第4話 送り火

 春の陽気に当てられたように、華火の心が浮き立つ。姉や兄達から人間界の情報は逐一聞かされていたが、やはり直接見るのはまた違う。


「楽しそうですね」

「あ、つい……」

「咎めているわけではないですよ。ただ、初々しいなと思いまして」


 今、華火は山吹の見回りに同行している。

 荒れ果てた社は自分達が整えるからと、追い出されるような形で。玄もついてこようとしたが、紫檀に首根っこを掴まれ、連れて行かれた。

 そしてこの見回り後、修繕を頼む店にも寄る予定だ。


 中々に人間が多く住まう土地を華火は眺め続ける。

 けれど、誰もこちらを見る事はない。体もぶつかる事なく通り抜ける。しかしこちらは、建物の上などを駆ける事もできる。けれど今は移動を早める為、華火も山吹も管狐に乗り空を飛んでいる。


「知識はあるのだが、直接目にするのは初めてで。見回りなのにすまない」

「いいんですよ。それに今の季節は春。そして朝。ですから、凶暴なのはいませんから」


 障りを宿すものが活発になるのは冬。そして時刻ならば丑三つ時。どうにも陰の気が溜まりやすく、障りの力も強くなる。それが春の訪れと共に弱まる。


「それでも、春には魂が迷うものも多いのですよね?」

「そうですね。寒さで眠るように逝ってしまうと、気付いていない事があるようです。あと、何かを尋ねるからといって、話し方は変えなくていいですよ」

「それなら、山吹様も普通に話してほしい」

「それは……」


 山吹の穏やかな表情が一変し、視線を外す。


 やはりすぐには打ち解けられない、か。


 会ったばかりだから仕方ないとはいえ、心通わせねば送り狐の力にはなれない。話し方もだが、言い合いをした紫檀ですら名を呼び捨ててくれないのは事実だ。

 それが分厚い壁として存在している事に、華火はもどかしさを覚える。


「無理を言ってすまない。慣れてきたらで構わない。その時は、私の名も呼び捨ててほしい」

「申し訳ありません。ですが、いつかは」


 そう言い終えれば、山吹の視線が下へ向けられた。


「先程感知したのはあの子らですね」


 住まいの社を出る前に、山吹は探索の術を使った。これがいつもの見回り前の流れだそうだ。

 春先には山吹の力が特に必要だと説明されていたが、それを今から見せてもらう。


「つつじ、あそこへ」

『はいはーい』


 山吹が自身の管狐へ声をかければ、小麦色の大きな狐がそれに応える。


「あさがお、続いてくれ」

『はいよ』

 

 華火も同色の狐に声をかけ、山吹の後を追う。

 そして降り立った場所は、神社の前だった。


「ありがとうね、つつじ」

『いいのいいのー! またね!』

「あさがおも、感謝する」

『おうよ。何かあったらまた呼べ』


 お互いの管狐へ感謝を伝えれば、彼らは手の平に乗るほどの大きさへ戻り、袖にしまわれている竹筒へ戻った。


「では、始めましょうか」


 その言葉を合図に、山吹が術を使う。


「送り火」


 送り狐しか使えない炎が、山吹の帯に下げてある剣鈴へ、手が触れた部分から広がるように宿る。それに合わせ、移動中ですら鳴る事のなかった鈴がちりんと音を立てた。


「ここまで来たのに入れなかったのですね」


 山吹が優しく声をかける先には、鳥居の前を掃き清める浅葱袴の神主を見つめていた真っ白な毛玉。雀ほどの大きさの者達がこちらに気付き、寄り添うように固まっている。


「大丈夫。逝く先はこちらですよ」


 赤い柄を握り直し、つばから垂れる八個の鈴をりんと鳴らす。そしてその鈴に囲われた短剣の先で、毛玉の前に円を描く。それに合わせ、彼の瞳と同色の、赤を含む鮮やかな黄の炎が生まれる。

 すると、それに誘われたように真っ白な子らは動き出した。


 これが、送り狐のお役目か。


 華火が音を立てずに見守れば、黄色の輪をくぐり始めた毛玉が本来の子猫の姿に戻りながら、向こうへ逝く。


 送り狐とは、人間以外の生き物の迷える魂を導く者。白い魂は天へ。黒い魂は大概は地獄へ。人間に害を成す前に白へ戻る事ができれば、地獄行きは免れる。

 けれど、生きたまま障りが宿れば強制であの世へ送る事もある。そして、黒く巨大な塊となってしまった場合は、消滅。


 今の山吹を見れば、彼は天に導く事を得意としているのがわかる。


「んー! 今日は一段と清々しいな!」


 そばにいた神主はそう呟き、神社の中へと歩き出した。


「人間にもわかるものなのだな」

「たまたまかもしれませんよ?」


 華火の呟きに、送り終えた山吹が苦笑する。


「そうだろうか?」

「ほら、お掃除していましたし。だからこそ、先程の子達が入れなかったのですけどね」


 掃き清める行為は魔を祓う。子猫達は魔ではないが、それでも霊魂となっているので戸惑いがあったのだろう。

 これが障りを宿す者ならば、神社にすら近寄れない。


「さて、今日はもうこれで終いです」

「え? いいのか?」

「華火様をお迎えする前に、ひと通り見回りは済ませてありますから」


 送り狐には定められた土地があり、その場所を護るお役目がある。それは決して狭いわけではないのだが、あっさりとそう言い切る山吹の言葉を疑う訳にもいかず、華火は口を閉ざす。


「本来なら、送り火をお見せする予定ではなかったのですよ」

「えっ?」

「ただ、今から住む場所を案内するのが目的でした」


 華火の様子から何かを感じ取ったのか、山吹が楽しそうに笑いながらそんな言葉を口にする。


「そのお気持ち、感謝する」

「いえいえ。では、狸のところへ行きましょうか」

「狸?」

「万屋の狸に社の修繕を任せます。上に言うと面倒なので」


 上とは、日本各地に存在する大社の事で、その周りの土地でお役目に就く妖狐達を総括する存在。

 そして山吹が言う上とは、華火が暮らしていた大社に住まう相談役を意味する。確かに赤狐の蘇芳すおう様との会話は緊張するものだなと、華火は思う。


「気持ちはわかるが、それでもいいのか?」

「狸はお金さえ積めば口もつぐみます」


 まともそうだと思っていた山吹の黒い部分を見た気がして、華火も口をつぐんだ。

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