第33話 旧友

 華火の袖口から顔を出したのは真空の管狐。そして早口で伝えられた内容が、大広間の穏やかな空気を塗り替える。


『華火さん、真空からです!『予言の白狐を狙う者が現れたから、そこからすぐに逃げて上へ連絡して』、です!』

「何!?」


 まさかの事態に華火も皆も立ち上がる。そして華火は、真空の管狐へ言伝を託す。


「何があった!? 今どこにいる!? 至急伝えてくれ!」

『はいっ!』


 真空の管狐が消えれば、華火は縁側から外へ飛び出す。そこで、首根っこを掴まれた。


「無闇に飛び出すな」

「しかし!」

「玄の言う通り、ここで飛び出すのはよくないよ。華火は特に」


 未だ華火を自由にしてくれない玄を恨めしく思う。しかし山吹の言葉はもっともで、華火はうなだれた。


「何もね、助けに行かないわけじゃないのよ。山吹、探れる?」

「やってみるね」


 平時と同じ顔付きの紫檀へ、山吹が真剣な顔で応える。


 どうか無事でいてくれ!


 祈る事しかできない華火は、山吹の様子を見つめる。そして彼は、はいり口の向こう側を睨んだ。


「それで隠れているつもりか!」


 山吹が声を張り上げた瞬間、ぞくりと華火の肌が粟立つ。


「さっきまではちゃあんと、隠れてたんだよぉ?」


 はいり口から見えるのは、向かい側の家屋。その裏から飛び出すように社の前へ着地したのは、山吹に声を掛ける浄衣姿の木槿むくげ。その横に、青鈍も並ぶ。


 もう隠す気はないようで、狐の面はない。だからこそ、木槿の白く長い前髪の隙間から覗く紅紫の瞳が、その存在を主張するように見開かれている。

 対して青鈍は、耳の位置で切り揃えた白い髪に、長めの前髪も分け目はあるものの、揃え方は同じ。そこから見えるのは、ただただ冷めた色をした暗い青緑の瞳しかない。


 そして彼らの手にある刀が、既に霊力を宿している。これに山吹の探索の術が反応したのかと、華火は考えていた。

 しかし、送り狐の皆が華火を隠すように動き、その姿はすぐに見えなくなった。


「お前らが騒がしいから、わかりやすくしてやったんだよ。ま、これからもっと騒がしくなるんだけどな」

 

 青鈍のくぐもった笑い声が聞こえる。

 そしてまた、真空の管狐が姿を現した。


『華火さん、真空から!『わたし達を襲ってきたのは、銀の炎の幻術使いと薄緑色の炎に包まれた龍笛を持つ、どちらも白狐の男狐! 場所はまだ色加美を出ていないと思うけれど、凄く広い無人の公園で竜胆さんが織部さんを逃す為に戦ってる!』


 この言葉に、柘榴と白藍が振り向く。

 しかし管狐はまだ真空の声で話し続けている。


『わたしには用がないからと、わたしだけそちらに向かう事ができた! わたし達の上へは今から連絡をするから、華火達の上へも連絡をお願い!』です!』

「わかった。こちらにも既に白狐がいる。来てはいけないと伝えてくれ!」

『はいっ!』


 華火が話し終えれば、木槿の声が響く。


「あーあ、女狐逃しちゃうなんて。やっさしいなぁ!」


 ぶざけた調子で笑い出した木槿と違い、青鈍の静かな声もする。


「予定が狂ったが問題ない。俺らも始めよーぜ」


 しかし割り込むように、柘榴が声を張り上げた。


「俺は、竜胆達の所へ向かう!」

「同じく」

「はぁ。ま、止めても無駄だろうし、こっちは任せな。せいぜい頑張ってこい」


 柘榴と白藍の言葉に、薙刀を準備し終えた紫檀が彼らの背中を押す。その間に、山吹は上の連絡を済ませていた。


「前みたいな結果は聞きたくねぇからな?」

「当たり前だ!」

「柘榴が足を引っ張らねばな」

「うるせぇんだよ!!」


 口調の変わった紫檀へ宣言する柘榴と白藍が、このような時でも揉める。しかし、場所の見当は付いているようで、管狐を召喚して空へ飛んだ。


「柘榴、白藍! 何かあれば管狐へ! 契約はいつでも発動するからな!」

「おうよ!」

「その言葉だけで充分、鼓舞となる」


 急ぎ華火が声を掛ければ柘榴が笑い、白藍の表情も柔らかくなった。その瞬間、管狐が駆け出した。

 そして皆、得物を構える。

 すると、木槿の満足そうな声がした。


「いひひ! やっぱりね! 柘榴も白藍も負けず嫌いなの、変わんないねぇ。まぁ今回は、無事じゃ済まないだろうけど」

「今日は手加減しねーぞ。この結界を解け」

「こんな場所で戦うなんて、正気?」


 周りには民家があり、結界を張らず、派手に動く事は不可能。だからこそ、山吹が青鈍の発言に静かな怒りを込めたのがわかった。


「俺らはそれでもいーんだけどな。一度解いて張り直せ」

「わざわざ中に入ろうとするなんて、何を企んでんのよ?」

「企んでるっていうか、善意の提案なんだよね、これ!」


 またも指示だけを出してくる青鈍へ、紫檀が真意を尋ねる。しかしそれに答えたのは、木槿。

 すると、玄の体が大きく揺れた。


 何だ?


 皆の後ろにいるせいで、向こうの姿が見えないまま話が進んでいく。だからいい加減、華火も横へずれた。

 すると青鈍と木槿の指に摘まれた、小さな金の吊灯篭が目に入った。


 まさか、玄の事件と同様の事をする気か?


 またも皆の過去の傷を深くするような行為に、華火は自然と鉄扇を持つ手に力が入る。


「結界をまた壊してやってもいいが、これを見たら入れざるを得ないだろ? どうせ一時的に招き入れたとしても張り直すんだろうから、いっそ解除して、障り用の結界でも張ってくれよ、山吹」


 青鈍が微かに笑えば、山吹はすぐに結界を解いた。


「これで満足? でもね、もう昔の僕達じゃないよ」

「そうかよ」


 青鈍と木槿が社の領域へ足を踏み入れれば、山吹が結界を張り直す。


「じゃあさ、違いを見せてよ、山吹」


 木槿がにたりと笑えば、彼らはお互いの幻牢へ触れる。すると、二種類の霊力に反応したように、上の蓋がぱかりと開いた。


「……あれは、昔の幻牢」

「何故それを奴らが……?」


 玄の呟きに、華火も思わず声を出す。

 過去の幻牢は上で保管されていると知ったばかりの知識が、目の前の事実を邪魔してくる。


 上の物を手に入れられるのは――。


 華火の考えは気付いてはいけない事のように遮られ、巨大な障りが次々と姿を現した。


「送り狐らしく、こいつらの相手もしろよ」

「前と同じだと思った? 残念! 今回は玄ちゃん用に、更に特別仕様にしたんだよ! どこまで大きくなるかなー?」


 青鈍と木槿が話す間も、各々が凄い速さで取り込み合い、禍々しさを増していく。


 実質戦えるのは、紫檀と玄。

 それでも、私に出来る事は……。


 華火が状況を見極めようとする中、山吹が動いた。

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