怪物狩り。〜神様なんてクソ喰らえ〜

夜空 青月

到来編

第1話 あーそーぼ

「おい、聞いたか? また川口で高校生が四人消えたんだってよ」

「ちょっと前はおじさんがとか言ってたのに、今度は高校生かよ」

 教室で和也と陸が話をしていた。

「ほら、早く帰ろうぜ」

 一輝はしょうもない世間話をしていた二人の背中を叩いて、一緒に教室を出た。


 いつもと同じ道で帰る。何も変わらない平凡な毎日。


「新しいスマブラ買った?」

「当たり前じゃん! 家帰ったらやろうぜ」

 俺たちとは無縁な出来事。ニュースで毎日のように誰かが事故で命を落としてもそんなことただのニュースで、他人事で。でもそれが当たり前だった。


「あ、やべ。学校に筆箱忘れたかも」

「マジかよ」

 一輝は家と学校の中間あたりの位置で気がついた。

「先帰ってていいよ。学校戻るからさ」

「いや、いいよ。俺もついてくよ」


 1


 関東郡(旧東京都)防衛省第四支部、特殊防衛大学校高等部。


「春華、花子の件大丈夫か?」

 一学年担任の左京が教卓の上に座って、春華に向かって言った。

「あー、幼体だから平気でしょ?」

「気を抜いてると、足元救われるぞ」

 教室内でダラーっとする二人はそのテンションのまま会話を続けた。

「舐めすぎだって」

「そうか? まあ、今日は俺行けないから無理するなよ?」

「先生は今日何しに行くの?」


 左京はおろしていた髪を結び直した。


「神殺し」


 2


「あれ、誰もいないじゃん」

 学校に着いた三人は学校の異様な静けさに不審を抱いていた。

「なんか出そうだな」

 廊下で和也が辺りをキョロキョロとする。

「出るって何が?」

「これだよ、これ」

 和也は陸に向かって、手首の力を抜いて、幽霊の真似をした。

「やめろよ」

 確かに廊下を見ると、時間にしては暗いように感じた。


 すぐに教室に着いた。

「待ってて。すぐ戻るから」

「あーじゃあトイレ行ってるわ」

「俺もー」

 二人はトイレに駆け込んだ。


 3


 一輝が教室に入ると、すでに先客がいた。


 この高校の制服じゃない。茶髪を後ろで一本に束ねていて、目はつり目とも垂れ目とも言えないが大きい二重。ナイスバディ。女子にしては高めの一六五くらいの背丈。

 二人は数秒間見つめ合って、

「侵入者じゃん」

 一輝が指を差して言った。

 見たことのない顔。コソコソと机の中を漁っていたから、明らかにそう見えた。

「おい、入ってきたのか?」

「どういうこと?」

 昇降口から普通に入ってきた一輝には言葉の意味が一切わからなかった。

「ゲートを使わずに入れたのか? そんなことできる人いるのか? いや、たまたま迷い込んだだけとか?」

 ブツブツと独り言を言い続ける侵入者の春華に一輝が近寄った。

「どうかした?」

「いや、他に誰か来てる?」

「あー二人。ちょうどトイレ行きましたけど」

 一輝の言葉に春華の顔がみるみるうちに青ざめていく。

 春華は走って教室のドアを開けて、出ていった。

 そして遠くから春華の声が聞こえた。

「君はすぐ学校から出ていって! いい? 今すぐにだからね?」

 春華の命令口調に一輝の顔は歪む。

「なんなんだよ」


 3


 三階別棟トイレ。

 春華はトイレに入って、ポケットから一枚の紙切れを取り出した。

「えーと、手前からノックを3回を3セット、花子さんはいますか? だな」

 春華は紙に書かれている通り、ノックをしていく。

「うるさい」

 2セットを終えたところで、トイレの中から少女の声が聞こえてきた。脳に直接伝わる気持ち悪い感覚。

「おい、フライングだろ」

 春華はノックを続けた。ノックをする度に、うるさい、出ていけ。と言われ続ける。

「会話できるなら、答えてほしいんだけどさ。高校生二人知らないかな?」

 春華の言葉に返答はなく、ため息を吐いた。

「花子さんはいますかー?」

 また無反応。冷たい空気がトイレの入り口から入ってくる。

 春華はドアを開けた。

 血に染まるトイレ。生ゴミを開けたような臭いがトイレに広がった。

 便座の上に浮くおかっぱの少女の姿。

「⋯⋯遅かったか?」

 少女はゆっくりと口角を上げる。目は見えない。口元の動きだけはっきり見える。小学生ほどの背丈。

「遊ぼうよ」

「嫌だ」

 その言葉を聞いた瞬間、少女の口元から笑みはなくなった。

「Dランク。今日は即帰だな」

 

〈雷〉


 春華の言葉で、バチバチと自身の体が光り始めた。常に至る所から光を放出する体。

 春華は首を鳴らした。何か動作をする度に、軽く放電する。

 春華は少しずつ花子に近づく。歩く度に地面から壁を伝って全体に電気が走る。

〈雷弾〉

 空中に無数の電気を帯びた球体が浮かび上がり、花子に向かって飛来する。当たった瞬間に花子の体は青く光り、電気が走った。

「親玉の場所を吐け」

「あ、そ、ボォ」

 花子が苦しそうに出した言葉は変わらない。

 春華は舌打ちを打った。舌打ちが火種なのか、花子は発光して、数秒で消失した。

「雑魚が」

 時計は19時を示していた。

 倒しても空気は変わらない。何なら今まで以上に重苦しい。

 春華の背中にじんわりと生暖かい空気が触れる。


「⋯⋯早上がりしたかったんだけどなぁ。⋯⋯ちょっとまずい」


 ダン、ダ、ダ、ダダダ、ダン。


 次々に教室のドアが閉まる音が聞こえてきた。

 いわゆる確定演出というやつだ。

「あーそーぼ」

 さっき花子が現れたトイレの一つ隣から聞こえてきた。

(戦えるか? 一回、応援を呼ぶべきか?)

 春華の息も切れて、緊張感から判断が鈍っていく。

「あ〜そ〜ぼ〜」

 声が金縛りのように聞こえ、さらに重みで足が動かなくなる。

 春華の頭から戦うという選択肢が消えかけていく。


 今の彼女では手に余る相手だった。


 古来から伝わるAランク『トイレの花子さん』。

 ここ百年で動きを見せ始め、幼体を全国へばら撒いた。なぜ急に目を覚まして活発になり始めたのかはわからない。ただ親を潰さない限り、その被害が絶えることはない。先生や裏世界を生業としているプロなら、まだ戦える相手かもしれない。

 しかし、まだ見習いの高校生には荷が重すぎた。


 春華は逃げるルートを確保するために、足へ電気を溜めた。

(トイレを出たら窓から真っ直ぐ飛び降りる。大丈夫。門から出てしまえば、学校から出られない花子相手なら逃げ切れる)



 次の瞬間、春華のプランは全て崩れる。



「あ、いたいた。なんか出れないんだけど」

 入り口には一輝の姿があった。

「ていうか、ここ男子トイレだぞ?」

 一輝は中に入ってきて、春華に近づく。

「なんでまだ学校にいるんだよ」

 春華は帯電していた体を放電して、一輝に当たらないように撒き散らした。

「gうりゃyscいあああー」

 トイレから聞いたことのない呻き声が聞こえる。

「おい! 走るぞ!」

 トイレのドアがドンドンと叩かれ、今にも壊れそうになる。

 春華はトイレのドアに手を向ける。何かを握りつぶすように、指を折っていく。

 トイレのドア枠がビリビリと音を立てる。

(これならもう少し保つだろ)

 春華は電気でドアの枠と壁を固定した。


 すぐに春華は一輝の手を取り、一気に駆け出す。

 そのスピードは数メートルある窓まで0.01秒にも満たなかった。

 一輝と春華は空中に投げ出される。春華は空中で一輝をお姫様抱っこし、物理法則を無視したスピードで地面に着地した。

 春華は一輝を地面に落とす。

「俺、光らなかった?」

「うるさい!」

 3階の窓からオカッパの少女がこちらを見つめていた。何かをしてくる素振りはない。ただ不気味に、見つめてきて、いつの間にか消えた。


「あ、あ、ぐああああ」

 急に一輝が苦しみ出した。胸の辺りを抑えて、悶える。

 花子の仕業か。それとも裏世界の副反応か。

「おい、大丈夫か? ちょっと待ってろ。今助け呼ぶから!」

 一輝の視界は霞んでいく。

「気をしっかり保て! おい、聞こえてんのか!」

 耳も聞こえなくなっていく。

 息もできない。


 一輝はその場で死んだ。

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