第2話 材料

 ――いいですか。お菓子は絶対に、料理の本に書いてある分量を守って、その通りに作らなければいけないのですよ。


 いつのことだったか。お菓子を作るパティシエが、そう言っていたような気がする。お菓子作りなど、子どもの頃にクッキーを作った程度しかないくせに、何故か覚えていた。


 そして、スーパーで生米パンの材料を揃えているときも、その言葉が頭をよぎった。きっとパン作りもお菓子作りと同じように、分量や使う材料を料理本の通りに守らなくてはいけないんだろうな、と。


 しかし、である。

 肝心の材料がそのスーパーで揃わない事態が発生してしまったのだ。

 生米パンを作るに必要な材料は、以下の通りである。


・生米

・油

・メープルシロップ(他のもので代用可)

・塩

・ぬるま湯

・インスタントドライイースト

・サイリウムハスク(オオバコの種皮を粉末状にした天然の食物繊維)

・米粉(仕上げ用)


 生米、油、塩、ぬるま湯、米粉まではいい。メープルシロップは、家にあるはちみつで代用するつもりだ。


 それよりも、問題はイーストとサイリウムハスクである。


 インスタントドライイーストは、イースト菌の一種だ。発酵力が生のイースト菌よりも強いとされていて、初心者でも使いやすいし扱いやすい。中でも、フランスの「サフ社」の赤が使いやすいと評判のようで、初心者向けのパン作りの本によく紹介されている。


 今回のミッション(勝手にそう思っているだけ)でも「フランスのサフ社の赤いドライイースト」を用意せよ、と(パン作りの本に)言われている。しかし、田舎のスーパーには置いていない。


 手作りお菓子コーナーの陳列棚に置かれているのは、スーパーの自社ブランドのドライイーストと、某天然酵母(ドライイーストの一種)だけである。


 実を言うと、この違いが私にはよく分かっていない。ただ某天然酵母のほうは、有名なところのもののようだった。そのため、スーパーの自社ブランドのものよりも倍ぐらいの値段がした。金額にすると、スーパーのものが300円、天然酵母が600円程度である。


 そして、私は暫くの間、その陳列棚の前で悩んでいた。

 いや、悩む必要などない。

 安いものを買ってしまった方が無難だ。そう、スーパーの自社ブランドのインスタントドライイーストを買えばいいのだ。


 しかし、私は他の材料を集めながら20分程考えた後、天然酵母の方を手に取ったのだった。


 一応理由はある。実は、今までに買ったパン作りの本のなかに、その天然酵母を用いた作り方が載っていたのだ。一度見たことがあるものは、なんとなく親近感と安心感がある。


 それに300円くらいの差であれば、さほど財布にも影響はないだろう。

 ということで、結局私は600円の天然酵母を買ったのである。


 さて、もう一つスーパーで手に入れられなかったものがある。「サイリウムハスク」だ。それはダイエット食品として注目されているようなのだが、残念ながらこれも田舎のスーパーでは扱っていない。他の店を当たることも考えたが、今いる店は周辺で一番大きいスーパーである。ここになければ他もないだろう。


 しかし、ここで諦める私でもない。代用できるものがないかスマホで検索する。すると「片栗粉」が代わりになるということ分かった。


 生米パンでサイリウムハスクを必要とするのは、生地の水分を吸収し、形成しやすくするためである。生米は、小麦や米粉のように粉になっているわけではない。そのため、緩くなりやすいようなのだ。それをカバーするためにサイリウムハスクをいれるそうなのだが、人によっては味に癖があって好きではない、という人もいるらしい。


 それに生米パンで使う量は3グラム。サイリウムハスクは購入すると、一袋に少なくとも100グラムぐらいは入っている。問題なのはその量を買って余ったときだ。使うとなると「初めまして」の食材だったので、生米パン以外の使い方に困りそうである。


 それに、私は今日中に材料を揃えたいのである。そしてすぐにでも作りたい、という謎の意欲が湧いている。そのため今回は片栗粉で代用しよう、と決めるのだった。


 パン作りにも通ずるであろう、お菓子作りの鉄則「レシピ通りに作る」をすでに無視しまくってる私。さて、どうなることやら。


 とにもかくにも、材料は揃った。あとは、作るだけである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る