第27話 独自の天候
牡丹の見送りが済み、庭へ戻る。
大楠の近くにいた白蛇の側へ集まり、華火の力についてを話し合う。
「白蛇様は何を感じられたのでしょうか?」
切り出したのは華火。
それに対し、白蛇は答えを用意していたようで、迷いなく話し始めた。
『まず、結界内の天候が変化した。あの天候をわしは知らん。しかし、それによって引き出された感情は、人間を愛おしいと思う気持ちだった。華火殿のお天気占いから感情を感じる事はあったが、わしの昔の想いが鮮明に蘇ったのは今が初めて。して、皆はどう感じた?』
白蛇が送り狐達へ視線を送れば、柘榴が話し出した。
「この前程じゃないが、胸にある契約の証から、目が覚めるぐらいの電流が走った」
電流?
華火は、確かに契約が結ばれたのがわかったと聞いていた。しかし、そこまでの痛みを与えていたとは思わず、不安を覚える。
「その後に、許せないと、華火の声がしたのだ」
「何かあったとしか思えなかったから、急いだ」
続いて、白藍と玄も神妙な面持ちで語り出す。
「見ていた僕達には理由がわかったから、華火の怒りを受け入れた。それと同時に、やっぱり初心を思い出せたんだ」
「そうしたらね、また少しばかり力が勝手に引き出されたのよ。でも、この前みたく出しっぱなしにはならなかった。金の光が消えた時、普通に戻ったみたいだったわ」
山吹が自身のあごを触れば、紫檀も指先を唇へ持っていき、空へ視線を送る。
「皆にそんな変化が起きていたのか……。しかし、前回は結界の外の天候に影響が出ていたはず。なのに何故、今回は中が変わったのか。しかも電流とは……。私が感情を抑えられなければ、皆に痛みが走るのか?」
疑問はあれど皆の身体が心配で、最後は声が震えた。
「まぁ、ちょっと苦しいけど、耐えられないわけでもないし」
紫檀は気を遣ったのか、笑いながらそう言ってくれる。
「……勘違いするな。紫檀の言ってる事は本当。普段の契約発動の時も似てる。多分、華火の霊力が強いだけ。だから間違っても、感情を抑えるな」
懸念が表情から伝わってしまったのか、玄は機嫌悪くそう言い切る。
「これぐらいの方が、気合いが入るしな!」
「そうだ。それに華火の危機に気付ける」
柘榴らしい言葉に、白藍も頷きながら想いを添えてくれる。
「僕達には理由がわかっているからいいんだよ。あと考えられるのは、華火は自身が輝く時、独自の天候が生み出せるんじゃないのかな?」
山吹が華火へ優しく微笑みながら、不思議な事を告げてきた。
「独自……」
「牡丹様は特殊って言っていたけれど、今回は結界内に生み出されたように思えた。前は天候に影響を与えたけれど、二度目で少しは操れるようになったのかなって。でもまだ無意識に、みたいだね」
「確かに……。私には天候を操っている感覚がなかった」
山吹の考えを聞き、それならばこの感覚を忘れる前にもう一度試そうと、華火が皆へ声を掛けようとした。
しかしその前に、白蛇が発言した。
『今はまだ感情が暴れるままに天候を操っているようですが、その天候の名がわかれば、確実に操れましょうぞ』
「名か……。独自の天候なら、名は私が付けるのでしょうか?」
『そうでしょうな。もしくは頭に浮かぶか。天候を合わせ生む者がいると、聞いた事がある。珍しい事ではあるが、記述書にも記載されているはず。それにしても、華火殿の金のお天気は鼓舞するには充分すぎる程の、素晴らしいものでありましたな!』
華火は自身が天候を生み出せるとは露程も思っておらず、その辺りは軽くしか読んでいない。だから今一度目を通してから、皆に付き合ってもらおうと決める。
そして自分の事のように喜んでくれた白蛇へ、華火は恥じらいながらも礼を伝えた。
昨日今日と、慌ただしい出会いではあったが、縁も増えた。嬉しい事が続くな。
華火が真空と織部を想い、顔を綻ばせる。
そしてふと、竜胆の言葉も思い出した。
「そういえば、指南所の幻牢を作り替える切っ掛けの事件とは、何だ?」
「……それは、俺の送り火が関係してる」
竜胆の、どこか含みのある言い方は気にはなっていた。しかし、華火の知らぬ事で皆の事をとやかく言われるのは耐え難く、尋ねた。
そんな華火の言葉に、玄がぼそりと呟く。
「青鈍と
先程のまでの和やかさは消え、皆の表情も沈んで見える。
しかし玄の黒い瞳は、光を失ってはいなかった。
***
夜になり、母から譲り受けた鉄扇に傷はないかと、華火は自室で確認をしていた。
あれだけ攻撃を防いだが、問題ないようだな。
竜胆の態度から、やはり織部は手加減していたのだろうと、華火は確信した。
その瞬間、袖口から管狐が現れた。
『えっと、伝言です!』
「ふじ、だったな。何だ?」
織部の管狐の名を呼べば、嬉しそうに頷く。そして、織部の声色で話し出した。
『あー。その、あれだ。悪かった』
悪かった?
何の事かと思い、華火は首を傾げる。
『一方的に敵視して、喧嘩ふっかけて。かっこ悪いよな、おれ。でも、華火に会えてよかった』
少しだけ間を置き、織部の小さな声が聞こえてきた。
『いつの間にか、目を背けてたんだ。おれの生まれから。華火の噂はある。なのに、おれは噂にすらならない。母さんの命を、奪ったから』
予想していなかった言葉に、華火は息を呑む。
『おれが生まれてすぐ、母さんは死んだ。この意味、華火もわかるだろ?』
狐は、新しい命を皆で歓迎する。もし両親に何かあれば、率先して親として動く者ばかり。
しかし、母の命と引き換えに生まれた者は忌み子としての認識が強く、歓迎されない。噂にすらならないのは、触れてはいけない存在だからと、皆が口をつぐむから。
育てはする。けれど、秀でた者であっても認められる事はない。これは昔からの悪習であると言う者も増えてはきている。華火もその考えの持ち主だ。
しかし、上はその悪習がまだ蔓延している。
『おれはどんな事をしても、見向きもされない。それをずっと、華火と比べられ続けた。これから先も、お前は存在していないのと同じだって、言いたかったんだろうな』
織部……。
こんな大切な話をどうして私に?
織部の孤独は癒えているのだろうかと、華火の胸がぎゅっと痛む。
けれど、彼の声に強さが加わる。
『でもな、そんな事、どうでもよかった。おれを受け入れてくれた場所がある。それに、母さんも父さんも、おれを愛してくれている』
はっきりと言い切れば、織部の声が穏やかになった。
『母さんは最期に、『私達の愛が変わる事はない。私の分まで、長く生きてほしい』って、言ってくれたらしくて。父さんから教えてもらったのに、いつの間にか嘘だと思い込んでた。父さんも父さんで、『お前は優しい子だ。だから誰の言葉にも流されず、自由に生きなさい』って、言ってくれて。全部、嘘じゃないって、ようやくわかった。だからこの事実があれば、おれはこの先もずっと大丈夫だ』
いったい何が切っ掛けとなったのかと思えば、その答えを織部が伝えてくる。
『こうやって心が晴れたのは、華火の天気のお陰だ。おれ、母さんや父さんが誇れるような統率者になりたいんだ。それを、思い出せた。ありがとな!』
明るい声に、織部の笑う顔が浮かぶ。
『長くなりましたが、以上です! あの、ちゃんと伝わりましたか?』
可愛らしい声に戻った管狐へ、華火は微笑む。
「あぁ。しっかりと伝わった。ありがとう。返事を届けてもらってもいいか?」
『どうぞ!』
嬉しそうに瞳を輝かせ、管狐は華火の口元へ耳を向けてきた。
「大切な話を教えてくれてありがとう。私も織部と出会えてよかった。織部が強い理由もよくわかった。そして今日、手加減していたな? いつか織部が本気を出せるよう、私も鍛錬に励む。これからもずっと、よろしくな」
華火は管狐から顔を離し、ふわりとした頭を撫でる。
「以上だ。よろしく頼む」
『はい! では、失礼します!』
急いで管狐が姿を消すのを見届け、華火は瞳を閉じた。
大切な者達が笑っていられるのであれば、私は惜しむ事なく独自の天候を使い続けよう。
決意を固め、華火はそっと目を開ける。柔らかな色を伝えてくる自室には、優しい空気が満ちている気がした。
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