを崩さない木槿に対し、山吹は感情を抑えたような声で返事をしている。


「送り狐ってやつは、殺しの専門なんだよ? みーんな、その手で殺してんの」


 ぎききぃっと、先程から山吹の結界に突き刺していた木槿の刀が音を立て、下へ向かって動き出す。

 しかし、微動だにしない山吹へ、木槿が話し掛け続ける。


「魂をどこへ送ろうが、やってる事はその魂を終わらせる事。それ、自覚してる?」


 にやりと笑い、木槿が手首を返す。

 そしていともあっさりと、山吹の結界を回転しながら斬り壊した。


 山吹!


 華火が動こうとすれば、物凄い音が響き渡る。そちらへ視線を動かせば、玄が社の壁に打ち付けられていた。


 玄!


 もうこれは契約を発動するしかないと思えば、目の前に紫檀が降り立つ。

 気付けば白蛇と共に担がれ、大広間へ転がされる。


「ちょっとね、あれ、見た目通り煙っぽいのよね。だから、離れてて」

「まっ――」


 すぐに庭へ飛んだ紫檀へ、待ってくれと、華火は言おうとした。

 しかしいつの間にかすぐそこまで黒煙は押し寄せ、彼を包む。

 その直前、紫檀が振り返る。その顔は、いつも通りの笑みを浮かべていた。

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