最終回 配信は続くよ、どこまでも

 天ノ川コスモとの戦いから一年が経った。


 ◇◆◇◆◇


 古代月文明の遺産ダイバースが宇宙へと旅立ったことで真芯市の再開発が急速に行われた。

 湖だった場所は水を抜かれ、新たに地下都市が建造予定。

 廃墟となっていた湖周辺の地域も次々と工事が入り、街は生まれ変わっていく。


 ◇◆◇◆◇


 人間は馴れる生き物だ。


 楽しいこと、悲しいこと、様々な感情の昂りも通りすぎてしまったらいつしか馴れてしまう。

 それが社会で生きていく為に必要な人間の良いところであり悪いところだ。

 

 もしその“馴れ”が無くなったとしたら?

 人はいつまでも前進しないだろう。


 環境に適応すると言うことはこの生命が誕生した瞬間から始まり、死ぬまで続いていく。


 そして、真月叶羽は……。



 ◇◆◇◆◇



 金曜日22時。

 動画配信サイトMyTubeより“あるふぁツインズちゃんねる”の生配信。


【半周年記念配信!! やることは未定だけど二人でなんかやる!!】


『『こんかなぁー!』』


『どうもー“ユサライブ”所属のVチューバーKANAUと』

『こんなーう! 星神ナウカでーすっ……パリッ!!』


 予定時間ピッタリに配信がスタートする。

 画面の左右に二人の少女、それぞれ白と黒の衣装に身を包んだキャラクターが揺れていた。


〈こんかな!〉

〈こんかな〉

〈今日も一人喋り乙〉

《姫は今日も可愛いね》¥1000

〈こんかなー〉


『ただいま日本時間で夜の十時。リニューアルしてお送りして本日で半周年記念! 今日の生配信はとある場所で行ってます』

『どこだろうねぇ!? ナウカ初めて来たよ海外っ! まぁ、ナウカは月の王女様なんだけどね?』


〈ドッ!〉

〈ナウナウかわいいよナウナウ〉

〈自称月のヤベーヤツ〉


『はいはい凄いね。ていうか、さらっとネタバレをするな……と言うわけで、ボクたち実は今、フランスはパリに向かっています』

『今回は案件です。ただいま機内で配信を撮ってるよー!』

『案件とかそういうの言わなくていいのっ!』


 記念配信とは名ばかりな雑談は約二時間続いた。


『……さて、もうすぐ到着だから終わりしよう』

『パリで色々と撮影するので次の動画を楽しみにしててねー! 乙カナ!!』


《待ってるよ姫》¥5000



 ◇◆◇◆◇



 フランスの空を飛ぶ軍用輸送機のトイレで真月叶羽は吐いていた。

 決して飛行機酔いで苦しんでいる訳ではない。


 ──大丈夫ですか、叶羽?


 便器を抱える叶羽の心の中でもう一人の自分、ナウカが心配そうに話しかける。


「時差、七時間だぞ……もう、寝る時間なんだ。疲れるんだよ、お前とのやるの。一人で二人分ずっと喋らされてる身にもなれ」


 ──やりたいって言ったの叶羽じゃないですか?


「……結局、ボクにはこれしかないからね」


 ──それで見つけてしまったのですね。


「…………確信が持てなかった。生きてるんだって」


 叶羽はスマホの画像からスクリーンショットで撮影した生配信のコメントを見る。

 とあるアカウントから何度も送られてくる投銭(スーパーチャット)。

 共通してある名前で星神かなうを呼んでいた。


「ボクの事を“姫”って呼ぶのは一人しかいない……確かにボクは目の前で殺されたのを見たんだ」


 ──でも先月、彼女が新たなIDEALを名乗り、VTuberを扇動して世界を混乱させています。


「……本当に、あれが本物だって言うなら親友のボクが止めなくちゃ」


 ──あれからライヴイヴィルの力は減退しています。無理はしないでくださいね。


「わかってるよ……」


 ズレる眼鏡を直しながら決意する叶羽。

 するとドアをノックする音が背後で響いた。


「叶羽、準備はいい?」


 レフィである。

 叶羽は急いでトイレから出ると、そこにはレフィだけじゃなくミツキもいた。

 戦いに備えて特製のパイロットスーツに身を包む二人に対して、叶羽はただのセーラー服である。


「お待たせ」

「叶羽、今回はザエモンとライトニングとの合体を試す。失敗は許されないよ?」

「ゆるされないよー?」


 質問するレフィとミツキ。

 日本で行った合体訓練の結果は散々だ。

 ナウカともまだ完璧に呼吸を合わせられていないのに、三人で合体など無理であった。


「大丈夫だって、ボクは本番に強いんだ!」


 自信はないが自信満々に言って見せる叶羽。


「かなうおねえちゃん、がんばろうね」

「うん、日本でお留守番してるマオ君の代わりにやってみせるよ!」


 叶羽はミツキの小さな頭を撫でた。


 ◇◆◇◆◇


 軍用輸送機はパリ上空に到達する。

 そこに待っていたのはエッフェル塔に絡み付く巨大な蛇だ。

 黄金の体に頭が二つある機械蛇は、軍用輸送機を発見すると咆哮し、灼熱の息を口から噴射した。


「これ以上は近づけない! 準備が出来たら発進してくれ!」


 パイロットに急かされて叶羽は機体後部のハッチに向かう。

 そこにはミツキの乗る黄色いロボットが寝かされていた。


「じゃあ開けますよ?!」

「よ、よろしくお願いします」


 隊員の合図と共に、ゆっくりと重いハッチが開かれる。

 強い突風が叶羽を煽り、セーラー服のスカートが激しくはためいた。


「ねえ、ナウカ」


 ──どうしました、叶羽? 怖いのですか?


「違うよ……ボクのさ、夢を聞いてくれる?」


 ──夢?


「いつかさ、月で配信とかやってみたいんだ」


 ──……素敵な夢ですね。


「だから、こんなところで負けるわけにはいかないんだ。今日も力を貸してくれない?」


 ──いいですよ。叶羽がしたいこと、どこまでもついていきます。


 叶羽は意を決して輸送機から飛び降りた。

 高度数千メートルの空を少女は舞う。

 落ちていく叶羽の姿を機械蛇が捉えると、大きく口を開けて攻撃の発射態勢を取った。


「ボクはボクの夢のために生きる……配信開始だ。来い、ライヴイヴィルッ!!」


 少女はその名を叫ぶ。

 漆黒の魔神と共に、Vtuber星神カナウの新たな配信(たたかい)が始まった。

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廃神のLIVE-EVIL(ライヴイヴィル)/引きこもり中学生Vtuber星神カナウの配信 靖乃椎子 @yasnos

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