第7話 予言

 飲みすぎたな。


 今日は契約をしたから何か変化があるかもしれないと、夜の見回りも無しにしていた。そのせいでどんちゃん騒ぎが続き、華火は酔いが回る前に自分の部屋へ撤退した。

 そしていつの間にか眠っていたようで、障子を開ければ三日月が浮かんでいた。


 柘榴様と白藍様は掴み合いの喧嘩をするわ、紫檀様は愚痴を吐かれるわ、衣装の素材がとゲームを始めた玄様に、山吹様が笑顔でコンセントを抜いて泣かせるわと、面白い面々だったな。


 沈んだ気持ちを忘れさせてくれる程の楽しさを思い出し、華火の頬が緩む。


 さて、身を清めに行くか。


 少し眠った事で酔いが覚め、湯浴みに向かう準備をする。


 玄関を入って道なりに進めば、大広間。それを、廊下を挟んで囲むように柘榴・白藍・紫檀・山吹・玄・華火の順に部屋が並ぶ。続いて、湯殿ゆどのとなるみそぎ・炊事場があり、かわやは外。社の正面からは見えなかったが、蔵もある。

 

 そして華火の部屋は、大社お抱えの宮大工が社の中の空間を広げて増築したと、紫檀から教えてもらった。そのせいで間取りが変わり、玄が間違えて華火の自室へ入ってしまったのかと思っていた。

 しかし、彼は寝ぼけてよく他の部屋に入り込んでくるそうだ。なので、先程の狸の修繕で、華火の自室のふすまに鍵も付けられた。


 その鍵を外し、部屋を出る。

 まだ春先なので、夜は冷える。

 だから急いで禊場へ向かおうとすれば、男狐達の話し声が耳に届く。


 まだ飲んでいるのだろうか?


 酒に強いのだなと思いながら、先に湯浴みをしてもいいか声をかけようと大広間へ近付く。

 すると、思わぬ話に足が止まった。


「契約したら何か変わるかと思ったけれど、変わらないからねぇ」

「でもね、華火様、僕達と打ち解けたいみたいだよ」

「うーん。そう言われてもねぇ。何か変化があればあたし達だって、ねぇ?」


 紫檀様と山吹様だ。


「けどなぁ。雅様と咲耶様の娘を呼び捨てにするわけにはいかないだろ」

「口を開けば『雅様、咲耶様』の言葉も聞き飽きた。それしかないのなら黙っておけ」


 柘榴様と白藍様。


 柘榴と白藍が揉め始めた時、玄の声がした。


「あのさぁ、取りあえず、もう寝ようよ」


 やはり私はここでも、父様と母様の娘なのに迷惑をかけるだけの存在なのだな。


 玄の言葉を合図に皆が動き出す気配を感じ、華火は部屋へと引き返した。


 ***


「行ったわね。よくやったわ」


 即席とはいえ紫檀の話に合わせてくれた皆を見つめ、頷く。


「危なかったね」

「さっきの言い方は傷付けただけだろうよ」

「何言ってんのよ。あたし達が話してた事を知られた方が傷付くでしょうに」


 ほっと胸を撫で下ろす山吹に対し、柘榴が眉間にしわを寄せる。

 だから紫檀は、はっきりと目的を突きつける。


「そりゃあ、華火様に吹っ掛けて本当に統率者になりたいかどうか試したけどさ。それでも、あたし達は華火様を預かる立場だ」


 華火様は体が弱いと、雅様と咲耶様からも聞いている。だから少しだけ時期をずらせばいいものを、予言に合わせて降ろすなんて。それに、蘇芳様があたし達のところを選んだのも、訳がわからない。ほんと、あの相談役、何考えてんのか。

 雅様の娘じゃなきゃ、いつも通り突っぱねられたのに。

 雅様から直接、あたし達の所なら安心だ、なんて言われたら、あの日の恩を返すしかなくなるじゃない。


 ため息をつき、皆の顔を見回す。


「華火様には悪いけど、予言の対象が華火様だった場合、何が何でも大社へ戻すわよ。だからね、今はまだあまり親しくなりすぎないこと。いいわね?」


 違えばこのまま、あたし達の統率者として育ててもいい。

 けれど、もし予言の対象なら、守り切れなくなる日が来るはず。


 別れを前提とした繋がりは深入りすべきではない。それが双方の為だと、紫檀は考えていた。


「『雪解けの季節、神に愛されし白狐が下界へ姿を現す。統率者となるその狐は、全ての妖狐を統べる者なり。この者を手に入れた狐は同等の力を得るだろう』、か。今年の天狐様の予言がこのようなものになるとは。だが、華火様だって知っているだろう? ならば、隠す必要はあるまい」


 華火の事を考えればそうなのだろうが、予言を口にした白藍へ、それでも紫檀は首を振る。


「予言の対象がわかるまでだめ。白狐の数は一番多い。神に愛されしって事は当然強いんだとも思う。それだけ考えれば、華火様の可能性は低い。だけどね、華火様がまだ開花していないだけだったら? 白蛇は信じられるからいいけどね、それ以外に華火様の事を統率者と伝えるのもだめなの、ちゃんと覚えておきなさいよ」


 紫檀が念を押せば、山吹が頷いた。


「昔に比べて平和な世の中になったとはいえ、それに飽いている者もいるはず。そして、まだ若い統率者は降りたばかり。だからこそ、その機を逃さぬように襲う不届き者も出てくる。だから万屋の栃さんにも、送り狐と思い込ませるように華火様を紹介しておいたんだ。ここで過ごすなら姿は見られるから、噂が立つ前に広めてもらおうと思って。まぁ、他の妖は僕達の所に統率者なんて来ないと思い込んでいるから、これから流れる噂は好都合だよね」


 予言は狐のみ知り得るものだが、他の妖を巻き込む者が現れてもおかしくはない。

 ましてや妖は噂が好物で、新しいものに目がない。万屋の狸も同様だ。金の絡まない相手だから興味はなさそうだったが、他の妖から尋ねられれば簡単に口を滑らす。

 それをわかっているであろう山吹に町の案内を任せてよかったと、紫檀はつくづく思う。


「今は様子を見るわよ。この予言が何を意味するのかわからないけどね、あたし達は華火様を守り切るだけ。真実を話すのは予言の対象がわかってから。いい?」


 紫檀が再度確認すれば、皆は何も言わずに頷いた。

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