第31話 懸念
皆が過去の話を終えれば、大広間で円卓を囲む彼らの顔がすっきりとしたものに見えた。
だからこそ、華火の頬が自然と緩む。
「こうして皆の話を聞かせてもらえるのは、幸せな事だな」
「華火は大げさ」
照れ臭いのか、玄が頬を染めそっぽを向く。
「大げさかもしれないが、私はそう思ったんだ」
ふふっと笑えば、玄がこちらへ顔を戻し、睨みつけてくる。
そこでふと、華火は思い出す。
「そういえば、幻牢を作り替えたのは何故だ?」
華火は幻牢について、『一時的に魂が望む幻の中に閉じ込めておける、手で包める程の小さな金の吊灯篭』としか知識がない。だからこそ、仕組みもよくわからず、作り替える事ができるのかと不思議でならなかった。
「作り替えたとはいっても、昔の幻牢もまだあるにはあるんだ。記録として、各大社の宝物殿に保管されているんだよ」
華火の問いに、山吹が静かに話し出す。
「今の幻牢は使用者の霊力が記録され、その使用者のみ、開閉できる。でも昔の幻牢は、単独で任に当たるのは危険だからっていう理由で、使用者以外の誰かの霊力も必要だったんだ」
山吹が言葉を切り、目だけを僅かに細めた。
「けれどね、裏を返せば、使用者の記録が残らず、複数の霊力を送れば開閉する仕組み。そして魂がいるのに幻牢を悪用する者は、指南所にはいなかったんだろうね。だからこそ、青鈍と
山吹の表情が険しくなったが、そのまま言葉を紡いでいく。
「みんな無事だったとはいえ、送り狐だからこそ、魂をぞんざいに扱った事で青鈍と木槿は反省部屋送りになった。そこで更生したと思われたのか、指南役が謝罪をと、玄と引き合わせた」
ちらりと、山吹が玄を見る。すると、続きは玄が引き継いだ。
「俺は事件の後、送り火がうまく使えなくなった。なのに、夜は勝手に送り火を出したりした。眠ると、夢の中に障りが現れるから、あの時の恐怖のまま、送り火を出してたんだ。だから、眠れなくなった。でも、山吹にはその事でも助けられた」
玄は山吹と同じ、首筋で切り揃えられた髪へ触れた。そのまま、顔の横だけ胸までの長さの残る髪をまとめる、緑の筒状の髪留めまで指を滑らせた。
「山吹が支えてくれたから、俺は送り狐になれた。俺も、山吹みたく強くなりたいって思えたから。だから、山吹に少しでも近付きたくて、同じ髪型にした。その時に、山吹のぬいぐるみも、もらったんだ。そんな時、青鈍と木槿が戻ってきた」
髪留めを握り、玄がゆっくりと息を吸う。
「『あの後、不眠になったんだってな。そんなんじゃ、お役目に就いても使い物にならないだろ。先に事実が知れてよかったな』って、青鈍に言われて、『玄ちゃん、あれが送り狐のお役目なんだよ? 勘違いしちゃだめだからね?』って、木槿からも言われて。それを聞いていた指南役が、反省が見られないからって、印付きとして外へ出して、あいつらは野狐になった」
昔の事を吐き出せば、髪留めから手を離して、玄は黙った。
「その言葉は、一緒にいた僕にも向けられていたからね。彼らは間違った事をしたつもりはないんだ。だからこそ、降格になったんだよ。送り狐とは、迷える魂を導く者だ。それを、忘れてはいけないんだ」
静かな大広間に、山吹の声だけが響く。
この先、また青鈍と木槿と対峙する事があれば、その度に皆は過去に囚われるのかもしれない。
本当の意味でこの出来事を乗り越えるにはまだ時間が必要かもしれないと、華火は皆の心を気に掛けた。
***
蘇芳は寝所で書物に目を通していたが、ふと顔を上げる。雲が月を隠したようで、闇に包まれたように思えた。
さほど困る訳ではないが、蘇芳はすぐそばに置いてある
予言の白狐についてを、天までもが隠すのか。
蘇芳が読む書物には、下での不審な騒ぎの一覧が記されている。その中の、被害が及んだ白狐の統率者の共通点に着目する。
今わかる事は、実力のある者と、何かしらの問題があると噂が立つ者。しかしこれといって、予言の対象となる者は見受けられない。
そして騒ぎを起こしている野狐の発言に目を移せば、天下を夢見る痴れ者ばかり。新たな統率者に捕らえられた者もいる。
しかしその騒動に紛れる者は、未だ自由だ。
本当に、進みが悪い。
各社からの報告も頻繁に届くようになったが、私のいるここの進みの悪さは、理由があってのものだろう。
結い上げた髪を解き、軽く頭を振る。はらりと頬へ落ちるのは、自身の朱の髪。しかし今は暗がりを含む色味となり、蘇芳の瞳の色に近い。
急遽、入梅に行われる事となった総会。きっと犬神から狐の騒動について触れられるのであろう。
その時、我らが相談役の統括殿は、どのような対応をするのだろうか。
その発言次第で、私もまた直接動かねばならぬだろう。
ふぅと軽く息を吐き、髪をかき上げる。
しかし、私が動く理由を悟られるにはまだ早い。
蘇芳の頭には、華火とその送り狐達が浮かぶ。
次はどの手を打つか。
考えに耽りながらも、
そして、特殊な
「これを
『いただきます』
鈴書をぱくりと咥え、管狐はすぐに姿を消した。
相談役のみが使用できる鈴書は、管狐が口に含む事で形を変え、小さな鈴となる。これに名を書かれた者が自身の炎で燃やせば音が鳴り、その者にだけ言葉として聞こえる仕組みとなっている。
上手く立ち回れ、黎明。
くれぐれも
自身の考えを唯一知る者の安否を気遣いながらも、そんな彼を利用する自分の愚かさを呪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます