第32話 戦う相手

 人間の創り上げた建物が放つ光りを受け入れる夜の空は、妖狐にとってはまだ明るい。竜胆達はそんな薄明かりの空を管狐に乗り、駆けていた。

 しかし何者かの気配を感じれば、突如、目の前が銀に染まる。両眼を焼かれるような痛みに、竜胆は舌打ちした。


 油断していた訳ではないのですが。


 まさか部分的に術を食らうとは思わず、反応が遅くなった。それ程までに、相手はその術を操る事に長けているのだろうと、竜胆は察する。

 その証拠に、もう痛みのない両目が先程までは居もしなかった魑魅魍魎ちみもうりょうを映し出す。


「さて。夜遊びは程々にしたいのですが、お互い、場所が悪い」


 竜胆が声を掛けるのは、自分達に術を掛けた者。相手をしたいところだが、管狐に乗ったまま、しかも空にいるので動きが制限される。それは相手も同じだろうと思い、言葉にしてみた。

 そして、更に問う。


「どこへ誘導したいのでしょうか?」


 竜胆達にこれ以上手を出してくる気配はなく、現状は帰路を塞がれているだけ。

 これはきっと、上が探しているお尋ね者だろうと、竜胆は見当を付けた。しかし相手の姿が見えない為、あえて誘いに乗る事にした。

 すると、夜空を流れる星のように、銀の炎が現れた。


 ここで織部達を逃がそうとしても、邪魔されるはず。

 とても面倒ですが、私が時間を稼いでいる間に上へ連絡をしてもらいますかね。


 狙いは下へ降りたばかりの白狐の統率者なら、織部の身の安全が最優先。そして真空も勘違いで巻き込まれる可能性がある為、同時に逃がそうと竜胆は考える。


「織部、誘導場所まではついて来て下さい。その後、上へ連絡しながら真空さんと逃げて下さい」

「逃げる!? 何言ってんだよ!」


 竜胆が囁いた意味が無くなり、姿の見えぬ相手から笑い声が発せられた。

 声は二つ。男のもの。しかしまだ他にもいるかもしれないと、竜胆は気を張り詰める。


「織部さん、竜胆さんの言う通りです。狙いは貴方。だからこそ、わたしが行きます。その間に上へ応援を要請して下さい」

「いや、真空さんに傷でも付けたら、そちらの送り狐さん達に申し訳が立ちませんから」


 会話をしていても邪魔が入らない事から、真空も竜胆も話し続ける。

 すると、前方から声がした。


「そちらの女狐さんに用はありません。ですからどうぞご自由に」


 真空さんには用がない。

 でも、ここで逃せば上への連絡は確実に通る。

 先程から帰る事に対しては邪魔をしてきたが、上への連絡は問題ない、という事は……。


 竜胆の頭には、最悪な物語が描かれる。


 真空さんだけ逃すのも、危険か。

 ならば、あちらと合流してもらうのが安全かもしれませんね。


 単独で隣の県を目指すより、この町にいる方が真空には被害が及ばないかもしれないと、竜胆は考えをまとめた。


「真空さん、華火さん達の所へ戻って下さい。上への連絡はしてもしなくてもいいです」

「えっ!? 何故そのような事を?」

「あぁ、それは困る」


 前を行く銀の炎が止まれば、何も困り事のないような声がする。


「あちらに気付かれるには、まだ早い」


 その言葉の意味を理解した瞬間、ぐいと竜胆の中身が前へ引き寄せられる錯覚を抱く。


「そうぐ事はない。ほら、今宵の舞台はあそこだ」


 馬鹿にしたような口調が聞こえれば、銀の炎が下へ向けて放たれる。それがぱっと花火のように弾ければ、土地の姿がはっきりと浮かんだ。


 人間が公園と呼ぶその場所は、かなりの広さがある。しかし、見る限り人間の姿はない。きっと解放されている時間が決められているのだろうと、同時に理解する。

 だからこそ、人間を巻き込まぬ良心はあるのかと、竜胆は鼻で笑う。

 そして、中身が引きずり出されそうな不快感から意識を逸らし、誘導されるままに芝生へ着地した。


 その瞬間、真空の声が響き渡った。


「からうめ! 華火達に予言の白狐を狙う者が現れたから、そこからすぐに逃げて上へ連絡してって伝えて!」

『はいっ!』


 すぐに真空の管狐が小さな姿に戻り、彼女の袖口へ消える。

 すると、中身を引き出されそうな感覚が消えた。


「あぁ、これは困りましたね」

「どうしたものか。まぁ、あいつらなら何とかするだろう」


 呑気に会話する者達が、ゆっくりと姿を現す。


 白い狐の半面。浄衣ではないが、着流し。

 そして、薄緑の炎を宿す龍笛と、銀の炎をまとう刀。

 これはもしや、以前に華火さん達を襲った者では?


 竜胆がその考えに辿り着き、得物を構える。そして、青紫色の炎を槍へと宿す。

 それに続くように、織部と真空も動く気配がした。


「さて。うちの織部は予言の白狐ではないと思われます。そして華火さんは一度試しているはず。なのに、どのような用がおありで?」

「そうか、はずれか。まぁ、それはもうどうでもいい。今はただ、お前達を動けなくするだけだ」


 もうどうでもいい。

 本当の目的はいったい……。


 銀の炎を刀に宿す白狐の言葉に、竜胆は頭を悩ませる。

 そして、その男狐の長い髪が風にさらわれれば、真空の管狐の声がした。


『真空、華火さんから!『何があった!? 今どこにいる!?』との事だよ!』


 その場から逃げているのかわからないが、華火の焦りの声がする。

 しかしどちらにせよ、華火をここへ来させるのはまずい。

 だからこそ、竜胆は時間稼ぎよりも倒す事を決めた。


「では予定通り、私がお相手します。だから真空さんは華火さんのところへ。織部はそこで見ていて下さい」

「でも……!」

「見てるなんて状況じゃねーだろっ!」


 竜胆は前だけを見据え、言い切る。真空と織部がそれぞれ反応を見せたが、竜胆が目の前の男狐達から視線を外す事はなかった。


「真空さんはこちらの状況を伝えてから向かって下さい。織部はうろちょろしないように。これ以上、言う事はないです」


 殺気を感じない男狐達を不思議に思いながらも、じりじりと間合いを詰める。


 この両目は使いものにならないでしょうね。

 だからこその余裕、か。


 未だ竜胆の目は、様々な妖の姿を捉える。幻術に囚われたままは癪に触るが、解除できるものではないので気を逸らす。

 そして真空が指示通り動き出すのがわかり、管狐へ言伝を託しながら駆け出した。

 本当に真空には用がないらしく、面を着ける男狐達は動かない。


「では、始めるとしようか」


 真空がいなくなったのを合図に、銀の炎がそれを操る男狐の声と共に地面へ広がる。


 幻術を強化する気か。


 竜胆はそれを阻止すべく、動き出そうとした。

 しかし、もう一匹の男狐に龍笛を吹かれれば、先程よりも強く中身が引きずり出されそうな感覚に身体を支配される。


 不快感があるという事は、織部との絆がそこまで深まっていない、という事でしょうね。


 息苦しさに胸を押さえながらも、竜胆は白藍と柘榴の言葉を思い出す。


『華火との、はっきりとした結び付きを感じた』

『そうしたらな、不快感が一気に消えて動けたんだ。契約とはここまで凄いものなんだな!』


 結び付き……。

 私も感じたのですが、まだまだのようで。


 今すぐどうにかなるものではない。だから耐えてやり過ごそうと決め、竜胆は集中した。


「くそっ……!」


 しかし後方に控える織部の苦しげな声が聞こえ、竜胆は決断する。


 幻術を先にと思いましたが、龍笛からにしますか。


 目標を定め、どのような幻術を見せられても倒すと心に決める。

 けれど急に、不快感が消えた。


「最初に言っておこう。自分達は戦い慣れていない。だからお前達の相手は、これだ」

「――っ!」

「いてぇ!」


 両眼が痛めば、織部の声も響く。

 そして目の前に現れたのは、偽の竜胆と織部の姿だった。

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