第3話 送り狐の住まう場所
送り狐の住まいは、寂れた社か無人の社。人間から見れば小さなものだろうが、送り狐が神域に入ればそれは姿を変える。つまり、人間の世界に重なるように、別の領域が展開されている。
それに気付く者も人間の中にはいるが、入れる者は少ないと聞く。昔、紛れ込む事が多かったのは信仰の表れだろう。
現代でも伝えられているその現象の名は、神隠し。勝手に入っておいて隠されるとは、
そして華火が案内された社も、もれなく無人。表向きは石に囲まれたとても小さな建物だが、華火の目に映るのは、なだらかな曲線を描く屋根の
しかし、多くの人間が住まう中に取り残されたようにある社から、別の者の気配がする。
「この社の主は誰だ?」
「さっすが華火様! よくおわかりで!」
先程の紫檀とのやり取りで、化けの皮が剥がされた。なので、華火は通常の言葉遣いで話す。
そんな華火へ、柘榴が乗ってきた管狐を戻しながら、ぱっと顔を輝かせる。
「おだてなくとも誰でもわかるだろう。それで、ここの主は?」
「あそこにいます」
白藍がくいと顎をしゃくる先に、陽だまりの中で眠る大きな白い蛇がいた。
「あれは普通の蛇だろう?」
「元に戻しました」
「元に?」
「あれねぇ、送り対象だったのよ。でもね、まだ人に直接悪さする前だったのと、ここの守り神として存在していたから障りの部分だけ送ったのよ。そうしたら、元の姿に戻ったわけ。ま、力はまだあるから普通の蛇よりは長生きなんだけどね。あら、いけない。話が逸れたわね。でもね、それがあたし達の初任務。で、その時から一緒に住んでるのよ!」
淡々と返事をする白藍の言葉を補足するように、紫檀が説明をしてくれる。
確か、その出来事が問題児と呼ばれ始めたきっかけだったはずだが、事実だったのか。
華火が彼らの噂を思い出せば、一足先に社の中へ玄を運んでいた山吹が姿を現し、白い蛇へ声をかけた。
「
『……ん? おぉ、来られたか』
二股に分かれた舌をちらつかせ、とぐろを巻いていた白い蛇が首をもたげる。
「華火と申します。名は何とお呼びすれば?」
『今は普通の蛇。見た目通りの白蛇とお呼び下され。して、華火殿は何が得意なのか?』
「私はお天気占いが得意です」
『ほぉ! わしと同じか!』
弾んだ声を出す白蛇の鱗が所々虹色に輝き、目を奪われる。
『ならばこれもか?
白蛇の楽しげな声が響けば、霧のような柔らかい雨が降る。
「長い時間は無理ですが、私も同様の事ができます」
『そうかそうか。今は難しくとも、得意ならばいつかは伸びましょう』
白蛇が優しく声を響かせれば、虹がかかる。
『お待ち申しておりましたぞ、若き白狐殿。むさ苦しい狐の中に一輪の花。わしが守ろう』
「じいさん、張り切んなよ。普通の蛇よりは強いが、力はあまり使わないでくれ。それにな、俺達は華火様に手は出せん」
「そうです。私は統率者で、皆は送り狐。そういった関係にはなりません」
「えっとですね、そういう意味じゃなくて、本当に手出しが……」
白蛇が妙な事を言い出したが、柘榴の方がより訳のわからない事を話し出す。
しかし次の瞬間、空間が揺れた。
「中で何が!?」
衝撃の原因は社の奥からで、思わずそちらを睨む。すると、真っ黒な目を眠たそうにとろんとさせた玄が、ふらふらとした足取りで出てきた。
「あのさぁ、任務の続き、したかったんだけど、部屋、間違えた」
「もしかして、華火様の部屋に入ったの? よく無事だったね」
「んー。反射神経はいいから」
「でも治しておこうね。
最初に見た艶のある黒髪が所々縮れている玄へ、山吹が印を結ぶ。
両手で狐の顔を作り、胸に寄せるように横へ倒した左手の鼻先は上、右手の鼻先は下へ。そして耳の部分の指を重ね合わせれば、彼の瞳の色と同じ赤みのある鮮やかな黄色い炎が生まれ、玄を包み込んだ。
「いつもありがと。じゃ、任務の続きやろ?」
「じゃ、じゃなくて。ほら、華火様にご挨拶して」
のんびりとした口調でぼそぼそと話す玄へ、山吹が呆れたような顔をした。
「あ……? あー。華火様。俺、玄っていいます。よろしくお願いします」
「は、はぁ。よろしくお願いします」
玄の緩やかな空気に呑まれ、華火の口調がおかしくなる。
すると、いつの間にか社の中へ入っていたであろう、紫檀の悲鳴が聞こえた。
「ぎゃあぁぁあ!!」
「今度は紫檀様か!?」
華火が思わず駆ければ、白藍に行手を阻まれる。
「あれは大丈夫です」
「あたしの化粧品がぁーー!! 玄、てめぇ許さねーぞ!!」
髪を振り乱した紫檀が、華火と白藍の横を風のようにすり抜けていく。
「ま、待ってよ紫檀! 僕がちゃんと言い聞かせるから!」
「やーまーぶーきー。そいつを甘やかすな。それじゃあな、ゲームは一週間禁止だ。これで手を打とうじゃないか」
「はぁっ!?」
紫檀の言葉へ反応したのは、山吹の背に庇われている玄だった。
「期間限定の特殊任務で特別衣装が手に入るの知ってて言ってるよねぇ!?」
「そうよぉ。それぐらいしなきゃ、やってらんないわよ。ほら、中、めちゃくちゃでしょ」
「それは俺のせいじゃ……」
「寝ぼけてたあんたが悪い。前から華火様の部屋の事は言っておいたのに。あーあ。これ、どうすんのよぉ……」
ゲーム……。
任務……。
私の部屋……。
玄と紫檀の言葉を華火が拾い上げれば、沈んだ声がした。
「これ、片付けるのか……」
「やるしかあるまい……」
社の中を覗き込む柘榴と白藍の顔は、まるで目の前でいなり寿司が奪われたような絶望を浮かべていた。
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