第14話 足止め

 山吹達の住まう社からだいぶ離れた場所にあるのは、昔の風景を切り取るように残された屋敷森。そこに出現したのは、障りを宿した大量の鼠の魂。

 その送り対象が逃げ出さないよう、結界を張り続けている山吹は何かが引っかかり、考えを巡らせる。


 巨大な障りが突然現れる事はある。

 けれど、一夜にして障りを宿す者がここまで大勢現れるだろうか?

 この町で、これだけの鼠が現れた事なんて無いのに。何か新しい施設でも出来たのだろうか? それなら噂になっていてもおかしくないのに。

 まるで、指南所にいた時の試験みたいじゃないか。

 それにもう一つ、おかしな事が……。


 押し寄せる黒波を最前列で迎え撃つのは、柘榴と白藍。その後ろには紫檀。彼の描いた狐が送り火を吐き出せば、障りを祓い送れた白毛玉と、黒いままの者が炎の中から飛び出してくる。

 皆の後方にいる山吹が白を天へと導き、黒は柘榴と白藍が地獄へ。

 そして黒同士が取り込み合い、魂の形が変化してしまった者は、山吹の近くにいる玄が消滅させている。


 そろそろ限界かな。


 ちらりと確認すれば、玄の顔は青ざめ切っていた。


「玄、少し休んで――」

「大丈夫。まだできる」


 山吹の言葉を遮り、玄は自身の黒い送り火をまとわせる脇差を構え直す。


「無理すんなよ!」


 山吹が答える前に、柘榴が前だけを向きながら声をかける。


「無理じゃない。これは俺のお役目」


 玄は元から送る事を苦手としていたが、ここまで憎み苦しむぐらいならと、送れるようになった。

 だが、今でも鼠だけは無理をしているのがわかる。


 僕達は皆、指南所で出会い、送り狐として鍛錬を積んだ。そこであんな事さえなければ、玄は眠る事も、誰かに起こされる事も、恐れる事はなかったのに。


 鼠を送る度、脳裏にちらつくのは、霊力が暴走しかけた玄の姿と、そう仕向けた男狐達。

 その時の彼らを思い出し、剣鈴を持つ手に力が入る。

 そこへ、紫檀が問いを投げてきた。


「山吹、気付いてるわよね? さっきから変なの」

「……そうだね。結界の中の反応はここに集中してる。いや、集中しすぎてる。それなのに、送れた数が少ない」


 見た目ではまだまだ存在する送り対象だが、数は一向に減らない。それなのに、皆で送り続けている者も少ない。


「先程から手応えを感じなくなっている」


 白藍がそう言えば、紫檀が描き出す。そして巻物から彼本来の得物の薙刀を取り出し、構えた。


「狐相手に化かそうとするなんて、舐めた真似してくれるわね」


 どこかに術者がいるのだろうが、山吹にもわからない。皆も鼠もどきを送りながら、気配を探っているようだった。


 僕達は居場所がわからないが、向こう側からはわかっている。

 だからこうも鼠をけしかけられる。

 僕達が送り狐とわかっているからこその行動。

 なら、消耗するのを待っているのか、それとも、ここに留めなきゃいけない理由があるのか。

 何にせよ、これ以上ここにいない方がいい。


 姿を現す気がないのであれば、引きずり出すまで。


 ここに自分達を留める事が相手の望みならば、動けばいい。だから山吹は結界を解除し、わざと撤退を提案する。

 

「一度、戻ろう」


 山吹の言葉にそれぞれが頷けば、屋敷森の外を目指し、一気に駆け出す。

 後方からはもの凄い勢いで黒いものが迫ってくるが、もうそれに魂の気配を感じない。


 たとえ幻術だとしても、こうもはっきりと姿を認識してしまっているものに襲われれば、僕達も傷を負う。

 いったい、いつから術中にいたんだ?

 それ程までに、相手は惑わせる事を得意としているのか。


 何故気付けなかったのかと思えば、ぴりりとこめかみが痛む。


「狙いは華火様か!!」


 結界が破られるのを感じ、叫ぶ。

 その瞬間、自分達を追うものが合わさり、巨大な障りのようなものに変貌する。


「山吹! 玄連れて先戻れ!」


 太刀を構えながら、柘榴が怒鳴る。


「ここは柘榴と自分だけでいい。紫檀も行け」


 柘榴の反対側で立ち止まった白藍も、刀に手を掛け、姿勢を低くする。


「よくもまぁこんな手の込んだ事を。相手が誰だかわかってんだろうな?」


 本来の話し方に戻った紫檀が闇の中へ問いかければ、雨粒がぽたたっと、葉を叩く。

 続いてかさりと、落ち葉を踏みしめる音がした。


「もう少しだけ、語らいませんか?」

「どんな誘い文句だ、それは」


 散策でも楽しむようにゆっくりと姿を現したのは、どちらも着流し姿の男の白狐。その顔には、目元だけを覆う白い狐の面。


 片方の男は、白の髪を無造作にまとめた、くすんだ薄緑色の瞳。

 もう片方の男は、伸ばし切った白の髪を下ろす、銀の瞳。


 それだけを確認し、山吹は走り出す。


「柘榴、白藍、任せた! 行くよ!」


 背を向け駆け出せば、頭にぱんと破裂音が響き、鋭い痛みが走る。


 こんな短時間で!


「結界が破られた」

「急ぐわよ」

「わかってる」

 

 万が一の為に強化をしていた結界。それが壊れた焦りを出さぬように告げた山吹の言葉に、紫檀が低い声で答える。そして、玄が走る速度を上げた。


 栃さんは、浄衣を着る男狐が来たと言っていた。だから、送り狐に見えたとも言われた。

 確かに浄衣は目にする機会は少ない。けれど、手に入らないものでもない。

 本当に送り狐なのか、目的があってそんな格好をしているか探る為、栃さんがお金を突き返す時、僕も同席した。けれど、伝言を任せた管狐だけが戻り、回収しただけ。

 その時に管狐経由で礼を伝えられたが、たぶん中に忍ばせていた管狐に情報が筒抜けだったはず。けれどその後、この周辺では何も起こる事はなかった。

 だからその礼は、華火様が統率者ではないと欺けた結果の事だろうと勘違いしていた。


 各所で少しずつ騒ぎが起きているのは知っている。けれども、どれも意図的にここから遠い場所で起こされていただけなのか?

 もしそうなら、どれだけの者が関わっているのかわからない。


 森を抜け、玄と紫檀が管狐を召喚する。

 その間に山吹はこの状況を報告すべく、自身の管狐に上への伝言を託した。

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