第9話 父との対面

 橘さんと名残惜しむこともなくさらりと別れ、私は再びタクシーへ乗り込んだ。火葬場は山の上。途中コンビニで本日一食目となるおむすびを一個買い、急いで向かった。


 火葬場には、私の他にも二組の家族がいた。きちんとした喪服に身を包み、葬式の後そのままここへ来たことが窺える。明らかに場違いな私を幾人もの人が遠巻きに見ていたが、そんなことを気にする余裕などない。私の頭の中には、とっとと終わらせて終電で帰ることだけ。


 葬儀屋さんから説明を受け、骨壺を焼き場の職員へ手渡した。骨壺は新幹線で帰る私のために、わざわざ一番小さい物で、サービスとして包みと紙袋までつけてくれた。


 遺体が焼けるまでは約一時間半。すでに溶けているだろう父の遺体でも、普通の遺体と大した時間は変わらないそうだ。焼けるまでは10人以上入りそうな大きな個室の休憩室に通された。


 ホッとしたのか気が抜けたのか、おむすびを見つめたまま動けない。テレビをつける気力もなかった。なんとか用意されたお茶を半分飲む頃、館内放送で名前を呼ばれた。


 遺骨は思ったよりもちゃんと人の形をなしていた。白く、綺麗に焼けた父の骨。顔すら思い出せなかった記憶の中の父が、目の前にいるというのに……。もうそれは父であったモノでしかなかった。本来、箸渡しで拾うはずの骨を一人で拾う。


 一つ、また一つ。


「もうよろしいですか?」

「そんなに必要ですか?」


 二つほど骨を拾った後、箸を返そうとした私に職員が声をかけた。普通は骨壺いっぱいまで骨を拾うものなのだろう。ただ私には、そんなにたくさん拾ったところで、何が変わるのだろうという疑問しかない。


「お亡くなりになられた方が、ご家族の元へお帰りになられるということですから」

「そうですか……」


 職員の方はそう言いながら私の代わりに骨壺が閉まる位の量まで丁寧に詰めた後、骨壺を包み、私へ手渡してくれた。


「ありがとうございました」

「お疲れ様でした」




 骨壺を抱え新幹線へ乗る頃、じわじわと実感が湧き上がってきた。もう会えない父。SOSの電話を最後まで入れることのなかった父は、本当に実家に帰りたかったのだろうか。私に会う気は初めからなかったのだろうか。


 骨壺を抱え、窓の外を見ながら涙を流す私の隣には誰も座ってはこなかった。

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