第11話 白蛇の過去

「何を話していると思われますか?」

『面倒事は任せておけばよい』


 万屋の栃が訪ねてきたので、華火は急いで皆を起こして回った。

 けれど、玄の事を山吹に頼めば、『起こさなくていいですよ』と苦笑された。確かに全員を起こす必要はないなと華火も思えば、栃を出迎えていた紫檀が『急いで玄も起こして』と、指示してきた。

 これは何かあるなと華火も身を引き締めれば、『華火様は外で白蛇と話してて』と、庭先に放り出された。


 だから今、華火は白蛇と大楠の上でのんびり日光浴をしている。


「面倒事、なのでしょうか?」

『では、聞き耳を立ててみますかな?』

「それはしたくない」


 華火には聞かせたくない事なのだろうと思い、あえて声の届かない場所にいる。


『ならば先程の続き、わしの昔話でもお聞き下され』

「それは是非、お聞かせ願います!」


 お天気占いの極意がわかるかもしれぬと、華火は興奮気味に答える。それにほほっと軽く笑い、白蛇が語り始めた。


『昔、白い蛇だからという理由だけで、わしは大切に扱われていた。わしの寝ぐらの前には食べきれぬほどの供物。人間が何故この様な事をするのか理解できずにいたが、恩は感じていた』


 まるで遠い昔を眺めるように、白蛇の目が細まる。


『だから、何かできる事はないかと、ひたすらに考えた。そして人間がよく口にしていたのは、天候の事。縋るように雨乞いを頼まれ、わしも天に祈った。するとな、雨が降った』


 ちろりと舌を出して笑ったはずの白蛇が、うつむいた。


『たまたまだったのだろうが、わしに対しての信仰が高まり、いつしか生きたまま、神のような存在として崇められていった。その頃からだ。身体がとても大きくなり、人間には見えなくなった。それでもわしがいた場所、ここへの供物が無くなる事はなかった。だが……』


 やがて白蛇の声は沈んだものになり、華火はこれ以上聞いていいものか迷う。

 けれどもそれに反して、白蛇は顔を上げた。


『人間同士の争いも絶えぬ中、ここは奇跡的に残った。けれどな、人足は途絶えた。今考えれば、生きる事に必死な中、ここへの供物なぞ余裕がなかったのだろう。しかしわしは愚かにも、そんな人間達を呪った』


 白蛇の穏やかな声に似つかわしくない言葉が吐き出され、華火は思わずたもとを握る。


『わしはな、思い上がっておったのだ。天候を操り、恵みを与えているのは自分だと。崇めないのであれば、それを奪ってやろうと。けれども、そこから天候を操る事ができなくなった。代わりに、己の身体が黒ずんでいった』


 命尽きるまでの過程で蓄積された恨みが障りになると言われているが、白蛇様は生きたまま障りに飲み込まれたのか。


 送り対象だったと紫檀から聞いてはいたが、夢物語のような気がしていた。だから華火はようやく、真実なのだと悟る。


『全ては人間のせいだと、さらに恨みを募らせれば、黒い霧が身体から広がり始めた。その影響だったのだろう。いつしかこの周辺に住まう人間が、病に伏せるようになったのは。その時に現れたのが、今を共にする狐殿達だった』


 一番辛い時期の思い出を語るには明るすぎる白蛇の声に、華火は早く続きが知りたくなった。


『送り狐の噂は聞いておったが、ついにわしの元へも来たのかと、そう思った。だがな、あの時のわしは今まで溜め込んでいた恨みを、思い切り狐にぶつけた。それと同時に、わしの心のような荒れ狂った天候に変わった。まさに狂乱。それでも、それに付きうてくれた皆には、感謝しかないが』

「付き合ってくれた?」


 話の腰を折らずに聞き続けていた華火が思わず口を挟めば、白蛇が笑った。


『なぁに。山吹殿が外への影響が出ないよう、結界を張ってくれたのだ。そのお陰で、大暴れさせてもらっただけの事。人間を恨みながらも、まだ守りたい気持ちもあったのだろう。だから気付かぬ内に感情を抑えた結果、天候が操れなくなったのだ。けれど枷が外れれば、はた迷惑な感情が天候を狂わせ、それでもまだ生きているからと、わしを疲れさせるに留めたのが、皆だった』


 懐かしむような眼差しは下の社へ向けられ、華火もつられて視線を追う。そこには、今の話の舞台とはかけ離れた、穏やかな光景が広がる。


『障りによって人間に影響を与えた者の末路は知っておった。だがあの阿呆どもは、それを無理やり捻じ曲げおった。そのせいでな、狐の相談役に今でも目をつけられておる』

「蘇芳様に?」


 確かに威圧するような雰囲気はあるが、誰にでも平等に接する赤狐の相談役を思い出し、華火は名を口に出す。


『そのような名だったな。そやつはな、決まり事だからと、わしを処分しようとした。障りもなくなり、思い残す事もなくなったわしは、それを受け入れた。なのにな、止めに入ったのはここの狐殿と、華火殿の御父上だったのだ』

「父様が?」


 思わぬ方向に話が転がり、華火は腰掛けている大楠の太枝をしっかりと掴みながら、白蛇を覗き込む。


『まだ直接人間に手出しをしていないからと狐殿が言えば、相談役に同行していた雅殿が口添えをして下さった。『こうして元の姿に戻れたのも、意味がありましょう。私が見てもほんの少し力のあるただの蛇。このまま自分のしでかした事を見つめさせながら生を全うさせるのも、罰になりましょう』とな』


 自分の知らない父が目に浮かんだ気がして、華火は胸が熱くなった。


『さらにもう一押しされたがの』

「父様は何を?」

『ふふ。『そこまで不安があるのならば、この蛇を退治した送り狐達をここへ住まわせればいいではありませんか。何かあれば、今日の責任も全て取らせましょう』とな』

「そんな事が……」


 皆がここへ住むきっかけを作ったのがまさかの父の言葉からだったと知り、だから華火に対しても特別な態度のままなのだと理解した。


『呆れたような顔をした相談役が先に帰れば、『上でも多少の混乱はあるだろう。それは私に任せておくれ。そして蛇殿が生を全うできるかは、ここに住まう若き送り狐達へ任せよう。助けた命ならば最後まで責任を。それが送り狐の責務だ』と、皆にまこと優しい激励を残された』


 父らしい言葉に、華火は大好きな笑顔を思い出す。


『そこから問題児なんぞ言われてもここを離れず、統率者も拒んで、わしと共に過ごしておる』

「何故統率者を拒むのですか?」

『相談役が選んだ者は信用できぬと言っておったわ』


 からからと笑う白蛇の言葉に、首を傾げる。


「私も蘇芳様に選ばれましたが?」

『雅様の御息女なれば話は別。わしも話を聞いた時から楽しみで仕方なかった』


 頭を一段と高くもたげる白蛇が、さらに優しい声を出す。


『あの時の恩、忘れはせん。だからこそ、華火殿が感情を見失わない手助けをさせて下され』

「そんな、私が何かしたわけでは……」

『なら、はっきりとこう言えばよろしいか? 今のままでは、このじじいと同じ末路を辿りましょうぞ』


 優しさは変わらないのに、言葉が華火の心を刺す。


『善狐と呼ばれる華火殿には関係のない話かもしれんが、感情とは、閉じ込めれば閉じ込めるほどに膨れ上があるもの。何を奥底に閉じ込めてしまったのかはわかりませぬが、それを見つめられるようになれば、天候も持続させられましょう』

 

 何を……。


 人間にとって善き働きをするのがお役目を持つ善狐だが、関係のない話とは思えない。だからこそ、華火は自分の感情がわからなくなった。

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