第13話 招かれざる客
いつになったら出られるのだろうか。
今宵もまた送りに出た男狐達の事を考えながら、華火は布団の中でもぞりと寝返りを打つ。
栃が訪ねてきてから、ひと月は経った。
皆がお役目を滞りなく勤め上げている中、華火に出来る事といえば、お天気占いや母から貰った鉄扇での鍛錬のみ。
炊事などは当番制の為、手持ち無沙汰な華火にだけ押しつける事を誰もしなかった。
せめて統率者として何かできれば……。
眠れないままに、華火は自分の中に意識を集中する。けれど何も感じず、契約の儀式は失敗しているのかと不安になる。
「よくないな。いつかはきっと、皆の役に立つ日が来る」
白地に赤の小花を散りばめた浴衣の着崩れを直し、縁側へと向かう。庭先に降りる為に使用する白い鼻緒の雪駄を履けば、ぽたりと華火の頬に雫が当たる。
「お天気占いをしようと思ったが、雨が降りそうだな」
夜になっても暖かくなったとはいえ、濡れればそれなりに冷える。送り対象を閉じ込める為の結界は外側の天気の影響を受けないが、任務が終われば濡れ帰るだけ。その頃には止めばいいと、送り狐達を想いながら祈る。
その時、何者かの気配を感じた。
「こんばんは」
「……こんばんは」
石の囲いの向こう側から顔だけを覗かせるのは、男の白狐。狐は夜目がきくので、華火には顔だけが浮かんでいるようにも見えた。
その顔の上半分だけを覆う白い狐の面をつけているが、明るくも渋みのある
白い髪は短く、さらりと揺れる。
「ねぇ。入れてくれない?」
「どちら様でしょうか?」
お役目のない妖が活発に動く時間でもあるが、見知らぬ者に警戒する。
ここに馴染みのある者ならば、中へ簡単に入ってこられる。そうで無い場合は、許可がない者。
すなわち、ここの主の白蛇と送り狐の知らぬ者の可能性が高い。山吹がこの社へ掛けている結界は、それを選別する為のもの。
そんな相手へ、ここに住む華火が了承するのは戸の鍵を開けるのと同じ行為。どうぞのひと言で簡単に入られてしまう。
送り狐相手に頼み事をしに来ただけならいいが……。
距離があり、中へ入る事もできない。
けれども寝巻のため、管狐も鉄扇もなく、華火の気が焦り始める。
そこへ、にぃっと、舟形の三日月のように見える口元を作り、白狐が手招きした。
「君さぁ、暇でしょ? 入れてくれないならこっちへおいでよ」
「いえ。もうすぐここに住む送り狐達が帰ってきますので、待っていなければなりません」
酔っ払いか?
にたにた笑う姿を見て、華火はそう見当をつける。ならば追い払おうと近付けば、あちらも囲いの
だからようやく、白狐の全体を捉える事ができた。
目に飛び込むのは、先程までは見えなかった、首に交差するように縫い付けられている血のように赤い紐。
何より驚いたのは、身にまとう浄衣。だから華火は慌てふためいた。
「失礼致しました! あなた様も送り狐であられますか!?」
浄衣は特別な祭事に着用するが、下界で使用するのは神社の狐か送り狐ぐらい。どちらにせよ、酔っ払いなどと勘違いをした自分を恥じる。
「はぁ? それ、答えなきゃいけないわけ?」
気分を損なわれてしまったか。
うかつな発言をした事を悔やむが、そこへ白狐の言葉が続く。
「あのさ、入れてくれるの? 入れてくれないの?」
一瞬、迷う。
勝手に入れてしまっていいのだろうか?
そう思い、口を開く。
「失礼ですが、お名前は?」
「もういいや」
笑みを消した白狐が抜刀すれば、それは既に紅紫の炎をまとっていた。
それを、何のためらいもなくさっと振り下ろせば、火花と共にじじっと嫌な音が響く。
「どうせ勝手に入るつもりだったし」
その言葉が現実のものになると知らせるように、ばきりと結界に亀裂が走る。
山吹様の結界が!?
驚きで固まれば、白蛇の声が響く。
『お逃げ下され、華火殿!』
思わず声の方へ走れば、がらがらと音を立て、結界が壊れた。
「白蛇様も!」
華火が抱き寄せようとすれば、白蛇は地面へ尾を強く打ちつけた。
『わしは主だ。ここを離れる訳にはいかん』
「そんな……!」
それでは白蛇様が……!
「何でもいいけど、俺の相手、してくれる?」
自分達を嘲笑うかのような声が後方から聞こえ、思わず身を固くする。
『結界に異変があれば山吹殿が気付かれる。時間を稼ぎますので、華火殿は皆の元へ!』
迷う事を許さないように、白蛇の尾が華火の足を打つ。それでようやく、動けた。
『
暗闇の中でも白蛇の鱗が虹色にはっきりと輝くのを確認し、大楠へ跳ぶ。
先程まで華火が立っていた場所を、白狐の刀から地を走るように放たれた炎が爆ぜ、えぐる。
それと同時に、雷が白狐へ落ちた。
「俺が遊びたいのはあっちの
何の痛みも感じていないような白狐の声を聞きながら跳躍し、民家の屋根へ降りる。
本格的に降り始めた雨の中、華火は皆がお役目へ向かった先を目指し、全力で駆けた。
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