第8話 遺体の引き取りとは
警察署で出迎えてくれたのは、ずっと電話をしていた橘さんだった。歳は二十台後半だろうか。キチンと制服に身を包んでいるものの髪の色などチャラさが滲み出している。
「杉山さん、遠いところお疲れサマっす」
「お疲れ様でーす」
「あ、喪服じゃないんすね」
「え、もしかして喪服のが良かった?」
新幹線に乗って役所などを回らなければいけないから、喪服なんて考えてもいなかった。一応黒い服は着ているものの、確かに今から火葬場に行くような恰好ではないのは確かだ。
「ん-、いや、まぁ似合ってますよ」
「ん-、ナンパ?」
「違いますって。あ、時間ないんで荷物などの引き渡ししますからサインください」
「なんかサインって言われると変な書類みたいだわ」
「酷いこと言わずに書いて下さいよー」
「はいはい」
通された部屋で、数少ない父の遺品を引き取り、サインをしていく。小銭しか入っていない財布、随分と老けてしまった顔写真の免許書、そして携帯電話。
「携帯の中、見てもいーい?」
「どぞどぞ。ガラケーなんて使い方分かります?」
「たぶん……」
なんのアプリも入っていない、本当にただの二つ折りの携帯など何年ぶりに触るだろうか。いろんなボタンを押しながら、着信履歴と発信履歴、そして電話帳を確認していく。
発信履歴はタクシーだけ。着信履歴はなし。そして電話帳も元の勤めていた会社以外、誰も入ってはいなかった。
「誰もいないんだね」
「あ……」
思わず溢した私の言葉に、橘さんも黙り込んでしまった。
「あー。だってさぁ、友だちも知り合いもなーんのもいないのに、なんでココに住み続けてたんだろうなって。仕事もないなら実家に帰ればよかったのに」
「ん-。どうなんっすかねぇ。一応住み慣れた町、自分の家。帰るのすらめんどくさくなっちゃったじゃないんですか?」
「そんなもんかなー。でもきっとそうなんだろうね。実家の電話番号もココに載ってないし」
「ですね」
帰る気があったのか、なかったのか。今となってはそれを聞く手段はない。だけどもし生きていたとしても、私が父の口からそれを聞くことはなかっただろう。
「あ、葬儀屋さんが積み終わったようっすね」
「ん?」
開かれたドアの外に、喪服に身を包んだ葬儀屋さんが会話を邪魔しないように立って待っていた。
「あ、この度はどうもご愁傷様です。ご遺体はすでに霊柩車に載せましたので、このまま先に火葬場へ向かわせていただきますがよろしいでしょうか」
「あ。はい。お願いします」
ここまで来てふと理解する。
そうか、警察ドラマのような、遺体を見て泣くというコトないんだ。そうだよね。もう遺体は二か月以上経過しているんだもの。父の顔は最後まで見ることは出来ないんだなぁ。
そこに悲しいはない。ただ少し虚しい様な、そんなモヤモヤした何かが胸を支配するだけだった。
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