第29話 思い出話
友を見送れば、静かな夜が訪れる。
白蛇はもう眠りに就き、華火達は大広間でくつろぐ。
お役目までにはかなりの時間がある。なので円卓を囲み、皆でのんびりと語らい始めた。
「しょっちゅう出入りしてたのが当分来なくなると思うと、寂しいな」
「ならば、柘榴だけ向こうへ派遣する手筈でも整えるか」
「はぁっ!? 何でそんな話になるんだよ!」
「ようやく静かになる。しかし、柘榴はいるだけでうるさい。だからだ」
「だからだ、じゃねぇだろっ!!」
相も変わらず、柘榴と白藍が揉め出す。
先程までのしんみりとした空気は嘘のように消え、いつもの光景が戻る。
本当に、仲が良いな。
皆、それぞれの形で繋がり合い、ここで暮らしている。その中に華火の居場所も確かにあり、心がじんわりと温かくなる。
「ほんと、静かになるわよねぇ。あたしとしては良い相手に恵まれたから、また会えるのが楽しみだけど」
「竜胆さんが槍だったのもあるんだろうけれど、紫檀と戦い方が似ていたね」
「そうねぇ。でもなんか、竜胆の方がねちっこい感じね。あれは戦い方に性格が滲み出てたわ」
「あれ? それ、紫檀もだよ。薙刀の時は豪快だよね、紫檀の場合は」
「うそっ!? 戦い方は美しく! って決めてるのに!!」
紫檀と竜胆は体格も得物もほぼ同じ為、よく組んでいる。けれど戦い方はやはり少しずつ違うようで、山吹の分析に紫檀が両手で顔を覆った。
「あのさ、俺の話、聞いてくれる?」
騒がしい中、華火の隣でずっと黙っていた玄が口を開く。とても小さな声だったが、皆が静かになった。
「もしかして、玄の、送り火の事か?」
「そう。今、話しておく。いい?」
普段のぼそぼそとした話し方ではなく、しっかりとした玄の声色に華火も姿勢を正し、頷く。
それを待っていてくれた玄が、ゆっくりと語り出した。
「ここにいる俺達、そして青鈍と
それなのに何故、あんな事を……。
この前の様子から何かあったのだろうとは思っていた。しかし、そこまでの仲だった事実に、華火は押し黙る。
「どんな統率者の元へ行くかな、とか、そんな事を話しながら、送り狐としての鍛錬を積み始めた」
懐かしむような声が途切れ、玄の眉間にしわが寄る。
「だけど、俺の弱い心が、絆を、壊した」
苦しそうに吐き出された言葉の意味を華火が理解するより早く、山吹が声を出した。
「弱くなんてない。誰だって思う、普通の事だよ」
玄の反対隣にいた山吹が、彼の膝に置かれている手を握った。
だからだろうが、玄は落ち着きを取り戻したように思えた。
「俺の送り火は消滅。この意味を、俺は実際に使う直前になって、考えた。そして怖気付いた。魂を消し去ってしまう力を使う資格が、俺にあるのかって。だからそれを同室だった、山吹と青鈍と木槿に話した。『自分の力を使うのは怖くないか? 俺は、使わずに済むなら、使いたくない』って」
言い切った後、玄が山吹へ視線を送る。すると彼は、何も言わずに微笑み頷いた。
「その時、山吹が、俺の気持ちをわかってくれて、その言葉に救われた」
「僕も似た事を考えていたし、一緒だなって思ったから。悩む気持ちもわかるし、送るには戦いが避けられない事だっていうのもわかる。でも僕もね、今でも誰も傷付けたくないよ」
円卓の上だけを見つめる玄に対し、山吹は皆を見回す。
「玄も山吹もね、優しすぎんのよ。だから送り方も特化してんの」
「それぞれがすべき事をするまで。だからその想いは大切にすればよい。そうでなければ、自分達が共にいる意味がなくなる」
「前から言っているが、みんな違ってみんないい! 俺達は互いに補い合うからこそ、強い!」
優しく微笑む紫檀に続き、白藍は真面目な顔で応える。そして柘榴は拳を突き出しながら、笑っていた。
「魂を扱う事に、慣れるなんて事はないだろう。だからこそ、送り狐のお役目は重要だ」
華火が想いを伝えれば、玄がゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「玄の力は慎重になって当たり前だ。でも、永遠に続く苦しみから解放できる、唯一の力だ。それを使う時、玄の心は傷付くのだろう? それでもお役目を立派に務め上げている事を、私は誇りに思う。だからこそ、玄の苦しみはちゃんと知っておきたい」
華火をじっと見つめる玄へ、力強く言い切る。
すると彼は、目を細めた。
「統率者だから?」
「統率者、というよりは、仲間だから、だな。だからこうして話してくれた事が、何よりも嬉しい」
華火の答えに、玄が寂しげな笑みを作った。
「俺はきっと、その答えが欲しかったんだ。ここにいるみんなと、青鈍と木槿からも」
沈んだ声を出した玄は、山吹の手を引き剥がした。驚きながらもその行動を受け入れた山吹は、心配そうに玄を眺め続けている。
「俺は、仲間だからこそ、受け入れて欲しかったんだ。自分でも受け入れられない、俺の弱い心を。だけどそれは、青鈍と木槿の怒りに触れた」
「それはね、僕のさっきの言葉も、だよ」
「いや、切っ掛けは俺。山吹は巻き込まれただけ」
「何度でも言うけど、違うから」
珍しく、玄と山吹が揉めている。まるで、事件の責任が自分にだけあるとでも言わんばかりに。
皆も驚いていない事から、これはずっと続けてきたやり取りなのだろうと、華火は察した。
「この話はいつまで経っても終わらなくなる。だから今は、先に進む」
玄が頭を軽く振れば、山吹もため息をついて頷いた。
「俺が弱音を吐いたから、青鈍と木槿が動いた。それが竜胆の言ってた、事件だ」
静かに、それでも決意の宿る瞳で、玄は言い切った。
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