第28話 動き出すその先には
夕暮れ前のまだ明るい色加美の町中を、ごく有り触れた女狐に扮する青鈍達がしずしずと歩く。
格好は
この時間帯は人間とすれ違う事の方が多い。しかし、お役目のない妖も少なからず活動している為、違和感はない。
だからこそ、普通の女狐のように談笑するふりをしながら、ここの送り狐達が住まう社の前を何事もなく通り過ぎる。しばらく歩き続け、角を曲がる。
すると、
「あのさぁ、さっきのあれ、何?」
青鈍達が予言の白狐に目星を付けている最中に、色加美町へ頻繁に出入りする狐達の存在に気付いた。
巫女装束の女狐と白衣白袴の男狐。そして、浄衣の送り狐と思われる者。ならば、他は統率者だろうと見当を付ければ、当たりだった。
この前の再会から、もうひと月以上経つ。立夏はとうに過ぎ、五月も終わろうとしている。
けれど山吹に全く会えず、その事で不貞腐れていた木槿が青鈍に絡んできた。
「通い狐」
「そうじゃなくて! あいつら、仲良すぎじゃない!?」
「うるさいぞ。騒ぐと気が散る」
「おぉ、恐ろしい。嫉妬とは見苦しく、何も生み出しません。いや、何かに昇華できるのであれば問題ありませんね。どうです? 今の感情を込めて、今夜は
青鈍がありのままを伝えれば、木槿が癇癪を起こした子供のように騒ぎ立てる。
今、こうして堂々と町中を歩けているのは月白の幻術のお陰。この町を出て、訳あり者が集う宿まではこのままだ。だからこそ、彼の集中が途切れないよう、極力静かにしている。
そんな月白の努力を他所に、裏葉は木槿を刺激する。
「裏葉さぁ、何考え――」
呆れたのか、木槿が落ち着きを取り戻す。けれど、彼は目を見開き固まる。
「何の用だ?」
その様子に青鈍が振り返れば、狩衣姿の能面の男狐が佇んでいた。本来ならば顔を合わせたくない相手へ向かって、青鈍は言葉を吐き捨てた。
「どうにもここは進みが悪い。何が問題なのだろうか?」
各所で騒ぎを起こしているのは、自分達と同じ立場の妖狐だろう。それらと比べられているのはわかるが、青鈍は笑う。
「お前らの鑑識眼がなかったんだろうよ」
青鈍の言葉に木槿が笑い出す。月白も裏葉も肩が揺れている。
しかし能面の男狐は微動だにせず、話し出した。
「何を目論んでいるのかは知らないが、依頼内容の変更だ。今、色加美の送り狐の社にいる男狐の統率者とその送り狐も追加となった」
「あれを? あれもはずれだろ」
「今回成果が出せなければ、こちらにも考えがある」
鋭い殺気を隠す事なく、能面の男狐が言い放つ。
予言の白狐を探し出す時間稼ぎがしたかったが、限界か。
こんなに急かすのには意味があるのだろう。それはきっと、上の事情だ。
「他にそれらしいのがいるが、それらを放って、ここにいる奴らを優先すればいいのか?」
「そうだ。決行は
また言いたい事だけを捨て置き、能面の男狐は夜の闇のような炎に包まれ消えた。
暦上の梅雨入りまでか。入梅に、何かあるのか?
それに、予言の白狐を探しているのは本当だろうが、それが目的じゃねーな。
依頼通りに動いた結果、上で何かが起きるのではないかと、青鈍は顔をしかめる。
「ほっ!」
考えに耽りそうになった青鈍の耳に、木槿の間抜けな声が届く。
「……一応聞いてやる。何してんだ?」
「さっきの奴、まだいるかなと思って」
能面の男狐がいた辺りを、木槿が刀で斬りつけている。運良く当たれば殺しかねないが、それでもいいと思っているのだろう。それぐらい、木槿の顔には迷いがない。
「幻術の使い手は月白だけで十分なのですが……」
「向こうも隠す気はないようだしな。だからだろうが、術を発動したまま接触してくるのだろう。そのせいで、俺の幻術は無いものにされているが」
うんざりした顔をする裏葉へ、同じ幻術使いの月白はそれだけ言うと黙った。
厄介な事に、幻術使いは自身の目に術を掛ければ、幻術を破れる。だからこうして、青鈍達の本当の姿を見た上で話し掛けてきたのだ。
さて。めんどくせーが、動くか。
今日も筆談が捗るなと、青鈍は頭の中で計画を立て始めた。
***
三日後には入梅。冬程ではないが、梅雨時期は障りの力も強まる。なので必然的に、お役目が忙しくなる。
だからこそ、今日まで手掛かりらしいものが掴めず、何もできなかった事を、華火は管狐を通して姉と兄達から詫びられた。
今、こうして無事でいるのだから、気にする事はない。けれども、自分をずっと気に掛けてくれる想いはしっかりと受け取った。
それと同時に、どこかへ消えてしまったような青鈍達の行方も気になった。だからこそ、別の犠牲者が出なければいいと、華火は祈る。
そして、あまりこちらへ来る事が出来なくなるからと、真空・織部・竜胆が今日は遅くまで華火達の社にいる予定だ。
ならば、この町の美味しいものでも用意しようと、華火は真空・山吹・玄と共に、商店街へと到着した。
「真空は待っていてくれてもよかったんだぞ?」
「いいえ! 華火が行くなら共に行くのが真空です!」
元気いっぱいに答えられ、華火は声を出して笑う。
すると、前にいる山吹と玄が顔だけをこちらへ向けた。
「真空さんは本当に華火が好きだね」
「はい!」
「よくそこまで、はっきりと言えるな」
にこりと笑う山吹と呆れ顔の玄に続き、商店街の入り口をくぐる。
すると、狸の声がした。
「どうも。そちらの女狐さん、新入りさんですのん?」
「いえ、違いますよ。仲良くしてもらっている隣の県の統率者ですよ」
「真空と申します」
栃が煙管片手にのんびりと近付いてくれば、山吹が真空を紹介する。それに応えるように、真空は頭を下げた。
「自分は栃いいます。よろしゅうに。そういや小耳に挟みましたけど、なんやこの時期に似つかわしない障りが現れてるそうで。ちぃっとばかし前は離れた県でしたが、今はだいぶ近いとこでも目撃されてるみたいで。あんまりにも騒がしいと犬神さんにも睨まれるやろし、山吹さん達も気ぃ付けて下さい」
どうやらこれを伝えたいが為に声を掛けてきたようで、栃はひそひそと囁く。
「この前の事もありますし、留めておきますね。だからこそ、栃さんの言葉が怖いなぁ」
「あれ、結局なんやったんですのん?」
「栃は知らなくていい。でも、他の狸からの情報は教えろ」
「そんなん、自分に何の利益もあらへんやないですか。そない酷い扱いせんといて下さいよ、玄さん」
山吹が大事だと伝わらないようにする為にか、冗談めかす。
だから、栃は踏み込んできた。それが心配からなのか好奇心からかはわからないが、真実を知りたいと思うのは普通だろう。そう考える華火を他所に、玄がつれない返事をすれば、栃が垂れ目を見開き嘆いた。
***
和気あいあいと囲んだ夕餉も終わり、真空達は帰り支度を始めている。
「いつも悪いな」
「華火は一度襲われています。だから騒ぎが落ち着くまで、遠出はしない方がいいんです」
真空は鈴に付いている
彼女の得物は
「それを言うなら織部もだろう。予言の件が落ち着いていないのに、こんなに頻繁に他県へ出向くのは危険だろう? なのに、何回止めても来てくれるとは思わなかった」
「華火との約束だからな。可能な限り叶えたかっただけだ。それにな、おれは強い」
もう帰り支度を済ませた織部が、ふざけた調子で言う。それを見て、真空が呆れ顔になれば「華火はわたしが守らなきゃ」と、妙な事を呟いた。
そして、織部の近くにいた竜胆は真顔のまま、口を開いた。
「そのようで。何かあっても、私は居ないものとして扱って下さいね」
「何で怒ってんだよ?」
「織部は自らここへ来たがりましたよね? なのにまぁ、よくもそんな偉そうな事を」
「何言い出すんだよ!!」
相変わらず仲が良いようで、竜胆と織部のやり取りを華火は微笑ましく思う。
織部の社は在籍する送り狐が多く、先代統率者も交代予定は今のところない。そのお陰もあり、のんびりとお役目に慣れている最中だそうだ。
だから今、竜胆のみが織部の送り狐の為、道中の護衛も兼ねて、こうしていつも付き合ってくれている。
「お互い、しばらくはお役目に励もう」
「そうだな。梅雨が明けた頃に、また来る」
「真空もです! 華火、管狐でいつでもお話ししましょうね!」
「それまでに騒動が落ち着くといいですね」
華火に対し、織部・真空・竜胆はそれぞれ言葉を残してくれる。
次に会う時には少しでも成長した姿を見せたく思い、華火は日々の鍛錬とお役目に励もうと、決意を新たにした。
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