第6話 契約

「華火様の歓迎会を始める前に、契約しちゃいましょ!」


 紫檀のこのひと言で、先程届けられた料理、特にいなり寿司を目の前にし、大広間にいる男狐達がそわそわしている。


「これを食べてからでもいいのでは?」

「だめよ! どーせ今日はもう何もしない予定だし、お酒飲むからこいつら使い物にならないわよ」


 華火の提案に目を輝かせた男狐達が、紫檀の言葉で落胆する。


「では手短に済ま……、それは?」


 異質なものが華火の目に飛び込む。

 先程までは気付かなかったが、玄の首に掛けられた小粒の黒数珠の先に、手に乗る程の大きさのぬいぐるみがぶら下がっている。正確には、狐姿の金狐が衿の隙間から顔を見せているのだ。


「これ? これは山吹の毛で作ってもらったぬいぐるみ。俺の御守り」

「なんと。それ程までに固い絆が」


 自分の毛を渡すなど、本当に気心の知れた仲なのだろうと、華火は理解する。


「うん。山吹は俺の師匠でもあるから」

「師匠?」


 山吹様、それ程までの手練れなのか。


 やはり実力は見掛けによらないのだと華火が感心した時、玄がひと言呟いた。


「狩ゲーの師匠」

「………………は?」


 自分の耳がおかしくなったのかと思い、華火はたっぷりと時間をかけ、間抜けな声をもらす。


「玄! あんまり変な事言わないでよ!」

「え。だって事実だし」

「はいはい! それじゃ華火様、お願いします」

「あ、あぁ」


 山吹が顔を真っ赤にすれば、玄は眠たそうな顔を傾ける。顔つきも色も違うが、やはり同じ髪型なので双子のようだ。このように山吹に似せるのは、玄の愛情表現なのかもしれないと華火は思う。

 そこへ、紫檀が手を鳴らしながら仕切り直す。

 だから華火も正座し、皆へ向き合い、契約の準備を始める。


分霊わけみたま


 印を結び、統率者の血筋にしか扱えない契約の儀を執り行う。

 右手に華火の目と同じ色をした炎を宿し、印を解く。霊力の色は瞳に反映されるので、華火の場合は金となる。


「では、お一方ずつ」

「じゃ、俺からで」


 目の合った柘榴が、金色に輝く華火の右手に触れる。

 その瞬間、自分の中心が揺れ、心臓がどくんと波打つ。


 魂の一部を渡すとは、こんな感じなのか。


 痛みはないが、初めての感覚に華火は戸惑いながらも、平然を装う。

 対して柘榴は、驚いたように胸元をはだけさせた。


「これが契約の印か」


 深紅の瞳をこれでもかと開き、胸の中心に埋め込まれた、親指の爪程に小さな金の勾玉を凝視している。

 

「では、お次の方」

「それでは自分が」


 柘榴の様子をまじまじと見ていた白藍が顔上げ、すっとこちらへ近寄り、右手に触れる。

 その後は、紫檀・山吹・玄の順に続き、ようやく華火は気を楽にした。


「こんな感じなのねぇ」

「こんな感じなんだね」

「んー。そうだな」


 皆が胸元を確認し、白衣を整えれば、声が揃う。


「何が変わったのかわからない」

「え……」


 思わぬ反応に、華火がたじろぐ。


「何かこう、うおぉぉぉお! という感じもなく」

「馬鹿か。でもまぁ、ここまで何もないのも……」

「まだ初日だからかしら。ま、ある意味何の影響もなくてよかったじゃない」

「そうだね。しばらくすれば何か変わるのかも」

「何でもいいじゃん。早く食べよ」


 突き上げた拳を戻しながら悲しげな表情を浮かべる柘榴に対し、ちらりと目線を彼へ向けた白藍が静かに同意する。そこへ、明るく笑いながら紫檀が声をかけ、山吹も穏やかな笑みを浮かべ、頷く。その空気を壊すかの如く、座り込んだ玄が行儀悪く机を叩く。


 確かに、変化は感じられないな……。


 少なからず、何かが繋がる感じは掴めるはずだと、家族からは言われていた。その繋がりを辿るように契約を発動すれば、送り狐を鼓舞できるらしい。

 だが、本来ならば先代の統率者に教えを請いながら生活をし、慣れたら交代をする流れ。

 しかし、彼らはずっと統率者を拒み続けた事でも問題児と呼ばれており、契約が正しく結ばれたのかすら問える相手がいない。


 どうして今になって、しかも私みたいなものを受け入れてくれたのかわからないが、ここでも私は――。


 この先の言葉を切り捨てるように、華火は考える事をやめた。

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