第59回 満月を追いかけて

 叶羽がライヴレイヴを撃破したのと同時刻。

 真芯湖から浮上後、動かなくなっていた不動のダイバースが遂に動き出す。

 隻腕であるダイバースは唯一持つ左腕をゆっくりと上げ、遠くにある何かを掴むような動作を始めた。


「マオ君……ミツキ……」


 レフィがダイバースに取り込まれた二人の名を呟く。

 ダメージは酷く、立つことすらままならないレフィのザエモン魁は這うようにダイバースの元に近付く。


「……何か、あるの?」


 レフィもダイバースの視線の先を見つめる。

 雲の隙間から見える青空。

 肉眼では何も分からないがダイバースは先にある何かを睨むように目を細めた。

 するとダイバースは突然、腹部から白い巨大な卵のような物体を吐き出した。

 ドン、と地響きを立てて転がり落ちる巨卵はザエモン魁の前で止まる。


「これは……もしかして!?」


 何かを悟ったレフィはザエモン魁から飛び出して巨卵の方へと駆けつける。

 近付いてみれば建物でいえば三、四階建てぐらいな大きさの巨卵にレフィは思わず息を飲んだ。


「…………居るん、だよね? 二人とも……?」


 レフィの問い掛けに巨卵はひび割れはじめる。

 コンコン、と下の方で音が鳴ると殻が弾け飛び、人が通れるほどの穴が開く。


「……誰?」


 レフィは様子を伺う。

 巨卵の穴から小さい手がゆっくり伸びてきた。


「…………その声は、レフィ? 遊左レフィーティア?」


 幼い声がレフィの名前を呼ぶ。


「もしかして……マオ君?」

「うん、そうだよ」


 巨卵の穴から出てきたのは五歳ぐらいの男児だ。

 サイズに合ってないぶかぶかなブレザータイプの学生服を引きずりながらレフィの前に現れる。


「こんな、小さく?」

「そういう君こそ大人になったね」


 マオと呼ばれた少年はレフィの姿を下から上まで眺めて言った。


「だ、だって五年、五年も経った! レフィも、成長した……」


 落ち込むレフィ。

 出来れば初恋の相手であるマオと一緒に大人になりたかったのだ。


「僕は、ただでさえ小学生みたいな体形だったのに、もっと子供になっちゃったよ。でも、彼女を……ミツキを助けるには仕方なかったんだ」


 暗い表情でマオは巨卵の穴の方を見る。

 すると恥ずかしそうに顔を出してこちらを見る少女がいた。

 マオと同じく大きなサイズのセーラー服を着た、見た目は十歳ぐらいの眼鏡をかけた少女ミツキ。


「まさか、ミツキまで?!」


 変わり果てた旧友の姿に動揺するレフィ。


「……あっ……ぁぅ」


 驚いたレフィの声に怯えて少女、ミツキは頭を引っ込めた。


「ミツキはダイバースの力で記憶を失った。ミツキを止めるにはそうするしかなかったんだ」

「元はと言えばYUSAが、レフィのパパが悪いよ」

「いや、僕もミツキの気持ちに気付いてやれなかった。僕の責任でもある」


 廃墟の街を見渡しながらマオは言った。

 真芯湖が出来た原因。

 二人に起きた過去の出来事がミツキの心を闇に落とし、YUSA本社の社長であるレフィの父の策略によってダイバースに搭乗することになった。

 ダイバースに乗ったミツキの暴走を止めるべく、マオはダイバースに自ら取り込まれ必死の説得を試みるが上手くいかなかった。

 その原因が自分あるとし、マオは長い時間をかけてミツキと人生をやり直すことを決意した。


「僕の記憶だけ残っているのは僕の傲慢だ。 もう失敗したくない。ミツキの手を離さないって決めた」


 マオは隠れるミツキの手を引こうとするも、ミツキは恥ずかしがってそれを拒んだ。


「もしかしたら、その資格もないのかもしれない……」

「……マオ、レフィがやる」


 レフィは怖がらせないようゆっくりと近づく。

 小さなミツキの目線に合わせてレフィはしゃがんだ。


「こんにちわ」

「……こ、んちわ」

「レフィは遊左レフィーティアって言うの。よろしくね」

「…………ぅぅ」


 どもるミツキ。


「大丈夫だ。レフィは怖くない」


 マオは自分の小さな手でミツキの手を握る。

 

「お友だちになりましょう?」

「……うん…………うきょうみつき……」

「よろしく、ミツキ。マオ君とも仲良くしてあげて?」

「…………うん、ごめんね」


 ミツキはマオとも手を握る。

 そして三人は優しく抱き締めあった。


「あっ、ダイバースがっ?」


 二人を両手で抱きながらレフィは、動き出したダイバースの巨大な姿を見上げる。

 夕闇に染まる空を何か向かって威嚇するような唸り声を発した。


「ダイバースは言った。地球に迫る厄災を滅ぼしにいく、と」

「厄災?」

「うん、神を模造する獣“イミテイター”とか……でも、それが地球に来ることはないんだって」


 轟音を鳴らしながらダイバースは夜空の彼方へと飛翔する。

 山のように大きな体躯が一瞬の内に小さくなっていった。


「どこにいっちゃったの?」


 星空の中に紛れる一筋のオレンジ光を指差してミツキが言う。


「遠い銀河だよ。僕らを守るためにダイバースは戦うんだ」


 答えるマオ。

 古代月文明の遺産は本来の役目を果たすため、宇宙の果てに消えた。


 ◆◇◆◇◆


 しばらく夜空をじっと眺めていると三人の元へやって来る人影があった。

 泣き腫らした目でトボトボと歩くのは真月叶羽だ。

 眼鏡の右側がひしゃげてレンズがなく、瞼から少し血が出ている。


「叶羽!」

「……」


 明るいレフィの顔を見て叶羽はムッとした表情を一瞬した。


「……なんで……?」

「か、叶羽どうしたの?」

「なんで、なんでボクばっかがこんな目に会わなきゃいけないんだッ!!」


 叶羽は突然、ヒステリックに叫んだ。


「ボクが何したって言うんだッ!? ボクは幸せになっちゃいけないのか?! 何もかもなくなった! 両親も、親友も……好きな人だって……残ったのは、わけのわかんない力だけだ! ボクは、ボクはただ普通に……普通に暮らせれば、それでいいんだ……あぁ、ああぁぁぁぁ……っ!」


 怒り、悔しさ、悲しさ、押さえ込んでいた感情のダムが決壊して、叶羽は思うままに言葉を全て吐き出す。

 砂利だらけの地面に膝を突き、泣き崩れてしまった。


「…………叶羽……」


 叶羽が天領銀河に好意を抱いていたことをレフィは知っていた。

 その銀河が何かしらの目的で叶羽に近付く要注意人物だということもわかっていた。

 正体が天ノ川コスモだという真実までは辿り着けなかったが、叶羽にとって銀河がコスモだという事実は相当ショックだということは想像がつく。


「あ、ミツキ……?」


 叶羽の元にミツキが近付き、覆い被さるようにそっと体を寄せる。


「なかないで」


 小さな手で叶羽の頭を撫でるミツキ。


「ごめんね」

「……なんで、君が謝るんだよぉ…………?」


 涙と鼻水でグシャグシャな叶羽の顔を、ミツキはセーラー服の袖で拭ってあげた。


「もう、こわいのいないよ。だから、なかないで?」

「……うっ、うぅぅ……!」


 赤子をあやすようにミツキは叶羽を小さな腕で抱き締め、背中をトントンと擦る。

 見知らぬ少女の優しさに触れて、叶羽はまた泣き出してしまった。


「おーい、レフィ! 叶羽君! 大丈夫かぁーっ!!」


 遠くからハンドライトで照らしながら呼ぶ声。

 喉から拡声器の様な大声を出すサイボーグ日暮正継である。


「他にもに誰かいるのか? 返事をしてくれぇーっ!!」


 正継のサイボーグアイがサーモグラフィで四つの人影を確認。

 その方角に向けて正継は叫ぶ。


「叶羽、正継が来た。帰ろう」

「…………ボクにはもう帰るところなんて無い。生きてる意味なんて無い」

「だったら、作ればいい」


 レフィは叶羽に手を差し伸べる。


「戦いは終わった。これからは自分の好きなことをして生きればいい」

「……好きな、こと?」


 レフィの言葉に叶羽は父の最後に残した言葉を思い出した。


「ボクの、これから……したいこと」


 言葉を繰り返しながら叶羽はレフィの手を取って立ち上がり、ふと空を見上げた。

 そこには雲一つ無い夜空に、満月が煌々と光り輝いている。

 叶羽はレフィたちと共に歩き出した。


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