第3話 娑婆ババア
「懲役だアアアアアーーーッ!!!!!!」
「豚箱にブチ込めええええええ!!!!!!!!!」
「静粛にッ! 静粛にしろカスどもォォオォオオ!!!!!」
シュヴァルツシルト最凶裁判所!
そこでは今日も被告人がエンタメとして裁かれようとしていた!
「判決を……言い渡ァァァァす!!!」
「「「ワアアアアアアアアアアア!!!!!」」」
ボーズのスピーカーから迸る重低音! 傍聴席、熱狂!
その狂騒の渦中で――――
「さ、最凶裁判長ッ。お耳に入れたいことが」
「おい」
「は」
最凶裁判長は、話しかけてきた裁判ライブの裏方スタッフの頭を掴む。そのままダブステップのテンポで何度も何度も壁に叩きつけた!
「今! 裁判中の! いい! ところ! だったろが!」
「ごッ、がッ……お、おゆるし……」
「フン、水を差しおって。ほらさっさと用件を伝えろ」
「へ……?」
「さっさとしろッ! 溶鉱炉しゃぶしゃぶの刑を言い渡されたいかッ!」
「はひぃ! だ、脱獄囚ですっ。ア・ヴァシリ地下監獄から……大量の囚人たちが脱獄を始めましたッ!」
「貴様……」
再びスタッフの頭を掴み、ドラムンベースのテンポで何度も床に叩きつける!
「わざわざホラ話を言いにきたのかァッ!! ア・ヴァシリ監獄は脱獄不能! 脱獄の意志を持った時点で心臓が停止するからだッ!!」
「あパ」
失神したスタッフ! 彼の手からタブレット端末が落ちる。何か映像を映している。
怪訝に思った裁判長はそれを拾い、見た。
そのア・ヴァシリ監獄内部のカメラ映像は、囚人たちが続々と地上へ出ていく様子を映し出していた!
「な……何ィッ!!! なぜ心停止で死なぬ!? ……こ、これはッ!?」
裁判長は、気づく。
囚人たちが皆、ゴリラのように胸を叩きながら走っていることに!
「セルフ心臓マッサージだとォォォォオオオ!?!!?!?!」
◇◇◇
アクノは走っていた。ゴリラのように。
そして、考えていた。賢人のように。
善も悪も、神でなく各人が決める世界。
そこはきっと、苦しい世界だ。
迷う者で溢れ、判断を他者に委ねる者も現れるだろう。人々は自分で神を生みだし、それを崇めだすのかもしれない。結局は何も変わらないのかもしれない。
それでも……
わくわくしている。
アクノは、新世界の誕生を予期し、鼓動の高鳴りを感じていた。
自由な新世界で、人々は何を思うのだろう――――
「いくよ! 一・斉・脱・獄! イヴィルバーストォォォオ!!!」
アクノの悪エネルギーの解放により、ア・ヴァシリ監獄の地上の設備・通称『蓋』が爆破される!
第一層『中』、第二層『底』、第三層『底の底』……すべての囚人が脱獄を完了した!
その筆頭に……シャバの空気を吸い込む、ババアの姿。
「ばばさま! やったよ!」
「油断すんじゃねえぞ。カクヴァが今に現れる」
「……!」
「アクノ」
シャバのババアはいつの間に囚人服を脱ぎ捨て、ダークカラーのロングコートを纏っている。
「準備はいいな?」
「……うん」
「返事が小せえッッ!!」
「うんッッ!! 準備万端! 私は……悪神カクヴァを討つッッ!!」
威勢の良さに、ババアはほほえんで、丸眼鏡を外し、口を開いた。
「そうか。
では、やってみるがよい。
我が落胤、アクノよ。」
瞬間、眼鏡を捨てたババアの全身からアクノを遥かに凌駕する邪悪のオーラが噴き出す。
「……え?」
「我が名は悪神カクヴァ。
この世を絶望と狂気で満たす、諸悪の根源である。」
まばたきする暇もない。アクノの頭上からババアの放った邪悪エネルギー弾が降り注ぐ。
混乱しているアクノは避けられない。
しかし。
「アクノさん、危ねえっ!」
アクノを突き飛ばして攻撃範囲外に逃がしたのは、囚人番号42731〝殺戮大帝〟ジェノサディオン。
そしてアクノは見た。
ジェノサディオンが笑顔でサムズアップをした直後、エネルギーに灼かれて消し飛ぶ光景を。
「……え? あ、じぇ、ジェノ君……?」
「どうした。
その程度なのか、我が落胤。
我をいまこそ倒してみせよ。
世界の維持か。世界の更新か。
決める時がきたのだ。」
「ま、待って! ばばさま何を言って!? 私と一緒にカクヴァを倒すんじゃ」
「アクノさんダメだ!」
「あのババアは最初から悪神カクヴァだったっぽいですよ!」
「アクノさん! 俺たちもわけがわからない。だけど逃げなきゃ死ぬのはわかる!」
「逃げてください、アクノさんッ!」
呆然とするアクノを背に囚人たちが立ち、悪神ババアと対峙する。並みの人間なら発狂するプレッシャーを受けながら、囚人らは一歩も引かない。
「あんたは悪でしかなかった俺たちに善の尊さを教えてくれた。恩返しの時だ!」
「カスども! フォーメーションΩでいくぞ!」
「フォーメーションγの方がよくね?」「Σの方がいいだろ」「いやΔだろ」「は? 殺すぞ」
「この期に及んで喧嘩すな! さーせんアクノさん。……アクノさん?」
アクノは……
くすくす、と笑っていた。
そして囚人たちから視線を切り、ババアを睨む。
「ありがとう、みんな。そう、私は知っている。悪しか選択肢を与えられない悲しみを。自由な世界の美しさを!」
悪エネルギーを噴射し、宙に浮き上がっていくアクノ。
ババアもまた、同じスピードで空へと向かう。
(ばばさま。あなたは倒されたいんだね。世界を次の世代に明け渡すため、私を救ってくれた……)
天空にて暗雲が渦を巻き、稲妻が走った。幾度も轟音が響く。アクノはゆっくりと目を瞑り、まぶたの裏に思い出を映す。
〝ばばさま! みて! カブトムシ!〟
〝かっこいいじゃねえか。よく捕まえたな、すごいぞアクノ〟
〝ねえねえばばさま、おこづかいはー?〟
〝アタシに腕相撲で勝ったらやるよ。ニィッヒィッヒィッ!〟
〝ばばさま、お誕生日おめでとお~!〟
〝おう、あんがとな。ん、こりゃアタシの似顔絵か? ニィヒヒッ、下手だなあオイ! もっと人相悪く描けや!〟
〝ばばさま……〟
〝どうした?〟
〝カブトムシ、死んじゃった……〟
〝そうか。弔ってやれ。命は最後にゃ死ぬもんだ。だから泣くな。カブ太郎に笑顔を見せてやれ……〟
〝ばばさまも、さいごには死ぬ?〟
〝ああ、割とすぐにな〟
〝やだ! 死んじゃやだ!〟
〝いーや死ぬ。が、と同時に、不死身でもある〟
〝……どうゆうこと?〟
〝おまえが……、〟
〝おまえが成長してアタシを乗り越える時。〟
〝アタシはおまえの中で、永遠になるのさ……〟
「ばばさまッ! 最後の試練、突破させてもらいます!」
ババアは笑ったようにも見えた。
「やれるもんなら。
やってみな。」
その稲光が地上を抉る瞬間――――それが戦闘開始の合図だった。
「喰らええッ! ファイナル・イヴィルカノンッ!」
意志を定めたアクノの渾身のエネルギー砲! 当たればババアでもただではすまない――――しかしババアはなぜか避けなかった。直撃したが、その時!
「何だ!?」
眼下の日本列島が……轟音を立てて崩れ、沈んでいく!
そしてババアは、無傷!
「攻撃は、躱すまでもない。
日本列島にダメージを貸した。
すべての傷を他者に貸与する。
これこそ、卑怯の極み……極悪の所業である。」
「……じゃあ、どうして私に貸与しなかった?」
「……。」
「私が悪神の体を持つ者だから? 自らと同じ性質のものにはダメージを押しつけることができない」
「……。」
「そして……押しつけたダメージにより壊れてしまったものは、ばばさまを倒すことで全てが元に戻る。ダメージを『転嫁』じゃなくわざわざ『貸与』と表現したところから、そう推察できる。貸したものは、戻ってくるから。違う?」
アクノの言葉に、ババアは猛禽の笑みを頬に刻む。
「この孫。
心を、決めた途端に、成長しすぎだ。
よいぞ。
アタシを……倒してみせなアッッ!!!」
ババアの全身に、最悪のエネルギーが集まっていく!
同時にアクノもまた、極悪のエナジーを生成するッ!
「せええやああああああああああッッッッ!!!!!!!」
「カアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」
刹那、ふたつの神がぶつかり合うッッ!!
力自体は拮抗!!
しかしアクノが分が悪い。ババアはダメージをすぐさま他へ貸与し、自分はノーダメージだからだ!
それでも……アクノは全力で攻撃することをやめない!
「うおらあああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!!!」
ババアのダメージ貸与により、地球が滅亡!!
「ウオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!」
ダメージ貸与により太陽系が滅亡!! 天の川銀河が滅亡!!
「うおおおオおおおおおオオ」アンドロメダ銀河滅亡!「おオオオおおオおおおおおオオお」マゼラン星雲滅亡!!「おおおおおオおオおおおオオオオ」全宇宙滅亡!!「オオオオおおオおオオオオオオ」第1平行宇宙~第37564平行宇宙滅亡!!「オオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――――全てが、滅亡ッッ!!
もうダメージを押しつける相手は存在しない!!
虚無の空間にて、満身創痍で血だらけのアクノがボロボロの拳を引く。狙いはババアの顔面ッ!!
「ご冥福をォ!!」
ババアが安らかに目を閉じる。
「お祈りしまああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッッス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
世界が、白い光で満ちてゆく。
それは新しき一歩を踏み出した世界の、無垢なる輝きだった。
◇◇◇
何だア、バカ娘。この老いぼれになんか用かよ?
……腹ん中の赤ん坊に、名前を付けてほしいだあ?
んっとにバカだな。そういうのは親がやるもンだろが。
ああーわかったわかった、案な? 案を出すくらいならやってやるからそんな顔すんな。ったく……
そうさな……
子供は、未来を変えていく。
この世界に空前の革新を起こしていく。
今からは想像さえできない新世界。既存の常識が通用しないそこは、まるで亜空だ。
その亜空の、代表者になってほしい。
てな、どうだ?
……何だその顔。おまえが案を出せっつったんだろオが。
お。
腹を蹴ったのか。
アタシに命名されて喜んでんじゃねえか? ヒヒ……
……っと。
走馬灯もここまでで終わりか。
まあ総じて――――
クソみてえな、人生だったぜ!
ニィヒィッヒィッ!
◇◇◇
更新された世界のとある霊園。
墓前に佇む少女がいた。
彼女のなかに、もう悪の力はない。悪神を倒したと同時、消えてしまったのだ。
これからは平凡なひとりの人間として生きていく。学び、遊び、たくさんの経験を重ねていく。二十歳になり、三十路になり、四十路五十路と深みを増して……
やがてババアになるのだろう。
そのことが少し、誇らしかった。
自由の少女は「じゃあね」と祖母に別れを告げ、己の望む方角へと歩き始める。
シャバババア かぎろ @kagiro_
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